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不幸少年と幸運E英霊の幸福になる方法5

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 養父を喪い、一人で生きなければと片意地を張って、要らぬ呵責を負い、普通の子供としてのすべてを次第に失くしていって……。
 正しくあろうと懸命になるほどに、自身が空っぽになっていくことにも気づかず、士郎はあの、わけのわからない黒い人影が気に入ったと言わしめるほどに歪んでいった。
(空っぽの衛宮士郎か……)
 だから、聖杯を取り込むことができた。
 空の器だったからこそ、中身を満たそうと聖杯が士郎の魔力の核になった。そういうことなのだろうとアーチャーには思える。
 そして、聖杯はいまだ消滅したわけではない。士郎の中で様子を窺っているのかもしれない。いつまた、聖杯が活動状態になるかわからない。士郎が聖杯をその身に宿している間はずっと、その危険と隣り合わせだ。
「マスター私が満たしてやる」
「え?」
「私が存分に……、な、士郎」
「っえ?」
「なんだ、その顔」
 目を真ん丸にして、ぽかん、と口を開けて、士郎は一時停止している。
「おい?」
 ぺちぺち、と頬を叩けば、士郎は何度か瞬いて、
「あ、の……、名前、士郎って、」
「ああ。マスターは士郎という名だろう」
 当然だという顔で言えば、士郎は見る間に赤くなり、アーチャーの腕の中から逃れていった。
「なんだ……」
 アーチャーが何かまずいことを言っただろうかと内心焦りつつも不機嫌に訊けば、
「な、なんでも、ない」
 背を向けて、士郎はエレベーターホールへ歩き出す。
「士郎?」
 首を傾げながらアーチャーも歩き出した。先にエレベーターホールに着き、ちょうど扉の開いたエレベーターのボタンを押したままで、士郎が俯いて待っている。
 アーチャーが来たのを確認してエレベーターに乗り込む士郎を窺う。
「士郎?」
「な……でも、な……」
 ぐす、と鼻を啜る音がして、その左側に並んで立ったアーチャーは左上に視線を送りつつ、投影した赤い布を士郎の頭から被せた。
「…………派手」
「汚すなよ」
「……さん、きゅ…………」
「未熟者」
 言いながらアーチャーは、ぴら、と赤い布の端を持ち上げ、士郎の目尻を舐めた。
 一瞬の出来事に、士郎は、ぽかん、としたままだ。
「……………………っ、ふわっ、な、なに、し、し、してっ!」
「フン」
 数秒経って、ようやく慌てふためく士郎に、アーチャーは苦笑いを浮かべていた。



*** Interlude V―2 ***

「犬じゃないさ」
「犬だろ?」
「犬は犬でも、猛犬だよ」
「ふーん」
 灰色の毛並みの仔犬は、化け物だって、この魔術師は言う。
 うさんくさい。
 格好にしても、言うことにしても、いつも俺は、この人を怪しいと思っている。
 中学生になって、夏休みは頻繁にここに来るようになった。
 毎日学校があるわけじゃないし、早く返済をしないとダメだし。
「こいつ、あんたの?」
「ああ、それは……、買い手がなかなか見つからないんだ。気難しいんだよ、そんな感じで可愛く見えるけど、相性があるようでね」
「好き嫌いは良くないぞ」
 言い聞かせながら灰色の毛を撫でてやると、普通の犬みたいに気持ちよさそうにしている。
 ほんとに猛犬か、こいつ……。
「君とは相性がいいみたいだね」
「そうなのかな?」
「僕には、そんなふうに触らせないからね」
 苦笑する魔術師を見上げて、使い魔もペットみたいなものなのかな、とそんな安易なことを思っていた。



「猛犬って、こういう、こ……と……?」
 可愛い仔犬だった灰色の獣は、二ヶ月もすれば巨大に成長していた。犬みたいにお座りをする顔が俺の頭よりも高い位置にある。
「これ……どうやって……」
 直接供給をこんなデカいのとどうやってすればいいのか、と思案してしまう。
「鎖で戒めておくよ。君の身に何かあっては大変だからね。あと、大きさも変わるんだ。きっとうまくいかないと気づけば、自分で小さくなるよ」
 そんな無責任な、と思うけど、一応俺には飼い犬みたいな態度だったからなんとか、なる……のか?
 シャラシャラ、と灰色の毛に埋まった鎖が音を立てている。
 人型以外もいくつかこなした経験はある。どうにかなるだろうと意を決して“仕事”に努めることにした。

 灰色の獣は、やっぱり厄介だった。供給の後はいつも傷だらけだった。あいつを相手にする時は命懸けだと学習した。
 高校生になる頃にはやり方にも慣れてきたし、逃げ方も上手くなった。
 あの灰色の獣は、いつまでたっても買い手が見つからずに魔術師のところにいる。一番長い付き合いになっているなぁ、なんて、バカみたいなことを思ったりする。
「早く相性のいい魔術師に出会えるといいな」
 魔力が満ちると中型犬に姿が変わる灰色の獣の頭を撫でて、見送ってくれる犬になった獣に手を振って扉を閉めた。



*** Method 14 ***

「まったく……」
 皿を拭きながらアーチャーは不機嫌な声をこぼす。
「アーチャー、機嫌、悪い、か?」
「ああ、すこぶる!」
 洗剤を流した皿をアーチャーに渡しながら士郎がおずおずと訊けば、跳ね返すような答えが返ってくる。
「う……、俺、蹴った? 殴った?」
 アーチャーは常に監視と称して、士郎に添い寝をしている。したがって、そういう疑問を士郎が口にするのも当たり前で、恐々とした士郎は寝相が悪かったのかと訊くが、アーチャーは半眼で士郎を見下ろすだけだ。
「なんだよ……、俺、何したんだよ……?」
「はあ、まったく……」
 大きなため息をつかれ、士郎はますます肩身が狭くなってくる。
「ふざけているのか、まったく!」
「ふざけてません」
「ふざけているだろう!」
「だから、ふざけてないってば」
「いいや、ふざけている!」
「だからっ! いや、そもそも、俺は、何をふざけているんですかねっ!」
 だんだんと士郎も苛立ってきたらしい、アーチャーに食ってかかった。
「あの犬だ!」
「……犬?」
「灰色の化け物だ! たわけ!」
「あれが、どうしたんだよ?」
「夢に出てきた」
「へ?」
「ずいぶんと可愛がっていたようだな、マスター」
「え……、いや、え? な、なんで、」
「前にも言っただろう、夢となってマスターの記憶が流れてくると」
「あ……、ああ、そっか、そうなん、って、え? なんでっ?」
「知るか! 流れてきたものを、私は留める術など持たないのでな!」
「でも、なんで、アーチャーが、機嫌悪くなるんだ?」
 アーチャーは、ぐ、と詰まった。
「…………自分の胸に訊け!」
 布巾を置いてアーチャーは台所を出ていった。
「なんだよ……」
 腑に落ちない。なぜアーチャーに責められなければならないのか、と士郎はムッとする。
「なんなんだよ!」
 さっさと食器を片付け、士郎は腹立たしいまま洗濯物を干しに向かった。



        ◇◇◇

「また君か」
 呆れた顔で、魔術師は苦笑いを浮かべている。
「訊きたいことがある」
「なんなりと」
 空港の搭乗手続きを待つ魔術師は、これからロンドンへ連行されるという。
「人払いをするかい?」
「いや。結構だ」
 自分を監視する者も同席していていいのか、と魔術師は訊くが、別段アーチャーには問題がないために、人払いは断った。