冒険の書をあなたに2
「オレよりバトラー連れてったほうがイイんじゃね? 王様の顔知ってるし、ちょっとでも土地勘あるやつ連れてったほうが探し出すの早いだろ」
「そ、それは確かにそうですが……いいんですか? 興味があるって言ってましたよね?」
「戻ってきたら土産話してくれればいいからさ。何があるかわかんねーんだから、どうせなら強いの連れてけって。なあ?」
バトラーに視線を移してゼフェルが問いかける。
「それは構わないが……できるのか?」
困惑した様子のバトラーが首のあたりを掻いている。
「マスドラの記憶辿って過去に行くっつってたし、大丈夫だろー」
ゼフェルの提案にマーリンが同意の頷きを返して口を挟む。
「ふむ……妖精の城には我々魔物も入れますゆえ、ゼフェル様の指摘はごもっともですな。元四天王が付き添うのなら我々も安心できます」
些か納得のいかない表情のルヴァは更に食い下がる。
「しかし、こちらが手薄になりませんかねー……」
「そちらは心配には及びませんぞ。グランバニアには他にもまだまだ猛者がおります」
結局周囲に押し切られる形となり、ルヴァは渋々自分の意見を引っ込めざるを得なかった。
場所は変わってルイーダの酒場では、ロザリアが再び水晶球を眺めていた。
少し小ぶりの水晶球は彼女の華奢な両手のひらにすっぽりと納まり、青紫の瞳を映し込んでいる。
「……陛下」
隣で紅茶を飲んでいたアンジェリークが視線を上げてロザリアの顔を見る。
「そろそろこれの対策もしませんと……」
アンジェリークが新緑の瞳をぴたりとロザリアの瞳の上に据え、口を開いた。
「そうね。ルヴァとゼフェルはすぐに戻ってくると思うし……先に始めましょう」
かたりと椅子が鳴る。極僅かな音を立てて二人はしなやかに立ち上がり、それに気づいた守護聖たちが一斉に視線を向けた。
アンジェリークはひとつ頷き、それを受けてロザリアが場を仕切る。
「ルヴァとゼフェルが戻っていませんが、先に始めます────陛下、説明をお願いいたします」
ロザリアから水晶球を受け取ったアンジェリークがにこりと口角を上げて説明し始める。
「皆さん、先程お渡しした水晶球を持って、サクリアを少し出してください」
言いながら一同を見渡す。言われる通り次々に水晶球を取り出す中で、彼女は闇の守護聖のところでぴたりと視線を止めた。
「……クラヴィス、その水晶球はあなたのよね?」
クラヴィスは平然とした表情だったが、手に持っている水晶球は大きめだ。
「ふ……気付かれましたか」
クラヴィスのささやかなモノボケに気付いたアンジェリークが、堪え切れずにふすっと息を漏らして笑い出す。
「無表情でボケるのやめてください、もう!」
幾人かの守護聖も彼の突然の行動に驚きつつ、女王陛下のツッコミを聞いてくすくすと笑っている。
場の空気を和らげたことに幾分か満足気なクラヴィスが喉の奥で笑うと、改めて妖精の女王から貰った水晶球を手に取り話し出す。
「水晶は自ら魔力を蓄えるもの……」
言うなりクラヴィスの手からサクリアが放たれた。透明だった水晶球は白く輝いた後に彼の瞳と同じ紫色に変わる。
クラヴィスは闇のサクリアを蓄えた水晶球を一瞥し、それからアンジェリークへと手渡す。
「……これで良いですか、女王陛下」
一見無感情にも見える紫の瞳の奥には微笑みに似た淡い光が浮かび、アンジェリークを捉えている。周囲が驚くほどに優しいまなざしを受け、密かに緊張に満ちていた彼女の心の中に凪が訪れる。
「ええ、ありがとう。気を付けて行ってきてね」
「仰せの通りに」
その後、途中で戻ってきたルヴァとゼフェルも加わり、他の守護聖たちも続々とサクリアを水晶球に与えていき、木箱の中には彼らの司る力を表すような色を帯びた水晶球が戻された。
守護聖全員分の水晶球を回収した辺りで、タイミングを計っていたティミーがアンクルと一緒に大荷物を抱えて入ってきた。
「アンクル、こっちこっち。皆さーん、ちょっとこれ手に持ってみてくださーい」
アンクルが持ってきたのは、大きな木箱に入れられた武器の数々。ティミーは杖をまとめた束を抱えてきた。
「装備できそうなら持って行きましょう。平和な時代かどうか分かりませんから……まずは武器から」
オスカーが興味なさげに口を開く。
「悪いが、俺は自分の剣で十分間に合っている」
オスカーの言葉にティミーは頷き、話を続けた。
「ルヴァ様とランディ様も決定してますよね……あと過去に行くのはクラヴィス様とオリヴィエ様とリュミエール様とマルセル様、で合ってるかな」
ティミーは杖をまとめた紐を解きながら、アンジェリークへと視線を飛ばした。
「ええ、合っているわ」
ゆったりと椅子に腰かけて紅茶を含んでいたクラヴィスが低い声で呟く。
「……私は必要ない」
近くで聞こえた言葉に、ジュリアスがすかさず言い返す。
「クラヴィス、そなた何を言っているのだ。敵が現れたらどうするつもりだ!」
「必要ない。荷物になるものは持ちたくないのだ」
ジュリアスのこめかみに青筋が浮かぶ。またしても漂い出す不穏な気配に、ルヴァが慌てて間に入った。
「はいはいクラヴィスー、意地を張っていないでこれでも持っててください。これならそんなにかさばりませんから。ね?」
そう言って、ルヴァは一本の毒針をクラヴィスへと手渡した。
「一撃必殺の急所攻撃ができる武器だそうですよ」
笑顔で物騒なものを渡したルヴァへ、他の守護聖たちからちらちらと何か言いたげな視線が向けられていたが、彼は気づいていなかった。
手の中の毒針は小型のナイフと同じくらいの大きさで、クラヴィスはじいっと眺めた後にぽつりと肯定の言葉を紡ぐ。
「……そう邪魔にもならんな。悪くない」
ほっと安堵のため息をついたルヴァがうんうんと頷く。
「では、クラヴィスはそれでいいですねー」
その間に武器を物色していたオリヴィエがふと派手な色味の剣に目を留めて、おもむろにそれを手に取る。
「これ、イイんじゃなーい? 美を司る私にピッタリ!」
花のごとく鮮やかな桃色をした世にも美しい刀身────誘惑の剣に魅入ったオリヴィエが、んふふと嬉しそうに笑った。
どちらかというと優美で女性的なデザインの剣は、華やかなオリヴィエが持っていても違和感がない。
上機嫌で身に着けているオリヴィエへ、ティミーがキラーピアスを取り出しながら話しかけた。
「うわ、似合いすぎて怖い。重くはないですか? 他にこういうのもありますけど」
「ん、それピアス?」
「そうです。大きさがこうなので攻撃力自体はそうでもないんですけど、とにかく軽くて持ち運びしやすいですよ」
「あーダメダメ、パス。私、体に穴開けたくないんだ。だからこう見えてピアスホールはないんだよ、ほら」
片手をひらひらと振ってそう言うと、オリヴィエはイヤリングを外して髪をかき上げてみせる。
オリヴィエの言った通り耳たぶに穴はなく、まっさらな状態なのを確認したティミーが意外そうにへえ、と声を漏らす。
「あ……ホントだ。そっか、それじゃあこれは必要ないですね、失礼しました」
小さく頭を下げたティミーへ向けて、ぱちりと軽やかにウインクを送る。
作品名:冒険の書をあなたに2 作家名:しょうきち