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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに2

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 未来から来たという突拍子もない説明にも、ソレッタ王は深く頷いている。
「ふうむ、それはお困りでしょうな。そういうことなら譲っても構わんが……収穫を手伝って貰えるかね?」
 気さくなソレッタ王は髭をさすりつつ、リュカの返事を待った。
「あ、それは勿論です。力仕事は得意なので、是非」
「それなら話は早い。もう一度種を蒔いておけばすぐに種が取れるから、それを持って行くといい」
 穏やかな声でそう告げられ、リュカは再び頭を下げた。
「ありがとうございます……あの、今更ですけど代金はお幾らですか」
 万病に効く特殊な薬草だ。手持ちはないが、譲って貰える算段さえつけば何とか稼ぐ手段はある────リュカは内心そう考えていたが、ソレッタ王はゆっくりと頭を振った。
「要らないよ。この土地の気候風土でしか育たん気難しい植物だから、そちらの土が合えばいいが……」

 収穫を手伝う前に、朝食を振舞われた。
 王が趣味で作っているという自家菜園の野菜をふんだんに盛り込んだ豪勢な朝食に舌鼓を打ち、腹が満たされたところでいよいよ畑に出た。
 畑に出るまでの短い間に、パデキアについての話を聞かされた。根っこは昼の間に収穫して鍵付きの倉庫に保管されており、早々に売りに出される。仮に種を盗んで金儲けを目論む者がいても、よそではまず育たない────王はそのように説明し、快活に笑った。
 等間隔に釘が打ち込まれた長い棒に紐が結ばれ、紐の先はプックルが銜えている。
「じゃあプックル、真っ直ぐ進んでー」
 リュカの指示でプックルが直進し、柔らかな土の上には幾筋もの溝が一気に出来上がる。
 ソレッタ王はその様子を興味深げに見つめ、手を叩きながら感嘆の声を上げていた。
「おお、凄い凄い。なんと賢い大猫だ!」
「猫じゃねぇ、キラーパンサーだ! おれじゃなくてそこで草食ってる牛に引かせろよ、こんなもん!」
 残念ながらプックルのぼやきはリュカ以外には間抜けな鳴き声でしかなかったが、ソレッタ王は楽しそうだ。
 その後ろでリュカが溝に種を蒔いていき、畑全てに蒔き終わるとソレッタ王が桶から水を撒いた。
「見ていなさい。もう芽が出てくるよ」
 もこもこと土が盛り上がり、突き破るようにして新芽が伸びてきた。
 衝撃の光景に、リュカとプックルは釘付けになっている。
 そして、あっという間に花が咲いた。南国を思わせる黄色から朱色のグラデーションが美しく、凛と上向いた百合のような大きな花だ。
 花がしぼむと結実し、大きなさやとなった。ソレッタ王は手際よくさやをもぎ取り、かごの中へ放り込んでいく。
 収穫した種をさやごと麻袋に詰め、もし育たなかったら困るだろうと根っこも気前よく放り込んでリュカに手渡してきた。
「さやは乾燥を防ぐから、植える直前までこのままで。湿りすぎてもカビが生えるから気をつけて欲しい」
 簡単な注意事項とともに麻袋を受け取り、リュカは再び丁重にお礼を告げてから移動呪文ルーラを唱えた。

 時間は少し戻り、昨夜のピエールとホイミン────
 なかなか寝付けずにいたピエールはぽっかりと目を開けたまま天井を眺め、ランプの明かりを頼りに本を読むホイミンに話し掛けた。
「ホイミン殿……今頃、リュカ様はソレッタに到着されているでしょうか……」
 自分の体よりも主を心配する内容に、ホイミンはふっと表情を緩めて答えを返した。
「順調ならとっくに着いてると思いますよ」
「何も問題なければ良いのですが……」
「気になって眠れないなら、何か弾きましょうか」
 ホイミンはそう言うと足元の竪琴を膝の上に乗せて、柔らかな音色を奏で始めた。
 他の宿泊者の迷惑にならないようにとても小さく奏でられたのは、古くから伝わる子守歌の旋律。
(落ち着くなぁ……)
 ゆったりと優しい旋律にじっと耳を澄ませる内に、とろとろと眠気の帳が降りてくる。
 そしてふとあることに気がつき、ホイミンの手元に視線をやった。
(……弾いてない?)
 指の動きと紡がれる音色は概ね合っている。だが時折、指が触れていないところで「第三の音」が確かに聞こえてくるのだった。
 そうなってくると今度はそちらが気になってしまう。ごろりと体ごとホイミンへと向けて、敵を察知するときのように耳をそば立てた。
 大人しく眠るどころか爛々と眼光を強めてこちらを凝視するピエールに、ホイミンは演奏を切り上げて眉尻を下げた。
「……どうしました?」
「音の……中に、ホイミン殿が弦に触ってないのに鳴っている音がありました。何故ですか」
「ああ、ピエールさんも聞こえるんですね。差音」
「何ですかそれは」
「うーん、うまく説明しづらいんですけど。ある組み合わせで、本来出していないはずの音色が聞こえる現象なんです。例えば……」
 そう説明されてもピエールには何が起きているのかさっぱり分からなかったが、ホイミンは弦に指を宛がい音を出し始めた。
 二本の弦を爪弾くうちに、やはり微かに三つ目の音が聞こえてくる。もっと聞き込むと他にも小さな音が含まれていて、それに気付いた刹那ピエールの肌がぞくりと粟立つ。
 初めての経験に驚愕のまなざしで目の前の詩人を食い入るように見つめ、何かを言いたげな口元はもぞもぞ動くだけで、言葉は一向に出てこなかった。
 ホイミンはまあるく見開かれた青の瞳を穏やかに見つめ返し、柔和な顔つきで問う。
「こんなのでしたよね?」
 声もなくこくこくと頷きを返して、ピエールの視線は竪琴とホイミンの顔の間をさまよった。
「楽器の差音は、魔物や動物たちのほうがよりはっきりと聞き取っているみたいです。人間の場合は歌声で聞き取る方が多いとか……そちらは天使の声と呼ばれていますよ」
 自分のもののようで、そうではない体────ホイミンにとっては竪琴の弾き方などは「見知らぬもの」だ。
 竪琴を奏でていた手でぽんと胸を叩き、目を伏せた。
「……この体の持ち主は、随分と音感のいい詩人だったみたいです。楽器なんか弾いたこともないのに、調弦から演奏まで、指が勝手に覚えてましたから……」
 雷に打たれたホイミンが次に目を開けたとき、空っぽだった体は全てにおいて渇えていた。
 それは喉の渇きに始まり、弾きたいという渇望、失った恋人への恋情など全てに驚き、未知の感情にひとつひとつ向き合いながら人として過ごしてきた。
 ゆっくりと瞬きを繰り返しながら何かを考え込んでいるホイミンに、ピエールは言葉をかけた。
「楽に触れた経験は殆どありませんが、私には素晴らしい能力だと思えます」
 ピエールの言葉に、ホイミンは空色の瞳を優しく細めてはにかむ。
 それから二人は少しだけ茶で喉を潤して、ホイミンが奏でる協奏曲に誘われ眠りの沼へと沈んだ。

 「……なあリュカよ、場所間違えてないか」
 訝しげな視線をリュカに向けて、プックルはそう尋ねた。何故なら、ルーラで到着した先がアネイルだったからだ。
 リュカはくすりと微かに笑って答えを返す。
「ああ、いいんだ。ちょっと買いたいものがあってね」
「ふーん」
 並んで話しながら街の中へと歩いていく。
「ほら、ソレッタの王様が言ってたろ。パデキアがすっごく苦いって」
「言ってたな」