星の糸 もう一人のウルトラマンACE (1)
私はものすごく期待して尋ねたけれどあなたは何も答えなかったね。マイナスの裏宇宙という接触不可能な場所にいるあなたとモニター越しでエースになれたのはきっと二人の魂が結ばれているからだと私は信じたかった。一年に一度しか会えない織姫と牽牛よりもずっと素敵で強固な絆で結ばれた運命の二人だと。だってあなたから言ったじゃない「一年に一度牽牛と織姫が逢うんだね」って。だからわざと聞いたのよ織姫と牽牛は恋人同士かって。それに対してあなたは「うん」と何気なく答えたけれど、改めて私たちについて尋ねると答えにくそうに笑って誤魔化した。その答えが何のか分からないけどもう一度聞いたら仲間だよ、友達だよって答えられそうで私は聞けない。あの時はあなたが人の心に鈍いんだ、だから自分の気持ちも分からないんだ、あるいは恋というものに真面目に向き合うのが照れ臭い人なんだ…そうも思ったけど…でも……あなたと出会って三年経っても何も進展しないのは、そういうことなのかなと思ってしまう私もいる。違う、違うよ、夕子。星司さんはウルトラマンエースとして地球の平和を守ることに必死なのよ。あなたも同じ気持ちで戦わなければウルトラマンエースはどうなるの?私は星司さんを失望させたくないのよ。
気が付けばもうすぐ十五夜だ。満月は人の心を狂わせるという。私の心がざわつくのもきっとそのせいだと思った。しかし私の予感とは全く思いがけないところで敵の復讐が目前に迫っていた。
2
「…夕子、夕子ってば!」
隣で運転していた星司さんの声が私を包んでいた深い心の闇を引き裂いた。どのくらいの時間だろうか、タックパンサーで関東地区を定期巡回パトロール中だった私は、つい一人物思いに落ちていたのだった。タックパンサーは信号で止まったところだった。
「らしくないなぁ…勤務中だぞ。我一人ここにあらずって感じで何考えてたんだよ?」
星司さんはいつものように不思議そうなというより、いつになく真剣に心配している様子で私を見つめる。私はその視線に戸惑いと心を締めつけられるようなものを感じたけど、でもまさかあなたとの関係で悩んでいたなんて言えなくて「月よ、月を見ていたの。もうすぐ十五夜なんだなぁって…でも見ていたらボーッとしちゃった。ほら満月には人をおかしくする魔力があるっていうじゃない…きっと満月が近いからそのせいよ」と咄嗟に誤魔化した。でも星司さんは納得しかねた様子で首を傾げて空をのぞいた。
「そうか…最近君は時々様子がおかしいような気がしていたんだけど…でも月か綺麗な月夜だな。たまには月を見るのもいいもんだね」
私はいつも頑張ってきた。正義のヒーローとして勇敢に運命に立ち向かう星司さんに失望されまいとその一心で気丈に振る舞ってきた。 けどいつもの星司さんは私の様子なんて気にかけていないと思っていた。でも今日はいつもと少し違う感じがした。何より最近の私を気にかけていたというのが意外だった。ミチルの事件以降私たちの距離は縮まらないという以上に遠のいているような気がしていた私には。だから私はついいつもの自分の武装を解いて本当の私の弱さを少し見せたくなった。
「そうね綺麗な月ね…でもあまりに美しいと魂を抜かれそうで私はなんだか怖い。それに月と関係してるかよく分からないけど最近不吉な予感が迫っている気がするの。それが何かははっきりと分からないけど…だから心がザワザワしてある事ない事不安が頭をもたげるんだわ」
「夕子…」
星司さんはタックパンサーをたまたま近くにあった駐車場に停車させると、私の右手に自分の左手を重ねギュッと握りしめてもう一度私を見つめた。
「夕子…俺がいるから。一人で抱えないでくれ、俺と君は運命の共同体だろ。だから俺が君を守る」
一体星司さんに何があったんだろう。私は思いがけない展開に動揺を通り越し呆然とした。私はこれが夢か現実か分からない中でさらに耳を疑うような言葉を星司さんから聞いた。
「今度の日曜にデートしよう。見たい映画とか何かある?」
今まで一度たりともデートなんて誘ってくれなかった星司さんなのに、デートに誘うのはいつも私の方だったのに、これはもう運命の神のいたずらか大盤振る舞いとしか思えなかった。あまりの興奮を抑え切れなかった私は周囲の親しい人にそれを言わずにはいられなかった。
「えー?本当それ!でも良かったーっあたしお姉ちゃんが三年も脈なし男のために棒を振ってるなんて正気じゃないと思ってたの!でもそう言ってくれたってことはお姉ちゃんも見逃してたことっていうか勘違いしていたことがあったのかもね!」
電話越しの妹の朝子は多感な高校生であるせいか感も鋭い。私が見逃したり勘違いしたりした事って何だったのだろう…朝子は私の悩んでいたことの全てが「考え過ぎなんだわ。もっとシンプルに考えるべきよ。だってそのオリオン星人の事件以外では変わった事なんてないじゃない。第一好きでもないならお姉ちゃんがデートに誘っても普通は付き合ってくれないと思うよ。その事件にはお姉ちゃんが思いも寄らない事情があるのよ、きっと」と言い切った。ただその意見は別段朝子特有のものでもないらしく、いつも職場で親しくしている美川先輩も似たようなというかもっと意味深なことを言った。
「そう、北斗くんがあなたをデートに誘ったの。良かったじゃない、これであなたたち一歩前進ね。私も隊長もみんな本当は見守ってるのよあなたたちのこと。オリオン星人の事件以来からかしら、北斗くん暇さえあれば夕子ちゃんの様子がおかしいって気を揉んでいたんだから。いつになく変ねってみんなで言ってたわ。もしかすると何か言いたいことがあるのかもね」
美川先輩は私よりも知的で美人なのに男運には恵まれないって言うけど何より頼れる良い先輩だ。私と星司さんのことも早くから親身に相談に乗ってくれている。
「大丈夫よ、北斗くんは夕子ちゃんのこと大好きだから、自信持ちなさい!」
美川先輩はいつもそう言って励ましてくれたけど、今回ほどズシンと心に響いたことはない。やっぱり星司さんは変わってきたんだ、それも私が苦い経験としていたミチルの事件以降に…朝子も美川先輩も私と星司さんがウルトラマンエースだなんて知る由もないけど、それ以外のことは私よりもよく見えている。何も知らなかったのは私なんだ。思えば私は自分の感じた不安にばかり怯えていた、星司さんがあの事件で本当は何を経験したのか冷静になって知ろうともしなかった。
「お姉ちゃんは慎重すぎっていうか気を遣いすぎなのよ!そんなに我慢していると相手はそういうものなんだって思っちゃうから。今回みたいにちょっとでも弱さを見せて甘えてみるのも一つの手よ。男はそういう女に弱いんだから」
朝子はご丁寧に忠告してくれたけど、星司さんが私にあまり気を払わないように見えたのは、案外そういうところもあったのかもしれない。
“俺たちは運命共同体だろ。だから俺が君を守る”
作品名:星の糸 もう一人のウルトラマンACE (1) 作家名:Savarog