第三部8(108) 覚醒
「ただいま…」
夜も更けた頃、一日働きづめだったユリウスが帰宅した。
誰に言うともなく小さく、呟いたその一言に、
「おかえり」
と優しい―、焦がれて焦がれて止まなかった声が出迎える。
思いがけない出来事に、ユリウスが勢いよく顔を上げる。
そこには、最愛の夫が以前のような優しい笑みを浮かべて立っていた。
「あ…」
あまりの驚きに言葉も出ないで突っ立っているユリウスの身体を、アレクセイが強く抱きしめる。
「おかえり。ユリウス。…今まで済まなかった…」
妻の身体を思い切り抱きしめて耳元で囁くと、そのまま小さな頭を引き寄せ、昔のように激しく唇を奪った。
その情熱的な口づけにユリウスの碧の瞳から滂沱の涙が零れ落ちる。
「アレクセイ…。ごめんなさい…。ご、めん…」
「謝るな。お前は悪くない…」
― 愛してる。ユリウス。
耳元で囁くと、涙に濡れた頬から耳へ、そして細い首筋へと唇を這わせる。
夫の唇の感触にユリウスの口から「あぁ…」とため息がもれる。
― お前を、抱きたい。
アレクセイがユリウスの耳元で囁く。
「でも…もうぼく若くないし…。はずかしい…」
夫の言葉に少しはにかんだような困ったような顔で戸惑いがちにユリウスが答える。
「若くないのは…俺も一緒だ。…今の、今この腕の中にいるお前を抱きたいんだ」
ユリウスの小さな顔を両手で包み込み引き寄せて囁く。
「それとも、俺に抱かれるの、嫌か?」
鳶色の瞳にユリウスの心が縛られる。
その優しく甘やかなとびきり魅惑的な鳶色の瞳を上目づかいで見上げながら、おずおずとユリウスが答えた。
「嫌じゃ…ない」
「よ~し!…じゃあ、このままベッドへ直行だ!!」
― お前を…今すぐお前を食べたい。お前の全てを味わいたい。
子供のようなやんちゃな笑顔でアレクセイは妻の身体を抱き上げると、足取りも軽く寝室への階段を上がっていった。
作品名:第三部8(108) 覚醒 作家名:orangelatte