あの日の夏は海の底 前編
ー 湿気のないカラッとした青空に心地よい風
が部屋を通る。
僕はトド松に頼まれたカラ松のコーディネー
トを考えていた。
いい弟に戻るために強がって決めると言った
が、やはり心が軋んで痛い。
昨日の夜は、夢だったのかもしれないなんて
くだらないことを考えながら、服を一つずつ
確認する。
さすが相棒と言ったところだろうか…どれも
カラ松に似合いそうな服ばかりだ。
「…カラ松はさぁ…どんなデート服にしたい
の?特別って言ってたけど」
「あぁ…なるべくかっこいい方がいいな」
僕の質問にそわそわして答えるカラ松。
「じゃあ、こーゆー感じかなぁ」
服をさっと合わせて考え込んでいると、カラ
松がネックレスを持って来た。
「…これに似合うやつがいい」
照れながら言うカラ松に、僕の心は余計に締
め付けられた。
顔を服の方に向け、涙が出ないように我慢し
て、唇を噛んだ。
「…じゃあ、これだね」
シルバーのネックレスに似合う、青と黒のか
っちりしすぎない服を選んだ。
「着てみなよ」
微笑みながら試着を促した。
僕の選んだ服を着たカラ松は、思った通り物
凄く格好良くて胸を締め付ける。
「似合ってるか一松?」
照れ臭そうに笑うカラ松を愛おしく思ってし
まう僕は、いい弟になれないんだと確信して
しまった。
「似合うよ…凄くかっこいい
やっぱりカラ松には青が似合うね」
僕は溢れ出る愛おしさに抗うことができず、
顔を緩める。
「ありがとう一松…
俺に似合うコーディネートをしてくれて
でも、よくこんなに格好良くできたな?」
「そりゃそうだよ…お前のこといつも見てる
し、好きなんだから」
不思議そうに質問してくるカラ松に、自然と
言葉が出てしまった。
「え?」
カラ松が驚いた顔をしているのを見て、自分
が何を言ったのか把握する。
”やってしまった…なんで、口から溢れてし
まったのだろう”
混乱と後悔が頭の中を駆け巡る。
「そ、それは本当なのか…?
一松は俺のことが好きなのか?」
予想外の反応に僕は頷いた。顔が熱く火照る
のが分かる。
「…良かった!俺は嫌われてるのかと思って
たぜ!」
俯いてた僕は、カラ松の方に顔を上げようと
した。
「俺も好きだぞ!なんてったって大切なブラ
ザーだからな!」
カラ松の一言に、上げかけていた顔を下げ
る。
”兄弟…だから好き” ''兄弟だから大切”
そんなのは当たり前だ。
僕は何を期待したのだろう…
急に惨めさと恥ずかしさで頭がいっぱいにな
り、悔しくなった。
僕は卑屈に笑いカラ松に問う。
「あの…さ、俺がもしカラ松のことを…兄と
してじゃなくて…一人の人として好きって
言ったらどーする?」
「え?一松…何言ってるんだ?」
我ながら馬鹿なことを聞いてしまったと思っ
たが、劣等感で言葉を止めることができない
でいた。
「だから、俺がお前を男として好きって言っ
たらどーするのって聞いたんだよ」
少し乱暴な口調で言ってしまった。
カラ松の顔が見れない。
「な、何言ってるんだ一松…
俺たちは男だぞ?ましてや兄弟…
そーゆー風には…ならないだろ?」
カラ松の言葉に僕の心は抉られた。
顔を上げなくてもカラ松がどんな顔をしてい
るのか想像がつく。
静まり返った部屋に、心地の良い風が吹き込
んだ。
僕は唇を噛み、言葉と涙と他にもごちゃごち
ゃと混ざり合う心を抑え込み笑顔を作った。
顔を上げてカラ松を見ると、少し意地悪そう
に笑う。
「馬鹿じゃねぇーの
冗談だよ…これからデートに行くリア充
を、からかってやっただけだよ
本気にすんな」
笑いながら言う僕に、強張った顔が緩むカラ
松。
「フッ!まんまとやられたってわけだなブラ
ザー」
いつもの調子で決めポーズをしてイタいこと
を言うカラ松に、締め上げられる心臓とこみ
上がる涙を殺した。
「馬鹿な奴…」
呟いて言うと、笑うカラ松。
「行かなくていいの?そろそろ時間でしょ?
特別なデートで遅刻はダメだろ?」
僕はカラ松を促す。
「あぁ!そうだな!
ありがとう一松…最高のデートにしてくる
ぜぇ」
そう言うと、カラ松は僕の頭を撫でる。
僕はそれに無意識にすり寄って微笑んだ。
カラ松が出かけて、僕は部屋に立ち尽くして
いた。
辛い…気を緩めたら涙が止まらなくなる。
でも、まだダメだ…こんなところで泣いてた
らみんなにバレてしまう。
”まだ我慢…まだ我慢…”
心で何回も言い聞かせながら僕は家を飛び出
し、頭の中が真っ白になりながら衝動的に走
り出した。
カラッとした青空に、いつの間にか大きく積
乱雲が積もっていた。
ー どのくらい走っただろうか…僕は疲労で、
真っ白だった頭の中に意識が戻った。
気がつくと空が薄暗く、黒い雲に覆われてい
た。
息を整え顔を上げると、海が見える。
”この前のところまで、走ってきたのか”
境界線の無かった一面の青は、荒波が立つ黒
に変わっていた。
「まるで僕を映してるようだ」
ポツリと呟くと、我慢してた涙が堰を切った
ように溢れ出した。
止まらない涙を隠してくれるかのように空か
ら雨粒が落ちてくる。
僕は涙を流しながら、立ち尽くしていた。
しばらく雨の中にいたが、小さな洞窟を見つ
け雨宿りをしていた。
ゴツゴツした岩のそばに、外の海とは違う優
しい水面が上からの雫で模様を描いていた。
岩の上で膝を抱え、顔を埋める。
全く止まらない涙を拭い、洞窟の中で反響し
てしまう泣き声を殺していた。
流石に泣き疲れてしまい、外の激しい雨音を
静かに聞いていた。
「何をしているんだ?」
気配もなく不意に聞こえた声に、驚いて体を
震わせてしまった。僕の耳と尻尾がピンと立
つ。
「おい!聞いているのか?」
怖くて怯えつつ、なんとなく心地良い声に
恐る恐る顔を上げた。
「なんだ?泣いていたのか?」
僕の顔を覗き込む男は、僕の大好きな兄と同
じ顔をしていた。
「大丈夫か?」
男は、僕に近づいてきて優しく僕の涙を拭っ
た。
「…あんた誰?いつの間にそこにいたの?」
怯えながら質問する僕に、決めポーズをする
男。
「フッ!俺の名は”ポセイドン”
海を司るクールな神だぜ!
さっき海から来たばかりだぜ!」
あまりにも、現実味の無い言葉に驚いたと同
時に、怖さと不安が一気に飛んで行ってしま
った。
「…神様がこんなとこで何してんの?
あと、その格好露出狂なの?」
「雨が凄くてな…波が荒れてきたのでひと休
みしようと思ってな!
ろしゅ?なんだそれ?」
「露出狂!体を晒して喜ぶ奴を言うんだよ
作品名:あの日の夏は海の底 前編 作家名:ぎったん