二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

不幸少年と幸運E英霊の幸福になる方法4

INDEX|9ページ/10ページ|

次のページ前のページ
 

 アーチャーには、なんと言えばいいかすぐには言葉が出なかった。慰めも励ましも、この土壇場ではなんの効果もないことはわかりきっている。
「ごめ……っ……」
 謝って涙を落とす士郎に、気の利いた言葉すら思いつかず、その涙すら拭えず、立ち尽くすばかりだ。
 士郎が望んだこと――――。
 それは、すなわち、アーチャーを己がものにしようとして、アーチャーを黒い影に引きずり込むことだ。
 それが、自身が切に望んだことだとようやく認め、そして、もう引き返すことのできない状況へ向かっていると士郎は知る。
「ころ……せ……」
「なに?」
「今、っ、殺せ!」
 どく、と地面の黒い影が脈打つ。
 聖杯が活動状態になりつつあるのを、士郎は感じた。
「アーチャー、今、俺を! っ、早く、殺せ!」
 アーチャーにも感じられた。聖杯が動き出そうとしている、と。
 こうなってはもう、士郎ごと聖杯を始末するしかない。
(それしか方法が……)
 後悔がアーチャーを苛む。
 どうしてこうなってから気づくのか。どうしていつも後手に回ってしまったのか。
 今さら悔いても遅いとは、前の人影の言った通り。
 後悔先に立たず。
 あんな得体の知れないものに教えられなければ気づかないとは、と自分自身に呆れてしまう。
「……っ、くそ!」
 剣を投影してアーチャーは踏み出す。自身を抱きしめるようにして、士郎は黒い影を抑え込んでいるようだ。アーチャーの歩みを誘うように、地面にできた黒い染みが左右に分かれていく。
 目の前まで来たアーチャーを見上げ、士郎は眩しそうに目を細めている。
「マスター……」
 かける言葉が見つからない。ただ食いしばりすぎた歯が、ぎり、と軋んだ。
「アンタの、歩いてきた道は、きっと、間違いなんかじゃない」
「な……に……?」
 不器用に微笑(わら)って、士郎は必死に言葉を紡ぐ。
「見たんだ、アンタの運命を。アンタは後悔しているけれど、掲げた理想は間違ってなんていない。それだけは、伝えておかないと、って、思った……」
「なん……」
 アーチャーは、構えた剣を振り下ろせない。
 今、士郎は何を言ったのかと、アーチャーにはそのことばかりが気にかかる。この土壇場で、なぜそんなことを言うのかと、口惜しさに歯噛みする。
「なに、してるんだ?」
 士郎に訊かれても、アーチャー自身、なぜ手を止めているのかわからない。
(そうだ、何をためらう? 封じなければならない災厄だ。その機会をみすみす逃すつもりか、守護者のクセに!)
 頭ではわかっていることが、納得できるはずのことが、アーチャーの身体は、今、理解不能として受けつけない。
 ただ失ってしまうことが、今、何も知らないままに士郎と別れてしまうことが、納得できない。
「お、俺を、殺したかったんだろ! 今その願いが叶うんだ! さっさとやれよ! お前の悲願を、叶えろ! アーチャー!」
 士郎のマスターとしての命令は懇願に聞こえた。だが、アーチャーは動けないままだ。
「何してるんだ……、手助けがなきゃ、できないのかよ! なら……、っ、令呪をもって命じる!」
 士郎の左手甲が赤く光った。
「アーチャー、俺をこ――」
「ふざけるな!」
「んぐっ」
 怒鳴りながらアーチャーは士郎の口を片手で塞いだ。
「私は、なんら、お前を知らない! 確かに私の宿願は衛宮士郎の抹殺だ! だが、それは、偽物の理想を掲げ、愚かにも追い続けた衛宮士郎だ! お前ではない!」
「っ……」
 士郎の頬を、大粒の涙が滑っていった。
 士郎は、自身の価値のなさを噛み締める。殺したい衛宮士郎でさえも己ではないと言われ、アーチャーの歯牙にもかけてはもらえない、自身が価値のない衛宮士郎なのだと宣言されていることに胸が痛くて仕方がない。
 自身を抱きしめた士郎の手に力が籠もる。黒い災厄の泥をあふれさせようとする聖杯と、あふれてはこぼれていく涙がリンクしそうで、士郎は必死に堪えるしかなかった。
 瞠目した士郎が何を思ったかなどアーチャーにはわからない。見る間にあふれていく涙が、理由はわからずとも士郎を傷つけているのだと、それだけが明確なことだった。
 また傷つけてしまったことを、アーチャーは苦々しく思い知る。
「お前は、違う。違うんだ……」
 アーチャーの声が勢いを失くしていく。
「姿も形も、過去の己との差はない。だが、お前は何か違う。お前が今まで歩んできた道は、私のものとズレがある」
 士郎の口からアーチャーの手が剥がれた。
「ズレ……って、なん……だよ……、そんな、の……」
「わかるはずがないだろう! 私はお前のことを、何も知らないのだぞ!」
 憤るアーチャーの言葉は、まるで知りたいとでも言っているようだ。
「アンタは……、知らなくていいって、思ってるんだろ……?」
「む……」
「俺の何を知ったところで、アンタが俺を殺すことに変わりがない、違うか?」
「私とて分別はある。衛宮士郎を何人殺したとしても、私の運命はすでに固定されている。永遠に守護者を続ける、その道しかない。当たり前だが、脇道も回避するところもない。お前を殺すことが無意味だと……、知っていたのだ、私は」
 それでも、とアーチャーは目を伏せる。
「消し去りたいと思った。このチャンスを逃すな、と、子供じみた恩讐に囚われていた……」
「じゃあ、やっぱり、俺を殺すことで、少しは気が晴れるじゃないか……」
「たわけ。憂さ晴らしで殺しなどするか。精神異常者と一緒にするな」
「でも……、殺さなきゃ、ならない、だろ……、聖杯が、もう……」
 かたかたと士郎の肩が震えている。黒い影を抑え込むことに、もう士郎はいくらも耐えられる様子ではない。
「お前は、何を願った」
「え? ……それは…………」
「お前の願いを聖杯が叶える前に、叶ってしまえばどうにかなりはしないか?」
「……そんな、子供騙しで…………」
「やってみる価値はある」
 アーチャーは片膝をつき、士郎の腕にそっと手を添える。
「何を願った」
 俯いた士郎は口にすることができない。
「マスター、時間がない」
「ぅ……、」
「マスター」
 催促するように呼べば、
「わ、笑う、なよ?」
 士郎は、ぽつり、と訊く。
「笑わないから早く言え。お前の望むものを仕入れる時間も考えれば猶予はない」
「……アンタだ」
「…………」
 アーチャーの思考はしばし停止した。
 俯く士郎のつむじを見下ろし、赤い耳たぶが見え、いまだ明けきらぬ仄暗さだというのに、首筋が赤く染まっていることに気づき……。
「い……いや、まあ、そうか、ならば、手間が省けるな」
 上の空で言いながら、アーチャーは士郎の身体を引っ張り立たせる。
「あ、の……?」
 そのまま士郎を抱き込めば、
「ぅわ! ちょっ、なに?」
 声を上げて慌てふためいている。
 戸惑うその顔を、真正面から見つめた。
「お前のものになろう」
「へ?」
「いや、もう、とっくにお前のものであるのだがな……」
 可笑しくなってきたのか、アーチャーは抑えながら笑いだした。
「わ、笑わないって、言った、だろ!」
「ああ、そうだったな」