未来のために 11
「ああ、士官学校も出てないから戦術なんて知らないし、モビルスーツの操縦だって独学だったから…かなり無茶な戦い方だったと思う。だからさ、貴方の操縦技術を盗もうと必死だった」
「確かに、君は思いもしない戦法を取ってくるから毎回驚かされた」
「必死だったんだよ。なんて言ったって貴方が相手だからね」
クスリと笑うアムロに、シャアも少し微笑む。
「貴方の存在は大きくて、やっぱり怖かった。だけど、サイド7で会った貴方は、中立地帯だったとは言え、敵兵の俺を助けてくれるような優しい人だった。それに、その前日に偶然会ったララァと一緒に居て本当にびっくりした」
「ララァに会っていたのか?」
「うん、雨宿りに入ったコテージで偶然…。あの時の事は今でも鮮明に覚えてる。彼女を見た瞬間、強烈に惹かれた。恋愛とかそう言うものじゃなくて…何て言うか…魂が惹かれあった…」
「魂が?」
「うん、彼女は俺と“同じ”だと思った」
そう語るアムロに、シャアは思う。
自分はララァに会った時、自分とは“違う”と思った。彼女は我々とは違う特別な存在だと…。
「当時はさ、戦う度に大きくなる訳の分からないニュータイプ能力に戸惑ってた。それは一緒に戦っていた仲間にとっても同じでさ、生き残るためには必要な力だったけど…何処か腫れものに触るような感じで…ちょっと辛かった。そんな俺にとって…俺と“同じ”ララァを認めて、受け容れている貴方に驚いた。それに…そんな貴方の側に居られるララァが少し羨ましかった」
「アムロ…」
「今思えばさ、あの時から既に貴方に惹かれ始めてたんだと思う」
アムロは目を閉じて、当時の事を振り返る。
互いに認め合い、求めあっていた二人が羨ましかった。
「私も初めて君に会った時…不思議なものを感じた。連邦の兵士である君が気になって…思わず手を差し伸べてしまった。そして自分を見つめる真っ直ぐな瞳が忘れられなかった」
シャアはそっとアムロの頬に手を添えて、その琥珀色の瞳を見つめる。
「戦う度に強くなる君に、驚くと共にパイロットとして心が高揚した。そして戦争の終盤には、ニュータイプとして完全に覚醒した君に焦りを感じた」
「貴方が?」
「ああ、ララァの力を借りなければ君に勝てないと思った」
「え…?」
「それ程までに君は、私にとって脅威だった」
いつでも自信たっぷりで強気な仇敵が、自分をそんな風に思っていた事に驚く。
「そして、ララァと共感する君に嫉妬した…いや、今になって思えば…逆だったのかもしれない。私にとって特別な存在であった君と共感したララァに嫉妬していたのかもしれない」
シャアの言葉に、アムロが目を見開く。
「ララァを大切に思っていた。愛していたと思う。しかし、それは今の君に対しての想いとは違っていた様に思う」
「違う…?」
「ああ、私にとって彼女は家族の様な…母の様な存在だったのかもしれない。年下の少女に何をと思うかもしれないが…しかしだからこそ、彼女とは体の関係になれなかった」
「え!?」
シャアとララァは恋人同士だと思っていた。当然体の関係もあったと…。
「驚いたか?」
「…そりゃ…だって…」
驚くアムロに、シャアがクスリと笑う。
「それなのに…君には触れたくて仕方なかった。初めて君に手を出した時も、あんな風に自分を抑えられなかった事に驚いた。意識の無い君に手を出してしまう程、君が欲しくて堪らなかった」
アムロはグワダンで、初めてシャアに触れられた事を思い出す。始めは夢だと思っていたけれど、身体に残る感覚に、現実だったと気付いた。そして…それがとても嬉しかった。
夢だと思っていたとはいえ、自分からシャアを求めてしまった事を思い出し、アムロの顔が真っ赤に染まる。
そんなアムロの頬をシャアがそっと撫でる。
「君の事は…恋愛として好きだった。君の心も身体も全て欲しかった」
「シャア…」
シャアの言葉が嬉しくもあり、けれどそれが過去形な事にアムロは少しショックを受ける。
「もう…俺の事は要らない?」
不安な表情を浮かべるアムロに、シャアが切なげな視線を向ける。
「君が…まだ私の事を恐れ…恨んでいるのであれば…無理矢理君を手に入れる事はできない…」
頬に触れるシャアの手が少し震えている。
そこから伝わるシャアの不安に、アムロは自分が彼を不安にしていた事に気付く。
「ごめん!シャア。俺は…俺は貴方を本当に恨んでいた訳じゃ無かった…!全部貴方の所為にして…自分の罪から逃げてただけなんだ!」
頬に触れるシャアの手を握り返してアムロが叫ぶ。
「アムロ…?」
「俺は…あの戦争で自分が犯した罪を認めたくなくて…ララァをこの手で殺してしまった事を…取り返しのつかない罪を犯してしまった事を…受け容れられなくて…全部貴方の所為にして逃げたんだ!」
「アムロ…」
アムロはシャアのシャツを掴んで縋り付く。
「貴方がララァを戦争に巻き込んだからララァは死んでしまったんだって…まるで自己暗示をかける様にして貴方を恨んで…全てを貴方にぶつけた!本当は分かってたのに、ララァは自分の意志で戦ってた。貴方を守るために、自分から選んで戦ってた!」
そんなアムロの髪を、シャアは優しく梳いてやる。
「君は…ララァの心まで理解していたのだな。それに…そうしなければ君の心が保たなかったのだろう?」
シャアにそう言われて、コクリと頷く。
「私も同じだ。ザビ家へ復讐心で歪んだ心とララァを失った悲しみ、ニュータイプになりきれない自分への葛藤を君と決着をつける事で晴らそうとしていたのかもしれない」
「シャア…」
「けれど、君と直接剣を交え共感した時、そんな事は全てどうでも良くなり、素直に君が欲しいと思った。そして、この目で人類の革新である君と未来を見たいと思った」
儚くて、激しくて、偽りのない強い光を放つ琥珀色の眼差しに惹かれた。
己の人生を賭けた復讐すらどうでもよくなる程、この奇蹟の存在を手に入れたいと思った。
そして、記憶を失っているとは言え、偶然にもこの手に落ちてきた少年を心から愛した。
「アムロ…君を愛している…」
シャアの真剣な瞳に、アムロは息を止める。
アムロの頬に触れるシャアの手からも、その言葉と同じ感情が流れ込んでくる。
こんな自分を愛してくれる愛しい存在に胸が熱くなり、アムロの瞳から涙が零れ落ちた。
「もしかしたら…記憶を失ったのは自分の意思だったのかもしれない。全部忘れて真っ新になれば…ララァみたいに貴方に受け容れてもらえるかもしれないって…愛して貰えるかもしれないって思ったのかもしれない…」
アムロはシャアに向かい、小さく微笑む。
「俺も…貴方を愛してる。“アムロ”も…貴方を愛してるんだ…」
その微笑みに、シャアは目を見開き、紡がれた言葉を自身の心で繰り返す。
そして、それを理解したと同時に、アムロを強く抱き締めた。
「アムロ!」
アムロもまた、そんなシャアの背中に手を回して抱き締め返す。
「やっと…貴方のところに還ってこれた…」
久しぶり触れるシャアの温もりに、ようやく緊張の糸が緩み、ホッと息を吐く。
「貴方への想いに気付いてから…ずっと貴方に会いたくて…触れたくて仕方なかった…宇宙に向かって何度も貴方に呼び掛けた…」