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不幸少年と幸運E英霊の幸福になる方法4

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 士郎の下半身は、赤錆に埋まっている。いや、埋まるというよりも、錆と同化しているような感じだ。座り込んでいると思っていた士郎は、半身が錆となってしまっている。
「マスター! これは、」
「だから言ったじゃないか。動けないって」
 士郎は笑った。
 アーチャーが今まで見たこともないような、屈託のない笑顔だった。
 なぜ、今、ここで? と疑問が浮かぶ。
 どうしてこんな状況で笑えるのか、とアーチャーには理解することができなかった。
「マスター! 何を笑ってい――」
 ハッと、覚醒する。
「な……、え……?」
 見渡せば、士郎の部屋だ。手元に目を落とせば、士郎の手を握った自身の手が見える。腕を辿ってその顔へと視線を移せば、眠る士郎がそこにいる。
「マスター……」
 熱が上がってきたようで、士郎は少し苦しそうな呼吸を繰り返していた。
「今のは、夢……だったのか?」
 タオルと保冷剤を取りに行くためにアーチャーは立ち上がる。
「いったい……」
 どういうことだ、とアーチャーは苛立ち、それ以上の落ち着かなさをどうすることもできない。
「何が起こっているのだ、マスターに……」
 明らかに聖杯の影響だとわかる。そして、きっかけはあの魔術師との一件。
 あれから士郎はよそよそしくなった。
 この家に来客がいる時は以前とさほどの変化はない。が、来客が帰宅し、アーチャーと二人になると士郎はアーチャーに姿を見せなくなる。
「それに……」
 アーチャーが誰かと話している時、目視に耐えるようなものではないが、黒い影のようなものがこちらにひたひたと迫ってくるのを幾度も感じた。それは、たいていアーチャーの視界に士郎がいる時だった。
 そんなものに触れては、普通の人であれば意識を失い、下手をすれば入院沙汰になりかねない。サーヴァントであれば、けっこうなダメージを受けるかもしれない。
 アーチャーがそれに気づいて士郎へ目を向けると、途端にその影の気配は立ち消える。
「何が起こっている……」
 落ち着かない原因はそこにあるというのに、アーチャーには、なんら対処のしようがない。
「くそっ……!」
 悪態をついて、士郎の部屋へと戻れば、布団はもぬけの殻だった。
「マスターっ?」
 アーチャーはすぐさま気配を探すも、目的の気配が庭に在るのを感じ、ほっと息をつく。
「世話のやける……」
 士郎の行方が知れて、目を覚ましてうろついているだけか、と心の底から安堵している。
 そんな己が信じられないが、もう誤魔化すことも難しい。
「仕方のないマスターだな、まったく」
 不満げに言いながらも、どこかその声は楽しそうに響く。
 目覚めたのならば話し合うことができる。今度こそ、聖杯がどうなっているのかを確認することもできる。
 逸る足を抑え込み、わざと歩調を緩やかにして、アーチャーは必死に自身を抑えることに苦心してしまう。
 ようやく縁側から庭へと下り、士郎の姿を視認して、アーチャーは目を剥いた。
「な……んだ……?」
 確かにそこに士郎はいた。
 だが、士郎の意識は戻っていない。そして、その身体も自立しているわけではない。
 黒い人影がぐったりとした士郎を片腕で抱き寄せている。
「な……、何者だ!」
 そう問うたものの、士郎を胸に抱く黒い人型の影に言葉が通じるものかと、アーチャーは内心、首を傾げる。
『アア 面倒ダナ』
「なに?」
 会話は問題なくできるようだ、とアーチャーは臨戦態勢を整えながら人影を見据える。
『見ツカッテシマッタ』
「マスターを離せ」
『オ前ニハ 無理ダロウ?』
「……何がだ」
 黒い人影の口が三日月のような形に切れたように見え、笑っている、とアーチャーは認識した。
『オ前デハ 士郎ヲ 幸セニ デキナイダロウ?』
「な……んだ、と?」
『何モ知ラナイ。何モ見テイナイ。何モ見ヨウトシナイ。オ前ニハ 無理ダ』
「っ、か、勝手に、決めるな!」
 叫ぶとともに概念武装に切り替える。
 頭に血がのぼった。アーチャーが反論しようにも、その人影の言うことは図星も図星で、確かに士郎のことは何も知らず、また、知ることをどこかで回避しようとしていた。だが、今はそうではないと言い切れる。
「違う、私は……」
『ダカラ モラッテイク。オ前ニハ 真ノ マスターガ イルダロウ。士郎ハ 私ガ モラウ。スデニモウ 半分ハ 私ノモノダ』
「なに?」
『モウスグ 空ニナル。キレイナ 空ノ器ニナル』
「な……」
 士郎の頬を黒い人影の手が撫でる。無防備な唇を指でなぞり、赤銅色の髪に口づけ、まるで恋人のような触れ方をする人影に、アーチャーは言葉が出ない。だが、頭にきた。
 ぎり、と歯の軋む音がする。
『嗚呼 愛シイ 愛シイ 空ノ器。私ガ アフレンバカリニ 満タシテヤロウ』
 吐息をこぼす人影の口が士郎の唇に触れようとしている。
「な……ん……」
 はらわたが煮えくり返るとは、こういうことかと気づく間もない。
「っふざ、けるなっ!」
 片手に剣を投影し、アーチャーは地を蹴った。
「っく!」
 人型の影の首をめがけて剣を薙いだものの、刃は届かなかった。黒い帯がアーチャーの剣に幾つも巻きついて、動きを封じられている。
『愚カナ サーヴァント。モウ少シ早ク 大切ナモノニ 気ヅイテイレバナ』
 嘲笑う声に、アーチャーは言葉もない。
(いつもそうだった……)
 いつも後手に回っていた。
「く……っ……そ……」
 士郎が何も言わないから、と胡座をかいて、アーチャーは後になって焦っている。
 例のバイトも、もっと早くに気づいていれば、他に対処のしようもあったはずだ。薄々勘づいていながら、アーチャーはいつも積極性に欠けた。
 それは、憎み続けた存在だからとか、消し去りたい過去の己だからだとか、真っ当なようで、適当な理由をつけていたからだ。
 悔やんでも悔やみきれない。今ごろ気づいたのか、と笑われても仕方がない。
『ナンダ? 今サラ惜シクナッタカ? ドウデモイイノダロウ? 殺ソウト 思ッテイタノダロウ? ナラバ オ前ニハ僥倖ダ。士郎ハ オ前ノ過去デハ ナクナル。宿願ガ 叶ウゾ? イイ機会ジャナイカ』
 笑う人影に、歯軋りする。
(確かにそうだった……。はじめは、そうだったのだ!)
 しかし、士郎と過ごすうちに、そんな願いは萎んでしまった。
 打ち立てた宿願は、とっくに叶える気もないというのに、いつまでもそれに拘るフリをしたのは……。
「違う……」
『何ガ 違ウ?』
 セイバーの声が耳に蘇る。嫉妬しているのかと彼女は訊いた。
 凛がにこやかに言った言葉が頭の中で何度も繰り返される。ずいぶんわかり合えるようになったのね、と。
 どちらも認めなかった。
 そんなことはありえない、と片意地を張って、消し去りたい者だと言わなければ、己はここに存在することが許されないのだと、言い訳を探していた……。