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未来のために 9

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「あなた、メカニックの方よね?」
「ええ、レイ・ヴェガと言います」
「さっきはありがとう」
「いえ、MSの整備は自分の仕事ですから」
それだけ言って立ち去ろうとするアムロを、ベルトーチカが引き止める。
「あなた、本当にレイ・ヴェガという名前なの?」
「?何を言っているんですか?」
「本当はアムロ・レイではなくて?」
ベルトーチカが言った“アムロ・レイ”という名を聞いた瞬間、アムロの心臓がドクリと脈打つ。
「…何…?」
「あなたの顔…何かの雑誌かニュースで見たことがあるの。一年戦争の英雄で、ガンダムのパイロット、ニュータイプのアムロ・レイではないの?」
「ニュー…タイプ?アムロ…・レイ…?」
自分で言いながら、心臓がドクドクと脈打ち、呼吸が苦しくなる。
アムロは胸元を掴んで膝を折り、その場に崩れ落ちる。
心臓の音が頭の中に鳴り響き、割れるような頭痛に襲われる。
「う…ううう」
「ちょっと!大丈夫!?」
驚くベルトーチカの声に、艦橋から出てきたハヤトが駆け寄る。
「どうした!?」
ベルトーチカの前で、頭を抱えてうずくまり、苦痛に顔を歪めるアムロをハヤトが抱き起す。
「大丈夫か!?」
苦痛に顔を歪めながら、アムロはハヤトを見あげる。
「…ハヤト…?僕は…」
その表情が七年前のアムロと重なって、ハヤトは一瞬ドキリとする。
『アムロ!?』
しかし、そこまで言い掛けて、アムロは意識を失ってしまった。
「お、おい!しっかりしろ!」
「どうした?ハヤト艦長」
騒ぎを聞きつけ、クワトロも姿を現わす。
そして、ハヤトの腕の中で気を失っているアムロに気付くと、慌てて駆け寄る。
「レイ!どうした?ハヤト艦長、何があった!?」
「それが…」
ハヤトが言いかける横で、ベルトーチカがそれに答える。
「分からないわ。私が…彼の事を“アムロ・レイじゃないの?”って聞いたら、突然苦しみ出したのよ…!」
そんなベルトーチカをクワトロが睨みつける。
「クワトロ大尉!」
今にもベルトーチカに掴み掛かりそうなクワトロをハヤトが諌めると、クワトロはハヤトから奪うようにアムロを抱き上げ、その場を去ってしまった。
「私、いけない事言ったの?!」
動揺するベルトーチカの肩を叩き、ハヤトがそっと首を横に振る。
「気にしないで、彼はちょっと訳ありでね。ただ、出来ればあまり関わらない方がいい。それから、彼はメカニックのレイ・ヴェガだよ」
それだけ言うと、ハヤトは艦橋へと戻って行った。
その後ろ姿を見つめながら、ベルトーチカがボソリと呟く。
「どうして嘘をつくの?彼は絶対アムロ・レイだわ。私は真実が知りたいだけよ」


クワトロはアムロを私室のベッドへとそっと寝かせる。
アムロは苦痛に顔を歪ませ、その額からはいく筋もの汗が流れ、何かに魘されている。
その汗を拭いながら、クワトロがアムロを見つめていると、話を聞きつけたロベルトが姿を現わした。
「クワトロ大尉、レイは!?」
そんなロベルトに、クワトロが小さく首を振る。
「まだ意識が戻らない…何か…夢に魘されているようだ。しかし、何度声を掛けても目を覚まさない」
クワトロの言葉に、ロベルトはアムロに近付くと、その寝顔を見つめる。
「…また…何か思い出してるんでしょうかね…」
「おそらくな…」
辛そうな表情を浮かべるアムロの頭を、ロベルトは優しく撫でる。
「こいつには…記憶を取り戻すのは、これから生きて行く上できっと必要だから思い出した方が良いと言いましたが…本音はこのまま何も思い出さずに俺の弟として生きてくれたらと思っています…」
「…そうだな…」
「クワトロ大尉…いえ、大佐にとってもそれは同じではないですか?」
「……」
クワトロは膝に上で組んだ指に力を込める。
「“アムロ”は“赤い彗星”を恐れ、憎んでいる…そして、おそらく私に対して罪悪感も持っている…」
「ララァ少尉の事ですか?」
ロベルトの問いに、クワトロがコクリと頷く。
「しかし、私はアムロを手放すつもりは無い。例え、一時アムロが私を拒んで離れたとしても、いつか必ず私の手に取り戻してみせる」
「…大佐…」
と、そこに艦橋から通信が入る。
〈クワトロ大尉、ヒッコリーから通信が入りました。艦橋まで至急お願いします〉
それにクワトロは小さく溜め息を漏らすと、「了解した」と返事を返す。
「ロベルト、レイを頼む」
「はい」
そう言うと、クワトロはアムロの髪をくしゃりと撫ぜて、部屋を出て行った。
しばらくした後、アムロの瞼がピクリと動き、その下から琥珀色の瞳が現れる。
「レイ!目が覚めたか?」
ぼんやりとこちらを見つめる瞳がロベルトを捉えると、ホッとした表情を浮かべて「兄さん」と小さな声で呟く。
「ああ、俺だ。気分はどうだ?」
「ん…ごめん。俺、また倒れたの?」
「ああ、クワトロ大尉がここまで運んでくれた」
「え?シャアが?」
「ああ、すごく心配してたぞ」
「うん…兄さんも…ごめん」
アムロはゆっくりと体を起こし、小さく溜め息を吐く。
そして、少し震えている自身の手を握る。
「また…夢を見たのか?」
「…うん」
「怖い夢だったのか?」
震えるアムロの手を、覆うようにロベルトが手を重ねる。
その暖かさに、アムロの体から少し力が抜ける。
「…よく解らないけど…例の女の子と一緒に走って避難してるんだ…。その時、僕は父さんを見つけて…。父さんは何か大きなモノをトレーラーに積んで運んでた」
「大きなモノ?」
「うん。カバーが掛かってたけど、多分…モビルスーツ」
その言葉に、ロベルトは息を飲む。
以前にシャアから聞かされた“アムロ・レイ”の調査内容に、アムロの父、テム・レイがガンダムの開発主任だった事が載っていたのだ。
それを考えると、おそらくそのモビルスーツはガンダムだ。
「父さんは…避難民よりも“それ”を優先して避難船に積み込もうとしていて…僕は腹が立って…、人間よりも“それ”の方が大切なのかって…僕よりも大切なのかって…」
「レイ…」
「そうしたら…避難民の列にミサイルが飛んで来て…、僕と女の子は助かったけど…いっぱい人が死んでしまったんだ。その中には女の子の家族も居て…僕は…女の子に走れって…避難船まで走れって叫んだんだ…」
震えるアムロの手を、ロベルトはギュッと握りしめる。
「そうか…怖かったな…」
「父さんも…気が付いたら居なくなってて…多分、コロニーの外に飛ばされてしまったんだと思う…。このままじゃコロニーが壊れちゃうって…女の子が死んじゃうと思って…僕はそのモビルスーツに乗ったんだ…動かし方は父さんの端末を盗み見て知っていたから…」
その話で、ロベルトは子供だったアムロがガンダムに乗る事になった経緯を知る。
全ては、コロニーを、女の子を守りたかった。それだけだったのだと。
「そこで…目が覚めた…。これは…僕の過去の記憶なのかな…」
不安げに見上げるアムロの頭をそっと撫でる。
「…どうだろうな…」
「俺、やっぱり思い出したくない!今のままでいい!兄さんがいてくれたらそれでいい!」
ロベルトにしがみつくアムロを、包み込むように抱きしめる。
「…そうだな…お前が辛いなら…その方が…」
そう言いかけた、その時、敵襲を告げるサイレンが鳴り響く。
作品名:未来のために 9 作家名:koyuho