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不幸少年と幸運E英霊の幸福になる方法5

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 連行されるような者が何を言おうと監視者が離れることはないという理由もあるが、時間が限られているので、アーチャーはそんな無駄な時間を使うよりも、より多くの情報を得る方を選んだ。
「あの犬のような化け物。あれはなんだ?」
「ああ、アレね……」
 魔術師は、やっぱり、という顔で頷く。
「気をつけた方がいい。アレは僕の使い魔ではないんでね」
「なに?」
「すでにどこかへ行ってしまったよ。僕に見切りをつけたんだろう」
「な……」
「協会が追っているとは思うけど、アレは逃げるのがうまいから、そうそう捕まらないと思うよ」
「では、どこにいるのかは、」
「ああ。全くわからない」
 あっけらかんと答える魔術師に、アーチャーは一抹の不安を覚える。
「気をつけろ、とは……」
「アレは、士郎くんになついている」
 ぐ、と拳を握った。やはり、と胸の内で納得がいく。
「おや? 知っていたみたいだね?」
「執着しているように見えた、というだけだ……」
「そうか……。まあ、それに関しては、君もどっこいどっこいだね」
「は?」
 魔術師の言葉が理解できず、アーチャーは訊き返す。
「おやおや、君も相当の朴念仁だ」
 にやにや、と笑う魔術師を見下ろす。すぐにでも斬ってやりたいが、それも叶わずアーチャーは舌打ちをこぼすにとどめた。
「あの化け物は、なんだ」
 椅子に腰かけたままアーチャーを見上げ、魔術師は笑みを消す。
「君は、蠱毒というものを知っているかい?」
「蠱毒……と言えば、殺し合わせ、勝ち残ったモノを使う毒だったか、術の一種、だったか?」
 曖昧な記憶を口にすれば、魔術師は、こくり、と頷いた。
「まあまあの正答だ。あの化け物はね、その、残り滓なんだよ」
「残り、滓?」
「術となったモノは、使われることでその溜飲が下りるだろう。けれど、残った滓は、行くあてもない、救いもない。漂い、わだかまり……、そういうものを核にして、あらゆる動物の怨念が、あの化け物の形を取ったものだよ」
「動物霊、ということか?」
「少し違うけど、まあ、そんなものさ。人間は、動物をいいように扱ってきた。古来からね」
 アーチャーは眉根を寄せる。
「生け贄、実験、身代わり、アレが犬の型を取るのは、人間にとって身近な動物だからだろうね」
「まあ、そうだろうな……」
 犬は人とともに生きた歴史が長い動物だ。人間にいいようにされた動物の恨みつらみの集合体であれば、その型を選ぶのも無理はないと思える。
「それが、なぜマスターに、」
「さあ? 僕にもさっぱりさ。あの化け物、彼には本当になついていたんだよ。ありえないと思ったね。なつくはずがないだろう? あの化け物は人間を憎むことしかしないはずなんだから」
 魔術師の言うことはもっともだとアーチャーも頷く。だが、なぜ士郎はその化け物に執着されるほどなつかれていたのかという疑問が残る。
「あの化け物、欲しいって言う魔術師みんなと相性が悪いんだって士郎くんには説明したけれどね……。どんな経緯で喚び出されたのか知らないけれど、使い魔になんてなるはずがないモノなんだよ。人間を憎むモノが、人間である魔術師と契約など結ぶはずがない。人の言葉なんて通じない、元々からして動物だからね」
 魔術師は本当に不思議だ、とこぼす。
「そんなやつと彼の相性がいいって……、ねえ?」
 アーチャーは冷たくなっていく指先を握りしめた。
「歪んでいるよね、彼は……」
 ふ、と視線を落とした魔術師は、士郎をただ貶めたのか、あるいは救ったのか……。アーチャーには判断ができなかった。
「貴様が……、マスターを食い物にした事実は、変わらない」
 自身に言い聞かせるように、アーチャーは噛みしめた歯の合間からこぼした。
「ああ、そうだよ。僕は、彼に逃げられない枷を嵌めて貪った。……君が代わりに覚えておくといい。彼は忘れてしまっているからね。僕が、彼の魔力を求めただけの不逞の輩だということを」
「…………無論だ」
 苦々しく答えて、連行されていく魔術師を複雑な気分で見送った。



        ◇◇◇

「はあ……」
 天気の良い日曜日。だというのに、朝から不機嫌だったアーチャーはどこへ行ってしまったのか、あれきり姿が見えない。
 気配を探そうと思えば士郎にも探せた。だが、それは、聖杯の力を使うことになるため、士郎は極力魔術的な力を使わないようにしている。
「帰ってくるのかなぁ」
 洗濯物を竿からカゴに取り込みながら独り言ちる。
「晩ご飯……」
 今日は来客の予定がない。アーチャーと二人だけなので、簡単なものにしようとは思っていたが、アーチャーもいないのであれば、作るのも億劫だと思えてくる。
「適当にレトルトのカレーとかで――」
 グルルルル……。
「っ!」
 背後からした音に鳥肌が立った。首の後ろがピリピリとして総毛立つ。
 振り返れば、予想とは少し違う生き物がいる。いや、生き物という括りなのかどうか、士郎は迷った。
 ぼとり、ぼとり、と粘性のある液体がその身体から落ちていっている。ところどころ蛆虫が湧いているのも見えた。これは“生き物”ではない、そう頭が理解する。
 見た目は大型犬だ。だが、犬ではない。士郎の見知った獣でもない。その姿は、しいて言えば、ホラー映画に出てくるような化け物。肉が溶けはじめているのか、たらり、たらり、と水分になって落ちていく、ゾンビ映画に出てくるような気味の悪いモノ。
「なん……」
 これは、あの灰色の獣なのか、と士郎が疑問を浮かべると同時、前足だけが巨大化して迫る。
「っ、」
 逃げようとしたが、その足の方が早かった。
「ぁぐ!」
 庭に倒され、胸に巨大な足が載り、顔と片足だけが巨大化した獣に押さえつけられる。この獣が身体の大きさを自在に操ることを士郎は知っていたが、こんな歪な巨大化をするとは知らなかった。顔と前足の片方は化け物と呼ぶほど大きいが、他の身体の部位は、普通の大型犬くらいだ。
 ぼと、ぼと、と肩や胸元に液体が落ちてくる。まるで脱皮の途中のように、犬の身からあふれそうな身体がグロテスクで顔を背けたくなる。
 グルルルルル……。
 白い牙が見える。赤い舌が涎を垂らしている。獣の息が顔にかかる。
「っひ!」
 下半身に当たったものの動きに士郎は戦慄した。
 赤く腫れた獣のイチモツが、股間や下腹あたりをつついている。犬のイチモツに似たそれは、先端から液体を垂れ流し、血液やら脂やらを纏って、てらてらと光っていた。
 悪寒が駆け巡る。
「ぃ、やだっ! 放っ、せ!」
 前足一本で押さえられているだけだというのに、もがいても逃げられない。
「い゛、ぅ、痛っ!」
 逃げようとする士郎の動きを止めるためか、胸を押さえた獣の爪が肉に食い込んだ。シャツが赤く染まっていく。さらに獣は、がりがりと、もう一方の前足で士郎のジーンズを引っかき、脱がそうとしているようだ。
「やめっ……、ヒッ……、」
 まだ犬のままの方の前足を握って止めようとすれば、胸を潰すように押さえられる。
「ぐ、ぅ、っ、」
 爪がさらに、ずぶ、と食い込む。
 逃げられず、この獣を止められない。
 絶望して、ただその獣を見上げる。喉を掠れた音が過ぎた。
「ぁ、ちゃ……」