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不幸少年と幸運E英霊の幸福になる方法5

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 魔術師はにこやかで、士郎は少し不気味だと感じた。
 ずっとこんなふうに笑っている人だったと士郎は記憶している。その表情が崩れたのを見たのは、士郎が魔力供給時に大ケガをした時と、つい先日、ビルからともに落下した時くらいだ。
「へえ……」
 魔術師は少し驚いたような顔をした。
「なんだ」
 アーチャーが不機嫌に訊けば、
「いやぁ、この前よりも、すっかり主従だなと思ってね。何かあったのかい?」
 まるで親類縁者か友人のような口ぶりで訊く魔術師に、アーチャーのご機嫌はますますだだ下がりだ。
「お前に質問は許されていない。こちらの質問には答えてもらうがな」
「お手柔らかに」
 にこり、と笑った魔術師に、塩でも撒きたくなるアーチャーだったが、ここで言い争いをしていても話が先に進まないために、気を取り直す。
「衛宮切嗣の借金のことだ」
「すでに完済しているよ。彼がきっちり耳を揃えてね」
「借用書はどこだ。マスターは完済時に受け取っていないそうだが?」
 魔術師の顔から笑みが消えた。
「借用書もないまま、マスターに返済を迫ったのか」
 アーチャーが今にも喉笛を掻き切る勢いで訊けば、
「ハッ! そんなものが魔術師にあると思うかい?」
 魔術師は開き直ったようだ。
「貴様……」
「借用書とは、ずいぶん杓子定規だなぁ。……あるはずがないさ。元々からして僕は、衛宮切嗣に一円たりとも貸してなんかいないのだから」
「え?」
「な……っ」
 驚いたのはアーチャーだけではない、士郎もだ。
 およそ五年もの間、やりたくもないことをして、養父のためにと身を粉にしてきた士郎には衝撃以外の何でもない。
「貴様っ!」
 アーチャーが魔術師の胸ぐらを掴む。
「子供相手に言っていいことと悪いことくらいの分別はなかったのか!」
 低く掠れた声は、アーチャーが必死に自身を抑え込もうとしている証拠だ。
「早合点はしないでくれ、全くの眉唾でもない。実際の金銭ではないけれど、僕が衛宮切嗣のおかげで、手痛い負債を背負ったのは間違いのない話だよ」
「そんなものは、」
「ああ、そうさ。補償なんてされない。わかっていたよ、僕が人でなしだということはね。だけど……」
 声を潜めた魔術師は、アーチャーにだけ聞こえるように言う。
「彼が生きているのは、僕のおかげさ」
 視線だけで士郎を示す魔術師にアーチャーは眉をしかめる。
「何を、」
「彼は、衛宮切嗣を喪って、生きることを手放そうとしていたからね」
「な……ん……、」
「それを僕は引き留めただけだよ。ついでに魔術師としてその魔力の有効活用を教えてやって、生きるということを、身を以てわからせてあげた」
「だからといって、」
「ああ、そうだね。彼は歪んでしまったかもしれない。いや、元々からして歪だった。普通に人間として暮らすこともできないのなら、魔術師として何かしらの活路が見出だせるかもしれないと思ったが……。参ったね、道筋ではなく、出会いが彼を変えるとは……、僕は少し、化け物どもを相手にしすぎたのかなぁ」
 小声を徐々に戻し、魔術師は悪びれもせずに笑みを浮かべている。
 胸ぐらを掴んでいたアーチャーの手は、いつのまにか力を失い、ただ、そのシャツを握っているにすぎない。愕然としていたが、苛立ちがアーチャーの思考を奪っていく。
(生きることを手放そうとした? それを繋ぎ止めるために、直接供給を教えた? バカなっ!)
 こいつと話していても、何も得るものがないと、むしろ悪影響だとアーチャーは判断した。
 踵を返し、士郎の腕を取る。
「え? あ、あの、」
「帰るぞ」
 短く答えて歩き出せば、士郎はアーチャーに引きずられるようにしながら振り返る。
「あ、あの、ありがとう、ございました」
「マスターっ?」
 アーチャーが驚くのも無理はない。
 なぜこんな奴に感謝などするのか、とアーチャーは納得がいかない。この魔術師がいなければ、もっとまともな生き方ができたはずで、子供の身で借金を背負ったなどという呵責を感じることなどなかったはずで……。
「マスター、何を言っている!」
「だって、家計が助かったのは本当だから、こっちから頼んだこともあるし、」
「だからといってマスターが礼など、おかしいだろう! マスターは金銭を手にする代わりに魔力を奪われていたのだぞ!」
 アーチャーの剣幕に士郎は困り顔を浮かべている。
 魔力とはすなわち生命力だ。目に見えるものではないが、それがなくなれば、やはり死んでしまう。そういう危険があるということを、士郎はまったく認識していないように見える。
「礼には及ばないよ、士郎くん。そのサーヴアントの言う通り、僕に礼なんて、おかしな話だ」
 魔術師に口を挟まれ、アーチャーはますます頭に血がのぼってくる。
「でも、アーチャー、この人は、困った時に、助けてくれたんだ」
 真っ直ぐに見上げてくる士郎に、アーチャーは言葉を探す。
「それは……」
「だから、お礼、言っておきたかったんだ。ずっと言えないままだったから」
 屈託なく言う士郎に、魔術師は苦笑してしまった。
「君には……敵わないな……」
 肩を揺らして魔術師は笑い出す。その声は、存外爽やかなものだった。



 魔術師の監禁されていた部屋を出て、アーチャーは士郎の手首を掴む。
「アーチャー?」
「礼など言う必要はない。マスターは、幾度も傷ついてきたのだ」
「……ぅん、でも、助かったのも、事実なんだ」
「勘違いをするな。あの魔術師は、マスターを騙して直接供給なんてことをさせたのだぞ」
「でも、」
「まだあいつを擁護する気か」
 不機嫌に吐かれた声に、士郎は開きかけていた口を閉ざした。
「…………しない」
 まるで、無理やり言わせた気分だ、とアーチャーは不貞腐れたくなる。
「マスター……、ついでだ、全部吐いてしまえ」
「全部?」
「あの魔術師に手解きを受けたのか?」
 アーチャーは、ずっと頭の中にこびりついていた疑問を口にする。
「え?」
「子供のマスターに、奴はどうやって直接供給のやり方を教えた?」
「…………」
「マスター、あの魔術師は、幼いマスターに、」
「違う!」
「いつまで庇い立てする気だ、いい加減に、」
 青くなって、何度も首を振って、士郎は否定する。
「マスター、」
「ち、ちが……、っ、」
 士郎は必死に声を絞り出そうとしている。
「じ…………っで……」
 だが、アーチャーの耳には届かない。
「聞こえない」
「わ、わか……らない、こと、……自分で……しら……べて……」
 消え入りそうな声で答える士郎は、項垂れてしまった。
「マス…………」
 しまった、と思ったがもう遅い。
「自分で、っ……、あ、の人、じゃ、……な……」
「すまない、言い難いことだったな」
 士郎の身体を引き寄せ、アーチャーは抱き込む。
「ぁ、あの、」
「本当に感謝などする必要はない。マスターは騙され、知らなくてもいいことを知るはめになった。十二やそこらの子供が背負わなくてもいい責任を負わされたのだ。それを忘れるな」
 いまいちよくわからない、といった顔で、士郎はおとなしくアーチャーの腕の中にいる。
(たわけ……)