甘い水の中で 5
有無を言わさぬその声に、高官達が震え上がる。
そして、高官達はシャアへとそのキーワードを白状させられる。
「他にまだ何か仕込んではいないか?今ならばまだ間に合うぞ、後で露見した場合は先程も言った通り、条約は破断とさせてもらう。如何かな?」
その冷ややかな視線に、身の危険を感じた高官達は全てを吐露する事となる。
何とか命を繋ぎとめた高官達は、まるで逃げるように連邦の旗艦に乗り込み、スウィート・ウォーターを後にする。
艦内の貴賓室へと入ったところで、艦長から緊急の連絡が入り、艦橋へと呼び出された。
そして、そこで高官達が見たのは、自艦を取り囲むネオ・ジオンの戦艦だった。
その数はおそらく五十以上。これは連邦が保有する戦艦の数に匹敵する。
そして気付く、スウィート・ウォーターに隣接するコロニーに翻るネオ・ジオンの旗。
これだけの戦艦を一基のコロニーだけで停泊出来る訳がない。おそらくこの周辺のコロニーはネオ・ジオンの勢力圏となっているのだろう。
そこで、高官が先程の締結書類を慌てて取り出し確認する。
『二、ネオ・ジオンの連邦からの離脱』
そう、“ネオ・ジオン”、“スウィート・ウォーター”だけではない。
その事実に、高官達は目を見開き、もう一度船外の艦隊を見ると、その場に崩れ落ちた。
「なぁ、アムロ。お前これからどうするつもりだ?」
会談の後、アムロとブライトは用意された別室で久しぶりの再会を喜びつつも、少し重たい雰囲気で向かい合っていた。
「ん…、ブライト…その事で謝らないといけない…」
アムロは膝の上で組んだ指に力を込める。
「俺さ…この先の人生をシャアと生きていこうと思ってるんだ…」
アムロのその言葉に、ブライトが少し眉を顰める。
「だからさ…ブライトとせっかく立ち上げたロンド・ベルだけど…一緒にやっていけなくなった…ごめん」
頭を下げて謝るアムロの癖毛をグシャっと掴んで撫でる。
「この数ヶ月、ずっとシャアの元に居たのか?」
「ああ、スウィート・ウォーターに着いてすぐ、ホテルでシャアに拉致られた。それからはずっと総帥府内の一室に居た」
「拉致?さっき同意って言っていなかったか?」
「あ…、何て言うか…拉致された時、身体に発信機が埋め込まれてるのに気付いて…俺って連邦に鎖で繋がれた犬と同じだって思ったらなんか馬鹿馬鹿しくなってさ、好きにしろって言っちゃったんだ。まさか爆弾まで仕込まれてるとは思わなかったけどな」
溜め息混じりに呟くアムロに、ブライトも大きく溜め息を吐く。
「本当に!連邦の馬鹿どもめが!」
吐き捨てるように言うブライトに、アムロが小さく微笑む。
「ありがとう、ブライト。俺なんかの為にあんなに怒ってくれて…凄く嬉しかった」
「馬鹿野郎!当たり前だろう!大事な友人が酷い扱いを受けてたんだぞ!」
「ふふ、本当にありがとう」
「それで、ネオ・ジオンでは酷い目には合わされてはいなかったか?」
「酷い目に?うーん、ずっと豪華な部屋に閉じ込められてたかな。シャアの奴、俺が脱走しないようにって服は取りあげるし、足枷は付けるしでさ。まぁメシとかは結構豪華で良かったけど、あいつ俺が野菜を残すと凄い勢いで怒って無理やり喰わせるんだ。ホントたまったもんじゃないよ」
「は?」
「は?って、俺、本当にメシの度に憂鬱でさ、まぁ、食わず嫌いだったものとかはいくつか食えるようになったけど…」
無理やり口移しで食べさせられた事を思い出し、少し顔が赤く染まる。
「それは…シャアに感謝すべきだな。お前の偏食は酷すぎる!子供じゃないんだから何でも食え!馬鹿モンが!」
「嫌いなもんは嫌いなんだよ!仕方ないだろ!」
「仕方なくない!」
頭を小突かれて、アムロがむくれながら不貞腐れる。
「全く!で、なんでシャアと生きて行く気になった?服取られて足枷?そりゃもう監禁だろう?もう連邦はこりごりだったか?それともシャアに絆されたか?」
「…プロポーズされた」
「……………は?」
「だから、プロポー…」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?」
その頃、シャアとナナイ、ギュネイはスペースポートから総帥府へと向かい車を走らせていた。
「ナナイ、これでアムロのマインドコントロールは解けそうか?」
「はい、キーワードさえ分かれば解除出来ます」
実はアムロになんらかのマインドコントロールが施されている事は検査で分かっていた。
実際にアムロは監禁されている間、何度か自殺未遂をしている。
しかし、本人には全く自覚がなく、そんな事をした事すら覚えていなかった。
その為、応急処置として上から別の催眠暗示を施してなんとか回避していたが、根本が分からず完璧にはマインドコントロールを解除出来ないでいた。
そんなアムロを隔離する為の処置があの監禁だったのだ。(足枷と彼シャツはただのシャアの趣味だが)
今回の会談で敢えてアムロの存在を公表したのは、正式な退役手続きでアムロを連邦から堂々と切離すのも目的ではあったが、本命は高官たちからアムロのマインドコントロールの事を聞き出す事だった。
「しかしアムロ大尉は、どうしてそんな連邦に居続けたんでしょうか?」
ギュネイには、酷い扱いを受けながら連邦に居続けるアムロが理解出来なかった。
「シャイアン基地に幽閉されている間、何かの薬物を投与されていたのもあるが、その時にもマインドコントロールが影響していたのだろう。フラウ・コバヤシの来訪で、衝動的にシャイアンを脱走したが、暫くはモビルスーツに乗れない状態だった」
「しかし、グリプス戦役後エゥーゴが連邦に吸収されてしまったとは言え、何故また連邦に?」
ギュネイの問いに、シャアが小さく微笑む。
「さっき話したフラウ・コバヤシはアムロの幼馴染みで、同じく一年戦争でホワイトベースに同乗していたハヤト・コバヤシの妻だ。ハヤト・コバヤシはカラバのメンバーとしてエゥーゴと共に戦っていたが、数年前に戦死してな、遺された家族にアムロは自身の給与の殆どを渡して援助していた。それも、退役しなかった理由の一つだろう」
「幼馴染みの為?」
ただの幼馴染み…いや、それなりに好きな相手だったのだろう…
シャアは少し胸が痛むのを感じるが、アムロのそんな優しさも理解していた。
「ああ。今回、これで纏まった退役金が渡れば、彼女たちも充分暮らしていけるだろう」
「…そうですね」
総帥府に着くと、シャアはアムロとブライトが居る部屋へと足を運ぶ。
そしてドアをノックしようとした瞬間、中からブライトの雄叫びが聞こえてきた。
なんとなく状況を察したシャアはクスリと笑いながらドアを開ける。
そして、同時にこちらに視線を向ける二人に思わず笑いが込み上げる。
「おい!シャア!どう言う事だ!プロポーズって!」
思わず敬語も忘れて叫ぶブライトに、笑顔で応える。そして、ゆっくりとアムロに近付き、その顎を掴むとそのままアムロに口付けた。
突然の事に動揺して固まるアムロの抵抗がないのを良い事に、それはもう思い切り濃厚なキスをする。
そして、反対の手でアムロの襟元を緩めると、会談の前につけたキスマークをブライトに見えるように曝す。