あの日の夏は海の底 後編
ー 洞窟の中を眩い光が包んだ。
瓶に閉じ込めていた恋心が、形を無くし僕の
元へと戻ってきた。
忘れかけていた気持ちが溢れかえってきて、
僕のお腹の中をぐるぐると巡る。
中枢を狂わす様な衝撃に、膝から崩れ落ち嘔
吐した。
「大丈夫か!?一松!!」
光が消え、僕を見たポセイドンが慌てて近づ
いてくる。
カラ松は、瓶を持ったまま呆然と立ち尽くし
ていた。
僕はポセイドンに返事することができず、気
持ち悪さに服を握りしめた。
”カラ松…好き…好き…好きだよ…”
頭の中までそれが侵食して、僕は気を失って
しまった。
ー 気がつくと僕はカラ松の背中にいた。
驚いて上半身を起こすと、辺りは夕焼けに染
まっていた。
「起きたか?一松」
「…うん
あれから、俺はどーなったの?」
僕はカラ松の背中に体を預ける。
「きちんと戻す方法があるらしいんだが、俺
が開けてしまったから、一松の体に負担を
かけてしまったらしい」
「…」
「すまないな…無理に開けてしまって
頭に血が上っていて衝動的になってしまっ
た」
「別にいいよ…」
謝るカラ松に、ボソッと呟いた。
「ありがとう一松!」
僕の許しをもらえて安心したのか、声のトー
ンが明るくなる。
こんなことでさえ愛おしいと思ってしまうの
は、恋心が戻ってきたからだろうか?
背中越しのカラ松の体温が心地よくて、無意
識にすり寄ってしまう。
僕は、そのまま温かい体温に意識を溶かし
た。
目が醒めると、布団の中だった。
服もパジャマに着替えてあり、横を見るとひ
とつ開けてトド松が見える。
僕はこっそり起きて、居間を除いた。
そこには、おそ松兄さんとカラ松が座って何
かを話している。
息を潜めて、聞き耳を立てた。
「でもさぁ…それって結構大変だよぉ?
お兄ちゃんは、弟みんなの味方だから受け
入れるけどさぁ」
「分かっている…でも、もう自分に偽るのは
難しいんだ」
「それで、彼女と別れたわけね」
聞こえてくる会話に、心臓が跳ねる。
”そういえば、別れた理由って?
なにを僕らに受け入れて欲しいんだろう…''
動悸が激しくなる胸元を抑えて、冷静になろ
うと試みる。
「彼女といても、上の空で…考えるのはその
ことばかり…」
「まぁさ、そんなに好きならダメとは言わな
いよ?
好きなもんは仕方ないしねぇ〜」
全然冷静になんてなれない。
”カラ松は他に好きな人ができたってこと?
その人の為に別れた”
”その人は、僕たち兄弟には受け入れ辛く
て、でもおそ松兄さんは認めてくれてる…”
考えれば考えるほど、分からない…。
「ただ、あんまりガチガチに縛るのは違う気
がするけどなぁ〜」
「心配なんだ…フッとどこかへ行ってしまい
そうで」
この会話を聞いて、最近のカラ松の行動が変
だったことを思い出した。
”まさか…僕のこと?
いや、違う…なにをつけあがってるんだ
カラ松にとって僕は兄弟だ”
期待しそうな心を抑えつける。
怖い…このまま聞いていたら、心が壊れそう
だった。
僕はこの場を去ろうと、そっと動き出した。
「カラ松ぅ〜早く気持ちを打ち明けた方がい
いよ?」
「分かっている
きっと告白するさ!ブラザーたちにも祝福
してもらえるように努力するさ!」
去り際に聞こえた会話で、心が痛くなり足早
に布団に戻った。
ー カラ松の”ブラザーたち”には、当たり前だが
僕も含まれている。
”やっぱり、僕は選ばれない…”
心のどこかで期待していたのか…絶望感が襲
う。
布団に戻ったが眠れず、ギシギシと襲う胸の
痛みに苦しんでいた。
少し経つと、おそ松兄さんと、カラ松が戻っ
てきて布団に入る。
僕はバレないように息を殺した。
目を瞑り寝たふりをしている僕の頭に突然手
が触れ、そのまま撫でられた。
その手に、内心驚きとドキドキで壊れそうに
なっていた。
「一松…お前も受け入れてくれ」
カラ松は呟いた後、眠りについていた。
僕は、カラ松の呟きに心が引き裂かれるよう
な想いになった。
”カラ松が他の人となんて、受け入れたくな
い”
僕は静かに涙を流し、布団から出た。
預けてた恋心は、こんなにも重く、暗いもの
だったんだと思い出した。
この夏、気持ちが晴れていたのは優しいポセ
イドンが、預かってくれていたからなんだと
痛感する。
僕は静かに家を出て、夜道を走った。
なにも持ってこないで出てきたから、真っ暗
闇の海はなにも見えない。
浜辺は、街灯がポツリポツリあるくらいだっ
た。
うっすら見える洞窟に近づいて、涙を流しな
がら、小さな声でポセイドンを呼ぶ。
”届くわけないのに…”
僕はそう思いながら、へたり込んだ。
今日は色々ありすぎて頭が混乱しているし、
我慢していた涙は波のように次から次へと打
ち寄せてくる。
涙も少し落ち着いて、ふと僕は顔を上げて、
涙をぬぐい目を凝らした。
すると、奥の方に青白い光が見える。
青白いその光に誘われるように、僕は洞窟の
奥に入って行った。
洞窟の奥に着くと、輝いていたのは水面だっ
た。
「ポ…セイ…ドン?」
僕は、光に目を奪われたまま彼の名前を呼ん
だ。
水面が静かに揺れて、ポセイドンが現れた。
「ずっと、俺を呼んでいたな…一松
あぁ…またこんなに目を腫らして」
優しく触れる手は、冷たく僕はビクッと体を
震わせた。
「すまない冷たかったか?」
「大丈夫…少しびっくりしただけ」
僕は、口元を緩め笑った。
「一松は、笑顔が美しいと出会った時から思
っていた…」
「突然どうしたの?」
「…恋心も笑顔もそんなに美しいのに…
カラ松が関わるといつも涙を零している」
「…っ」
ポセイドンの言葉が僕に刺さる。
確かに、カラ松が関わると僕はいつも泣いて
いる気がする。
でも、涙の理由なんて知っていた。
「この想いは、相手にあげちゃいけないんだ
よ…でもね…一人で抱えてると溢れちゃう
んだ
溢れないように口を塞ぐと、抑えきれなく
なった気持ちが目から雫となって、代わり
をしてくれるんだよ…」
「なぜ気持ちが涙に変わるまで抑えてないと
いけないのか…俺には理解できないんだ」
悲しげな顔でポセイドンは言った。
「俺は、好きな人には気持ちを伝えたい
笑っていて欲しいし、幸せでいて欲しい
一松が幸せなら、俺はカラ松への想いを応
援する
でも、お前がそんな顔をするなら俺が幸せ
にしたいと思ってしまうんだ…」
ポセイドンの言葉に息を飲んだ。
こんなにも、狡くて自分勝手なゴミクズにこ
んなにも優しくしてくれる彼に、心がギュー
っと暖かくなる。
作品名:あの日の夏は海の底 後編 作家名:ぎったん