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不幸少年と幸運E英霊の幸福になる方法4

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 だが、そういうことではなく、ただ、純粋にこの世界の衛宮士郎と過ごしてみたいと、そう思いはじめたのだ。契約は確かに成り行きではあった。そこに信頼関係や共闘関係もなかった。それでも、何もかもを背負おうとしている士郎に、手を差し伸べ、危なっかしいこの少年を見守ってやりたいという気持ちが湧いてきたのは、否定のしようのない事実だ。
「どうでもいいなど、思っていない。何をしようと関係ないなど、欠片も思わなかった。どんな生き方をしようとも、消し去りたいことに変わりなどないと、はじめこそ思っていたが、すぐにそんな気も失せた……」
『ホウ……』
 誰に言い訳をしているのだ、とアーチャーは思いつつも、あふれてくる後悔に口を噤めない。
「くそっ……」
 意識のない士郎は、すべてをその人影に預けている。それがとても悔しく思え、アーチャーは士郎の腕を掴む。
「なぜ、助けてくれと言ってこないのか、どうして、すべてを背負い込もうとしていたのか……」
 眠ったままの士郎に訴えたとて仕方がないというのに、アーチャーはただ士郎を見つめて、今、あふれる想いを口にする。
「その理由から目を背けていたのは、私の怠慢だった……」
『ククッ……後悔 先ニ立タズ ト言ウナ』
「っ……」
 嘲笑う人影の言う通りだ。アーチャーはぐうの音も出ない。
『手ヲ 放セ』
「放すのは、お前の方だ。…………私のものに、」
 士郎の腕を引き、
「気安く、触れるな!」
 剣から手を離して抱き込むように士郎を奪い返す。
『チッ!』
 手を伸ばしてくる黒い人影が、数多の剣で貫かれる。
「お前のものではない。こいつは――士郎は、私のものだ!」
 士郎をキツく抱きしめ、アーチャーは毅然と言い放った。
『フン……最初カラ……ソウシテオケバ……ヨカッタモノヲ……』
 溶けるように黒い人影は実体を失い、呆気なく消えていく。剣が地に落ち、甲高い音を立てた。
「なん……、だと、いうのだ……」
 ほっとして力が抜け、尻餅をつくように、アーチャーは地に腰を下ろす。
「は……」
 腕の中の、少し高めの体温に安堵する。発熱している様子だというのに、安堵するというのはどうなのだ……、とアーチャーは自身に呆れつつも、士郎を腕の中に閉じ込めるように抱きしめる。
「はぁ……」
 安堵のため息は、とてもじゃないが、甘ったるい。
 闇夜の中、道を見失った気分だったアーチャーは、ようやく仄かな灯りを見つけた。



*** Interlude IV―2 ***

 赤い世界に見えた。
 乾いた風は、砂埃を巻き上げている。その風と同じように乾いた世界には、剣だけが突き立っていた。
「ここ……」
 あの聖杯のアーチャーがいた夢とは違う気がする。似ているけど、あんな気分の悪くなるような甘ったるさがなくて、荒んだ風がやたらと心地好い。
 そこに俺は立っている。埋まっていないから、あそこじゃないんだとわかった。
「あれ……?」
 人影が靄の向こうに見えた。
 なぜだろうか、そこへ向かおうと思う。
 緩やかな丘を踏みしめるように歩いて、そいつに近づいた。
「ぁ、ア……チャ……」
 驚きで掠れた声は、風に紛れた。振り返った赤い外套の男は、刃物のように鋭い鈍色の瞳を俺に向ける。
 違う。あの聖杯じゃない。
 ほっとした。
 斬りつけられるように鋭い視線に晒されて、俺はどこか安心していた。
「アンタは、」
「ここがどういう場所か、知っているのか」
 冷めた声が降ってくる。
「あの……」
「ここは、愚かな理想を追い続けた、愚か者の末路が漂うところだ」
「な……」
「かつて、正義の味方を夢見た少年がいた……」
 アーチャーは訥々と語る。
 正義の味方を目指した少年がいたのだと、養父に憧れ、その呪いのような言葉を自身の夢と勘違いした少年がいたのだと……。
 そうして、夢を追い続けた少年は、長じてからも前だけを見て走り続けた。
 何を振り返ることもなく、何を手に取ることもなく、何もかもを取りこぼし、最後に自身の死後さえも明け渡した。
「何もかもを棄てて、誰かのためにと、いつまでたっても愚かな夢を見続け、理想を叶えようと、理想のためにと……。歩き続け、殺し続け、何度も、何度も、何度も、何度も……、殺して、殺して、殺して、殺して……、誰も、泣かずにすむのならと……」
 アーチャーの表情はとても静かだった。淡々と語られるその内容は、ただただ胸が痛くて、どうしようもない虚無感に襲われた。
「消し去りたくてな……」
 理想の果てを見た男は、遠く果てのない荒野を見ながら自嘲をこぼす。
 自身を消し去れば、この運命から解放されると馬鹿なことを思いついたのだ、と。
「突き詰めた理想も愚かなら、そこから抜け出ようと足掻いて出した結論も、また愚かだ……」
 どうしてだろうか……。
 どうして、涙があふれるんだろうか。
「アーチャー……」
 手を伸ばした。
 その、どうしようもなく悲しい姿に、俺は、手を……。



*** Method 12 ***

 明けゆく空を感じて、アーチャーは顔を上げる。
 いつのまにか朝が近づく時間になっていた。
「な……、何をしているのか、私は……」
 抱き込んだ士郎の身体が冷えきっていることに気づき、母屋へ急ごうと立ち上がりかけたが、身体が重くて動けない。
「っく……、なに、が、」
 地面が円状に真っ黒く染まっている。
「聖杯っ?」
 腕の中の士郎に目を向けると、ちょうど瞼が開いたところだ。
「っ、ぅう……」
 士郎が目を覚ますと同時に呻く。
「マスター、何が、」
 その声に、びく、と士郎は震え、アーチャーの腕から抜け出た。
「マス――、っ!」
 士郎の腕を掴もうとしたアーチャーは黒い帯に弾かれ、黒い円の中から放り出される。黒い円から出ると、重い身体は元に戻った。
「マスター!」
 軽くなった身体で、士郎の許へ向かおうとすれば、黒い帯がアーチャーの足に絡みつき、その歩みを留める。
「マスター! これを解け! マスター! 聞いているのか!」
「アーチャー、俺……」
 地面を見たままだった士郎が、蒼白になった顔を上げた。
「望んでしまった……」
「なん……、な、何をだ!」
「ごめ……っ、ご……め……」
 見る間に泣き顔に崩れていく士郎に、アーチャーは目を剥く。
(望んだ? 聖杯に願ったということか?)
 頭の隅で考えてはいるが、それよりもアーチャーには士郎が泣くことの方が重大かつ重要だ。
 いつも士郎は何も言わなかった。
 すべてが自分の責任だと、いつもいつも一人で背負い込もうとしていた士郎が、何かを望んでしまったと訴えて泣く。
 初めてアーチャーは、士郎が己を必要としていると感じた。明確な言葉にはなっていないが、助けてくれとSOSを出しているとアーチャーは捉えた。
「マスター、何を泣く! 何を望んだ!」
「ぅっ……、俺……は……」
 言葉に詰まりながら、士郎は吐露する。
 無意識だったが、自身が聖杯に願い、その、望むもののために聖杯を使おうとした、と。
「なん……、そ、それは……」