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梅嶺 弐───再会───

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蒙摯と梅長蘇に大渝の矢が放たれた事で、戦いが始まった。
盾を持った兵が、梅長蘇等の前に横並びになり、そこから砦に向かって、梁軍からも矢が放たれる。
矢の応酬だった。
蒙摯と梅長蘇は、騎馬のまま後方に下がった。
梅長蘇は、藺晨と飛流に守られるように、後方の陣まで馬を戻した。


戦況は、良くはなかった。
そう大きくはなかったが、さすがに大渝の侵攻をずっと防いでいた砦だ。
しかし、元々は梁の砦。大渝の方を向いた北面は堅固でも、梁のある南面はそうでも無い筈だが、大渝が僅かな間に堅固にしたようだった。
石なども砦の壁一面に並べられ、高く高く櫓が組まれ、砦を登ろうとする梁軍の兵に落とされている。


「なるべく、怪我をせぬように、、、、死なぬように、、。」
長蘇は一人呟く。
藺晨は聞き逃さなかった。
幾らか、砦の外の、梁軍の攻撃の方に、気を逸らせてくれれば、上手くいくのだ。そういう戦術だ。
「、、、死ぬな、誰も。」
その様な軍令は、梅長蘇は将軍達には伝えている。
だが、ちゃんと真意を理解したかどうか、、。
作戦の核心部分を、将軍達には言えなかった。
武人は皆、『国のために、命を賭す事を本望とせよ』、皆、そう言われ教育されてきたのだ。
梅長蘇の言葉は、異例中の異例。
奇抜な軍師の言うことに、誰も賛同する者などいなかった。
梅長蘇では、軍を纏めきれぬ、誰の目にもそのように見え、将軍たちは呆れたのかも知れぬ。

それでも、将軍達は皆、忠実に従っている。
さすがは、梁の国土を守る武人だった。
一枚岩になりきれず、バラバラになった軍の末路をよく知っている。
たった一度だけ、この若造の言う事を聞いてやろう、その様に思ったのかも知れぬ。

この砦の城壁でゴチャゴチャしているのが、本当の戦いでは無いのだ。
全ては、砦の外に注意を引くための、目くらまし。
───必ず上手くいく。───
時間が過ぎる程に、確信を持って、そう思っていた。

すると、砦の内部から、一筋、煙が上がる。
───今だ!!、この時を待っていたのだ。───

「太鼓の音を変えろ!!。」
梅長蘇が、声を張って指示を出す。
「鼓舞の調子を変えろ!!!。」
側で蒙摯が指示を繰り返した。
鼓舞の音が変わる。
連打していた音が、ドン、ドンと、、十基の太鼓が音を揃えて力強く叩きだす。
梅嶺の嶺に届き渡るような、力強い音が響き渡る。

一斉に、砦の南面で攻撃していた梁軍の、動きが変わる。
砦の中に、もう一つ煙が上がる。
そして、、轟々と巻き上がる爆破の煙、遅れて爆発音が山々に響き渡る。
「小殊、なんだ!、あれは!!。」
「火薬があったら、始末しろと言っておいたんだ。」
「は〜〜〜、張殿の仕事か、、、。しかし、随分、砦が壊れたぞ。惜しくはないのか?。」
「取り返すのが第一だ。」
───そして、奪還は、急ぐのだ。私が動けるうちに、、、。───
「蒙主帥。」
「うむ。」
梅長蘇に促され、蒙摯は頷き、その表情が厳しさを増す。
蒙摯が太刀を抜き、馬上から天に向ける。
「大梁の勇士よ!、今、正に戦う時だ!!。
突撃──────!!。」
蒙摯が一声を上げて、馬の脇腹を蹴る。
後ろに控えた蒙摯の軍が、続いて砦に向かって駆けていく。
なだれ込むように、騎馬も歩兵も進軍して行く。


蒙摯の軍の三分の一は、志願したにわか作りの軍だった。
寒さ厳しい梅嶺の戦いが、初陣の者も多い。
調練の、間に合わぬ状態だった。
それだけ長く、梁は太平だったのだ。
行軍しながら、訓練したりしてきたのだ。
梁の大事と聞いて、矢も盾も堪らず、志願した者もいたが、そのまま兵として使えぬ者も多く、、、そんな異様な行軍だったのだ。
力を温存しつつ、訓練をしつつ、兵一人一人の資質を見抜いて、然るべき配属をした。
正直、余裕の無い出軍だったのだが、後続の軍との合流を調整して待っているようにも映り、結果的には良い効果となった。
本来ならば、最強であるべき主帥の蒙摯の軍隊だが、致し方なかった。
比較的、最後に出軍となる、主帥の軍隊に、、、。
慣れぬ者は、蒙摯直属の軍に編成されたり、雑用の兵に回された。
慣れず、怯える者が出れば、初陣の者の間で、小波のように伝わって、全体の士気を乱しかねないのだ。
一人でも多くの兵士を必要としていたが、新兵には、そんな危険も含んでいたのだ。
相手は大渝、、、この度、砦を奪還するには、新兵や、経験のない者では役に立たぬ。
一戦が終わった後に、各々の度量を見極め、もう一度、編成し直すつもりだった。

昨日の軍会議で、慣れた古参の将軍達が率いる軍に、まず、先鋒を頼んだのだが。
「その名を轟かせた老将に先鋒をさせるのか!」
あちらこちらから、梅長蘇を非難する声があがる。
老将達も、不服そうな、苦虫を噛み潰したような表情になった。
しかし頑として、梅長蘇は作戦を譲らず、蒙摯が押し切るような形になったのだ。
しかし実戦では、流石に戦を心得ていて、青二才呼ばわりしながらも、梅長蘇の言葉の意味を、汲んでくれている様だった。


砦には、秘密があった。
知る者の少ない、砦の外部からの秘密通路。
砦近くの雑木林の地下から、砦内部へと掘られていた。
赤焔軍主帥だった林燮すら、その存在を知らぬ。
林殊であった頃、辺境を巡視する父に付いてここに来て、遊んでいるうちに見つけたのだ。
あの当時でさえ、見ただけで古いのが分かる程の、抜け穴だった。
果たして使えるかと思っていたが、幸いにも、人が通るのには支障は無かった。
砦へと潜入する者がいる事は、蒙摯と戦英以外には知らない。
張という武人に、特別な任務を与えた。
張という武人と二十数名の兵士達は、先に梅嶺へ到着し、大渝軍の全貌と、砦の状態を探らせた。
そして、その秘密の抜け穴を通り、梁軍と大渝との戦さが始まると、砦の大渝軍を撹乱させた。
梅嶺の砦は、堅固な砦だった。
長年、大渝が幾度も攻めたが、落とせなかった。
そんな砦を、大渝は、梁国の隙を突くように手に入れたのだ。
大渝は、だからこそ安心し、油断していたのだろう。
まさか、こんな抜け穴があろうとは、、、こんな抜け穴一つで、折角奪った砦をまた、奪われようとは。
大渝は、たとえ、砦の城壁を更に堅固にしようと、意味が無かったのである。


雑用の兵を残し、主帥蒙摯の騎馬を追って、ほぼ全ての兵が砦へ向かった。
程なく砦の門は開かれ、鬨の声と共に、梁軍軍がなだれ込んでゆく。
梅長蘇達は、いくらか小高い平原に下がっていた。
砦からはだいぶ離れた。見下ろすまではいかないが、それでも砦の様子が良く見えた。
「意外と手応えがなかったな、大渝の奴等は。」
藺晨が言う。
戦の経験が無い藺晨でも、分かるようだ。
「ふふ、、、。」
笑いを含むような、長蘇に気が付く。
「何だ?、お前の思惑通りに運んだのか?。」
「そうだ。」
「砦を撹乱した張という者は、、江左の者か?。事前に潜入させていたのか?。」
「、、、、お前にならば言っても良いか、、。」
「張殿は、御林軍の副将だ。」
「はぁ?、御林軍の副将だと?。砦のあの爆発は副将、一人の仕事なのか?。」
「一人だけではない。御林軍のほとんどが、あの砦の中で、大渝軍を撹乱しているのだ。」