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不幸少年と幸運E英霊の幸福になる方法5

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 じわり、と涙が滲む。
「ゃ、だ、ぃ、いや、だ、っあー、ちゃ、っ、アーチャーっ!」
 恐慌状態に陥って、士郎は叫んでいた。
 聖杯が身の内にある以上、あまり士郎は望むものを口にしないようにしていたが、もう、そんな考えも吹っ飛んでしまっている。ただ、犯されそうになっていることに恐怖しかなかった。
「『士郎!」』
 ギャンッ!
 アーチャーの声と、犬のような鳴き声。胸を押さえつけていた重みが消えて視線を上げると、
「『無事か!」』
「え?」
 士郎は、目を疑った。
「『ケガはっ!」』
 ステレオで声がする。
「あの、アーチャー?」
「なんだ」
 不機嫌な眉間のシワを隠すことなく訊くアーチャーに、その違和感を指し示す。
「む……。まだ、いたのか……」
 アーチャーと対照になるように立つソレに目を向けたアーチャーは、ますます不機嫌になっている。
「話は後だ。マスター、そいつはなんだ。なぜここにいる」
「わ、わかんない、けど、たぶん、出てきたんだと……思う」
 なんだ、と訊くわりにその存在を見知っている様子のアーチャーに、辿々しく答える。
「なんだと?」
 士郎の出したものなのか、とアーチャーは困惑している様子だ。
「か、勝手に出てきて……、ていうか、あの、俺、夢見てる?」
 呆然としてアーチャーと、その対になるようなモノを見比べてしまう。どこからどう見ても、寸分の誤差のない形をしていると、士郎には見える。違いと言えば、赤か白か、それだけ……。
「マスター、何を呆けたことを言っている、夢なわけが、」
 グルルルル……。
 唸り声にアーチャーは言葉を切った。
「先にこいつか」
 アーチャーは灰色の獣に向き直った。
「貴様、消えていなかったのか」
 アーチャーが鏡合わせのように立つモノに苦々しく言えば、
『オ生憎サマダナ。私モ 士郎ヲ コンナ獣ニ ミスミスクレテヤル 気ハナイノデナ』
 アーチャーに忌々しげに言う、そのモノも不遜な態度だ。
「ちっ、足を引っ張るなよ!」
 アーチャーが言えば、
『オ前ノ方コソ』
 対のようなモノがふてぶてしく返し、二体揃って灰色の獣に斬りかかっていった。


 アーチャーと聖杯が化けたアーチャーが、灰色の獣を相手に戦っている。それを呆然と見ながら、士郎はアーチャーを呼んでしまったことに思い至り、悔いていた。
「俺……、願った、のか……?」
 聖杯が化けたアーチャーが出てきていることが何よりもの証拠だった。
「でも、俺は、アーチャーを……」
 聖杯ではなく、自身のサーヴァントであるアーチャーを呼んだのだと、何度も胸中で繰り返す。
「俺が呼んだのは……」
 アーチャーなのに、と言い訳を繰り返す。
 だが、あの瞬間、本当に恐くて、士郎は何も考えられなかった。今、どちらを呼んだのだと問い質されれば、はっきりとアーチャーだと答える自信がない。
(恐くて……)
 またアーチャーに恥ずかしいと言われるようなことをしてしまうと思い、恐怖していた。
 そんなこともさることながら、何よりもアーチャー以外に身体に侵入されるのが嫌だった。
 今まで散々繰り返してきたことを、今になって士郎は後悔している。恥ずかしいことをしていたと反省している。
 決して、望んでやっていたことではない。やむを得ず、というのが本当のところだ。
 だが、どんな理由があるにせよ、アーチャーの言った通り、大人に救いを求めればよかった話でもある。
 子供だったと思う、愚かだったと思う。だからこそ今、ものすごく後悔をしている。そして、
(また、俺は……呆れさせて……)
 アーチャーに呆れられることが何よりも嫌だと感じていた。
 すでに恥ずかしいことをしていたと知られている。過去はもう変えようがないのだから、これからは、と意気込んだ矢先、自分の意思ではなくとも同じ過ちを繰り返すことなどしたくはなかった。
 べしゃ、とひどい音を立てて灰色の獣が地面に倒れ込む。すでに犬の皮のようなものは破れ、巨大な身体が露わになり、所々、その毛に肉片がこびりついているだけだ。
 おそらく灰色の獣は、化けるために無理やり犬の身に潜んだのだろう。だが、魔力に当てられ、その上、無理やりな侵入に犬の身はもたなくなった。だから、あんな気味の悪い姿だったのだ。
 そんなことを思いながら、士郎は灰色の獣を見つめる。灰色の獣もこちらに目を向けた。
 グルル……。
 苦しそうな音を吐き、その身をズルズルと引きずりながら、士郎の許へと近づいてくる。仔犬の姿でもない、巨大な犬のような異形を士郎は見上げ、立ち上がる。
 灰色の獣はそれこそ犬のようにお座りをして、ぼふん、とその尾を揺らした。その様は、ただ巨大なだけの犬にしか見えない。
 アーチャーが士郎を庇うように灰色の獣との間に立ちはだかる。その腕に触れれば、アーチャーは顔だけをこちらに向けた。
「マスター、下がれ」
「もう、虫の息だろ」
「だが、」
「大丈夫」
 士郎は灰色の獣の、目と鼻の先まで近づく。
 警戒を怠ることなく傍らで身構えているアーチャーに、
「もう、何もできないって……」
 士郎は言ったが、聞く耳をもたない。仕方がない、とアーチャーを下がらせることは諦め、士郎は灰色の獣を見上げた。
「ごめんな、契約できなくて」
 相性のいい魔術師と出会うことができなかった灰色の獣は、じっと士郎を見つめている。
 しばらく動きがなかったが、鼻先にいる士郎に、かぱり、と大きな口を開けた。
「士郎っ!」
 アーチャーの切羽詰まった声がしたと同時、
 べろん。
「ぅぷ!」
 士郎の顔どころか、足元から頭までの全身を舐めて、灰色の獣は満足げに口を閉じる。
「な……」
 踏み出しかけたアーチャーは、呆気に取られたままだ。
「ごめんな……」
 普通の犬のようにお座りをして、灰色の獣は、くぅ、と仔犬のような声を出す。士郎がその首や顎のあたりを撫でると額を寄せ、甘えるような仕草をしながら消えていった。
「ごめん……」
 ずっと契約者の見つからないこの灰色の獣のことは見知っていたが、士郎には契約などできる技量がなかった。
 聖杯戦争とともにサーヴァントという使い魔を持つことになったが、それも維持するのがかつかつで、直接供給で魔力をやっと賄えるような情けない状態だった。
 今、聖杯を取り込んだために格段に魔力量が増えたが、士郎にはアーチャーがいる。二体もの使い魔など維持できるわけもなく、士郎にはやはり、どうすることもできなかった。
「マスター」
 地面に落ちていた視線を士郎は、ぱ、と上げる。
「わ……、わー、べとべとだ……」
「当たり前だ……」
 獣に舐められたことと、血のようなものと、何かはわからない液体や肉片が付着したシャツを引っ張って眺める。
「風呂……、行ってくる」
「そうしろ」
 アーチャーに不機嫌に言われ、士郎は母屋へ向かった。



        ◇◇◇

 足早に母屋へ向かう背を見つめる。
(泣いているのかと……)
 俯いて、あの灰色の獣を見送って、謝罪を口にした士郎の気持ちは、アーチャーにはわからない。
 だが、その姿は、何もできずにいた自身へ対する憤りに他ならないのではないかと、そんなふうに思えた。