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星の糸 もう一人のウルトラマンACE (1)

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星司さん、私は思えば肝心なことをあなたに聞いていなかったね。運命共同体があなたにとって何を意味するのか一度も聞いたことがなかった。一度もそれを確かめることをせず一人で空想して妄想してジタバタしていたのかもしれない。特にあの七夕の誕生日以降の私は、運命共同体なんて、所詮ウルトラマンエースとして命と戦う使命を共有するだけの同志だと決めつけてその言葉の持つ重さや意義を軽んじていたのかもしれない。それはあなたが私の「私たちは一体何なのかしら?」という言葉に答えてくれなかった意趣返しでもあったのかな。勝手よね、一人で舞い上がったり落ち込んだりして一人芝居していたんだわ。運命共同体という言葉はウルトラマンエースを介して成り立つ言葉だと思ったから周りの誰にも相談できなかった。でも今は、君を守ると言ってくれたあなたの言葉と真剣な眼差しを信じてみたいと思う、運命共同体の同志というだけでは「君を守る」なんて言わないと思うから。ダメね、私はすぐ動揺してしまう、本当はね、普通の弱い女なのよ星司さん。

3

いつも私が誘っていたデートは私が星司さんを待つのが当然だった。けど、今回は違った。私が到着する前に星司さんは映画館の入り口に来てくれていた。いつにない展開の続きの連続に私の胸の高鳴りはまるでジェットコースターに乗っている気分だった。

「…ごめんなさい、待たせた?」

「いやほんの少し前に来ただけだよ。昨夜眠れなくて早く起きたのもあるけど」

「えっ星司さんも?実は私も昨夜はなかなか寝付けなかったの。星司さんがデートに誘ってくれたの初めてだから」

「そっそうか…でも大丈夫かな二人して寝不足なんてな」

星司さんも緊張してるんだ。そんな些細なことが今日は久しぶりに嬉しい。私は買ったばかりのレモンイエローのワンピースにいつもより念入りに化粧をしてきたけど、星司さんは最初のデートで着てきた白いワイシャツに黒のジャケットとグレーのスラックスという懐かしい出で立ちだった。

「で今日の映画は何て言ったけ?君のおススメの映画なんだろ」

「『マグダラのマリアの愛』。マグダラのマリアというのはイエス・キリストの奥さんだったかもしれない女性で、この映画は彼女に関する最新の研究仮説に基づいて、彼女がイエスと出逢って運命的な恋をして結婚して二人で共同して布教してイエスが十字架にかけられるまでを描いてるの。宗教的というより異端的な歴史映画ね…なんか結構ネタバレしちゃったね。大丈夫星司さん?」

「いや俺は別に平気っていうか歴史とかあんまり分からないからあれだけど…二人で共同して布教してというところが運命共同体みたいだよな。夫婦ってそういうもんなのかなぁ」
「……」

星司さんは何気なく素直に感想を言っただけかもしれない。でも運命共同体=夫婦 という考え方をこの人はするんだということに私は呆気にとられ言葉が出なかった。運命共同体はただの同志だと思い込んできた自分がつくづくバカみたいだと思った。と同時に星司さんにとって私との関係は夫婦のようなものだったかもしれないと胸が熱くなった。

「おいおい何ボーっとしてんだよ。さっさとチケット買って席座ろうぜ!」

観賞中星司さんはずっと私の手を握ってくれていた。それもまたこれまでのデートでは一度もないことだった。星司さんの胸中に一体どれだけの変化があったのか分からないけれど私は星司さんに出逢って以来今日が一番幸せだと感じた。私たちもいつか映画の中のイエスとマリアのようになれるのかな…って思いながら私はスクリーンを目で追いかけていた。

映画が終わった後も私は余韻が冷めないまま夢心地でいたけど、星司さんのスマホにかかってきた電話でその余韻は中断された。「ちょっと待ってな、すぐ終わるから」と言って星司さんはロビーの隅に走っていった。その時だった。後ろから見知らぬだがとっても綺麗な顔立ちの男性に声をかけられた。歳の頃は二十代半ばから後半というところだろうか。少なくとも私や星司さんよりは大人びて見える。

「これ、お忘れじゃないですか?」

それは私のハンカチだった。

「…すみません私ったら」

「いえいえ素敵な映画でしたからね。でもこういう映画を見るということはあなたも相当歴史通でしょう。僕もそうなんですが特にイエスとマリアの運命共同体としての絆に感銘を受けました。それだけに最後磔刑によって引き裂かれてしまうのが切なかったですね。あの後マリアは一人でどんな思いで生きたんでしょう。僕もああいう夫婦になりたいですけど無理でしょうねハハハ」

「…運命共同体ってやっぱり夫婦ですか?」

「少なくともこの映画の解釈ではね。他にも解釈はあるんでしょうが夫婦ないしは恋人が最も一般的な解釈でしょうよ。何故そんなこと聞くんです?今日は彼氏さんと見にきたんでしょう。僕はたまたまあなた方の近くで観てましたけど結構なラブラブぶりでこちらの方が気恥ずかしかったですよ」

そう言うと彼はクスクスと笑った。

「…すみません」

「いいえ謝ることじゃないですよ。あなた方ならイエスとマリアのようになれるんじゃないかな…僕は本当にそう思います何となく…あなたたちのことをよく知ってるわけじゃないけど直感でそう思うんです、僕の直感って結構当たるんですよハハ。そうだ僕こう見えてもピアニストなんです。ご存知ないかもしれないけど小鳥遊涼平と言って結構あちこちでコンサートやってるんですよ。よかったら彼氏さんと聴きに来てください。もしその気があればお席もご用意しますよ、ここに連絡してくれれば」

小鳥遊涼平と名乗った男はそう言って名刺をくれた。

「あっありがとうございます。私はTACで働いている南夕子って言います」

「…TACってあの超獣攻撃専門部隊ですよね。いつも僕ら一般市民のために戦ってくださりありがとうございます。まさかこんな場所でそのような方に出会えるとは思っても見ませんでした。では彼氏さんと素敵な一日を!愛しい人との時間は限りなく尊いものだからとお伝えください。こっちも連れが帰ってきましたから」と小鳥遊涼平は向かって走ってくる小学生くらいの女の子を指差した。愛らしい顔立ちをしているが小鳥遊涼平と似通ったところはあまりない。姪か歳の離れた妹なのだろうか。

「涼平兄ちゃん何してるの?」

「何ってこのお姉さんと映画についてお話してたんだよ。でもそろそろ僕らは行こう。大事な日を邪魔しちゃいけないからね」

小鳥遊涼平は女の子の手を引くと「では」と軽く会釈して足早に去っていった。話し上手ないい人だな、それが私の小鳥遊涼平という人に対する第一印象だった。

「キザな野郎だなぁ」

「星司さん!いつ戻って来たの?」

「いつって今だよ。君もさー自分が名乗られたからってペラペラ自分の名前なんて初対面の男にいうものじゃないぞ。本当にピアニストかどうかなんて分かったもんじゃないぜ」

なんだ結構前から聞いてたんだ。ブツブツふて腐れてるのはもしかして嫉妬してる?

「何もそこまで…ナンパとかセールスマンとか強引な勧誘とかじゃないんだから。そもそも私たちだって…」

「夕子!俺たちの出逢いと他の男との出会いを一緒にすんなよっ」