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第三部8(108) 覚醒

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キンコーン

「いらっしゃい」

理髪店の主人がアレクセイを椅子へと案内する。

「今日はどうしましょう?」

「すまないが、髪を整えて髭をあたってくれ」

「かしこまりました」

「お客さん、見ない顔だね?ここへ来たばかり?」

「いや…少し前にここへ転居してきたのだが…」

「そっか…。だいぶ面窶れしてるようだし…病気療養でもしていたかい?」

アレクセイのぼさぼさの髪を整え、無精ひげをあたりながら店主が尋ねる。

「面窶れ…か。そうだな…。そんなところ…かな。…その間に…妻には…随分苦労をかけてしまった」

「そうかい…。大変だったね。でも、夫婦ってそういうものじゃないのかい?どちらかが苦しいときはどちらかが支える。…うちもそうだよ?俺が前の大戦のときに徴兵されて国防に当たってた留守の間、うちのヤツがずっと家庭と…店を守り抜いてくれていた。スイスはさ、徴兵されてる期間はさ、給料とか一切でないの。無給の奉仕だよ?それで戦後家庭を…人生を破綻させた奴も山ほどいたけどさ…、うちは女房がしっかりと俺の居場所を守っていてくれたおかげで…ほら、今もあんたの髭をこうやって当たってるってわけさ。以来女房には頭が上がんないよ」

「はは…そうか。…うちと、一緒だな」

「へえ~、だんなの所も、そうなんだ」

「ああ。俺が投獄されて不在にしていた6年もの間、ずっと帰りを待って生まれたばかりの子供を立派に育ててくれていた」

「何?だんな前科者?」

「前科者って…。ハハ…。まあ。政治犯で6年投獄されていた」

「そっか…。感心な奥さんだねぇ」

「ああ。…まだあいつ16だったのに。娘盛りの一番綺麗な時期を…」

「そうか…。奥さん、旦那のことを愛してたんだね」

「…」

「愛していたからこそ、その試練に耐えられたんだよ。ダンナ、愛されてるねぇ」

「そうか…」

「そうだよ。ハイっと。出来上がりだ。お?!ダンナ、男ぶりが随分あがったね~。奥さんますます惚れ直すよ!」

蒸しタオルを当て、前掛けを外す。

「頬が…スース―するな」

綺麗に髭をあたった頬を一撫でする。
目に以前のような強い光を湛えた自分が鏡に映る。

「そりゃ~、無精ひげ生やしてたからね。早く帰ってそのハンサムな顔、奥さんに見せてやりな」

― まいどあり~。またおいで。

店主がアレクセイを送り出した。

作品名:第三部8(108) 覚醒 作家名:orangelatte