あの日の夏は海の底 後編
ー 洞窟を出ると、浜辺は夕陽で真っ赤に染ま
っていた。
眩しく輝く夕陽に、目を慣らすのが大変だっ
た。
無言で僕の手を引いたままのカラ松を見る。
「…カラ松…手、痛いから離して」
様子を伺いながら呟くと、カラ松の手から少
しだけ力が抜けた。
「すまなかったな一松
ただ、手を離してやることはできない」
振り返ったカラ松は、少し眉を下げた表情で
言う。
こうなったカラ松は頑なで、僕の話など聞い
てくれなくなる。
僕は諦めてそのまま帰路に着いた。
ー 家に帰ると他の松たちも集結していた。
「おかえり〜あれ?珍しい組み合わせだ
ね?」
「フッ!途中で出会ってな!これぞデスティ
ニー」
「いっったいねぇ〜」
「お兄ちゃん肋折れたw」
「え?」
物珍しさに反応してくる末弟に、嘘をついた
次男を見て、ポセイドンのことを内緒にして
てくれるのだと、内心ホッとした。
夕飯を食べ、各自一息ついていた。
僕はいつも通り隅っこで膝を抱えている。
正直、ポセイドンのことが心配でずっとその
ことを考えていた。
最近ずっと側にいてくれた彼に、返事を返さ
なかった自分がどうしようもないクズに思え
て悲観する。
その夜は眠れず、屋根に登って月を見る。
星空の下で、ポセイドンに対するカラ松の態
度を思い返していた。
”どうしてあんなに怒っていたのだろうか…”
答えの出ない疑問を頭の中で反芻する。
「そろそろ寝よう…」
ボソっと独り言を呟いて、部屋に戻ろうとし
たら居間の電気がついていた。
こっそり覗くと、おそ松兄さんが座ってい
た。
「一松〜?」
僕が戻ろうとすると声をかけられ呼び止めら
れる。
僕は渋々居間に入り、隣に座った。
「…どーしたの?なんか用?」
「いんや〜もしかして寝れないのかなって思
ってさぁ〜」
「…」
「俺も寝れなくて困ってたから、話し相手に
でもなってもらおうと思って!
最近、いちまちゅ構ってくれないし」
いつも子供の様なおそ松兄さんだが、兄弟の
悩 みとか助けて欲しい気持ちには、いち早
く気がついて聞いてくれる。
こういう長男らしい所が物凄く狡い。
「…まぁ、話し相手くらいなら
僕も眠れなかったし…」
いつもの様に座り、おそ松兄さんと目が合わ
ない様に視線を下げる。
おそ松兄さんも、僕の方を見ず話し始めた。
「一松さ…カラ松と帰って来たじゃん?
友達と会ってたのに、わざわざカラ松と
さ…それがお兄ちゃん気になってて」
「…友達と別れた後に会ったからさ」
「そっか〜…ならいいんだ
お兄ちゃん、早くお友達紹介してもらいた
いよぉ〜」
「そのうちね…」
僕に寄りかかり、調子よく言うおそ松兄さん
に対して、嘘をついてる罪悪感にかられなが
らも、僕は笑った。
ー あの日から数日経った。
僕は前ほどポセイドンに会いに行けなくなっ
た。
外出は必ず、カラ松に報告することが絶対条
件となっていた。
心配してるとはいえ、少し違和感を感じてい
た。
カラ松がデートに行ったことを小耳にはさん
だので、僕はこっそりポセイドンの所へ行く
準備をする。
出かけようと扉を開けると十四松が立ってい
た。
「兄さん!どこか行くんすか?!」
あどけない表情で聞く十四松に、心臓が早く
なる。
「別に…ちょっと猫んとこ…」
「そーっすか!!
カラ松兄さんには内緒なんだね?」
「っ…」
勘が鋭い十四松に図星を突かれ、息を飲む。
「カラ松兄さんに言わなきゃいいんだよね?
じゃあ、言わないね!」
「え?」
「一松兄さんが言いたくないなら、言わない
よ」
十四松の優しい言葉に、頷いた。
「ありがとう…十四松」
一言だけ呟いて、僕は走り出した。
ー 息を整え、万が一の為なるべく隠れながら
洞窟へ入る。
「ポセイドン?!」
辺りに警戒しつつ名前を呼んだ。
久しぶりに会うからなのか、動悸が早まる。
「一松か?!」
水辺から顔を出すポセイドンを見て、安堵し
て胸を撫で下ろした。
岩場に上がって来たポセイドンは、嬉しそう
に僕を見る。
「久しぶりだな!いちまぁーつ!
相変わらずお前は美しいな」
微笑むポセイドンに、照れる顔を晒しながら
タオルを渡した。
「最近、次男がよく来るぞ!
話は合うんだが、一松のことになると噛み
合わないんだ」
「カラ松は、頑固だからね…
あと、サイコパス」
「なるほど…頑固なのか
あれが一松の片恋相手だろう?」
「…そうなるね」
真っ直ぐ伝えるポセイドンに言葉を濁した。
「片恋相手とはいえ、気持ちを預かってから
時間も経ってるから、薄れてきているだろ
う?」
「正直、結構薄れてる
たまに悲しい時もあるけど」
「そうか…
夏もあと少しだもんな…決断が近づいてる
ということだな」
ポセイドンの言葉が胸に突き刺さった。
”カラ松への気持ちを取るか、ポセイドンを
取るか…”
僕は、かなり揺れていた。
どこまでもクズな自分に嫌気がさし俯いた。
僕がポセイドンから目をそらすと、ポセイド
ンがいきなり僕の顔を両手で包み込んだ。
「一松は優しいから、どっちを取るかで悩ん
でるかもしれないし、嫌気がさしているか
もしれない…
でも、この選択は後戻りはできない!
あと少し後悔のないように考えてくれ」
彼が温かい言葉をくれたので、何故だか涙が
視界を覆った。
「ポセイドン…見せて」
「いいぞ!ほら…とても美しいなぁ…」
ポセイドンは瓶を取り出すと、僕に渡した。
それを眺め、汚れていないことを確認して、
彼に返そうとしたその時…冷たく低い声が響
いた。
「何をしているんだ?…一松」
「カ…ラ松…」
「その瓶はなんなんだ?」
カラ松の低い声に、恐怖を感じる。
「カラ松!やめてやれ
一松が怖がっているじゃないか」
「お前に話しかけてないぞ」
ポセイドンを睨みつけるカラ松は、僕の方に
歩み寄ってきた。
「クソ松、お前デートじゃなかったのか
よ?!」
早口で言葉が漏れる。
「…デートじゃなかったんだ」
「は?なんで?!」
「俺、実はもう、彼女と別れたんだ…」
カラ松の言葉に頭と気持ちが追いつかない。
「こんな所で何かあったらどーするんだ一松
俺はお前が心配なんだ…」
さっきの顔とは打って変わって困った顔にな
った。
「その瓶の中に入ってる宝石のようなもの
は、なんなんだ?」
「お、お前には関係ねーだろ!!
彼女と別れたのも今、知らされて
お前わけわかんないよ!」
焦りながら口走るが、ポセイドンがフォローしてくれた。
「それは一松の気持ちだぞ!勝手に奪おうと
作品名:あの日の夏は海の底 後編 作家名:ぎったん