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梅嶺 弐───再会───

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このまま、張副将と御林軍は金陵に向かうのだと言う。
先に早くからこの地に来て、梅嶺の寒さと闘い、一番の功労者であろうに、折角、取り戻した砦に、一晩位、、、いや、暖かな軍幕で休んでもいいだろうに、。
ただ役目を全うし、居るべき場所へ還るのだ。
藺晨がよく見る、江湖の猛者ともまた違う、、、。
これが、国に支(つか)える武人なのだろうか。

張副将が部屋を去ると、長蘇と蒙摯と戦英は、また、今後の戦術やら、戦さの話に戻った。
この三人が額を寄せると、戦術の話ばかりだったが、幾ら話しても足りぬ様だった。

不意にガシャガシャという、鎧の音が部屋に近付いて来る。
一人ではない、数人、ここに向かっているようだ。

部屋に老年の将軍らが四名、取次もせずに、ずかずかと部屋に入って来た。
老いた将軍は、梅長蘇の前まで来ると、おもむろに拱手をして跪いた。
「軍帥殿、先日の非礼を許して頂きたい。」
四人の老将軍が皆、長蘇に跪いていた。
「おやめ下さい。私になぞ、、、、。」
急いで老将軍の元に歩み寄り、体を起こして止めさせた。
「全くの無策だと思っておりました。軍帥殿は、戦の経験が無いと聞き、若造が、功を焦り急いでいたのかと、、。無礼な物言いだった、、。」
老将軍が、下を向いて長蘇に謝罪した。
「仕方がなかった。新兵の編入で、、、何者が紛れ込んでいるかも知れず、、言えなかったのです。こちらこそお許し願いたい。」
恭しく拱手して、長蘇は答えた。
「そうでしたか、、。砦の奪還が第一です。
だが、こんな砦と言っても、北の侵攻を防いできた要塞の一つ。城攻めと変わりがない。長期戦になるに違いないと、反対したのです。長期戦になれば、寄せ集めたような我が梁軍では、敗北が目に見えていた。
それを、難なく攻め落とし、更にこの度の砦戦に大勝したことで、纏まらなかった我が軍の、全ての兵の心を、貴殿は掴んで纏めあげてしまった。見事、としか言いようが無い。」
「だからこそ、重要な一戦だったのです。
将軍こそ、私の作戦に納得してはおられぬのに、従ってくれた。
私の作戦が良かったのではなく、私を軍帥にした、皇太子殿下を信じ、従ってくれたお陰なのです。」
老将軍の言葉に返した返答に、老将軍は満足そうに大きく頷いた。
「纏まらぬ五万の軍よりも、目的を違わず心を揃えた三千の軍の方が勝るのです。」
隣にいる将軍が言った。
「この度の戦いで、ある者を思い出した。」
色々と思う事があった様子で、老将軍は、目を細めてぽつりと言う。
「どなたです?。」
「赤焔軍の主帥、林燮です。私の旧友だった、、、、。軍帥殿はご存知か?。」
「それはそうだろう!。なんてったって、、。」
蒙摯が口を挟むが、梅長蘇にひと睨みされ、そこから何も言えなくなってしまった。
「皇宮の文書庫に、幾らか残っているもので、林燮殿の足跡を見ただけです。」
「そうか、、それだけか、、、。」
老将軍は、幾らか考え込む。
「此度の戦いぶりが、まるで赤焔軍を彷彿させ、、、この梅嶺で朽ちた、無念の魂が、蘇ったかのようだった。
この砦に潜入させた者が、撹乱した後、蒙主帥の本隊が攻め入る速さたるや、、。
そして砦を奪い返すのではなく、直ぐさま砦を突き抜け、その北側に駐屯していた大渝の軍幕を襲うとは、、。
奴らめ、泡を吹いて、自軍の軍財(武器食糧)のほとんどを、捨てて逃げねばならぬ程だった。幾らか火を放ち、我が軍の手に渡らぬようにしたようだが、それもほとんどは火を付けるのが間に合わず、我々が使える状態で、梁軍の手に入ってしまったのだ。
大渝の奴らめ、この様に早く、砦が陥落するとは思わなかったのだろう。見事だった。」

「我等の軍は、恥ずかしながら、赤焔軍にははるかに及ばぬ。
猛将揃いだった赤焔軍が、卑劣な手段で滅びたなどと、、、、全く無念でならぬ。
勇猛な将軍や、将校が沢山いたのだ。蒙主帥や、列将軍ならば、覚えておろう?。そなたらの友も、大勢いたはずだ。
我が友、林燮、そしてその愛息、林殊。そして先々の楽しみな若者が沢山いたのだ。
梁を背負う武人を大勢失ったのだ。だからこうして、今日(こんにち)、大渝ごときに、この砦を取られたのだ。
あの惨事さえ無ければ、、、、。あの日、梁は至宝を失ったのだ。」
老将軍は幾分涙ぐんでいた。心に仕舞っていた思い出が押し寄せたようだった。
梅長蘇は、思わぬ所で、自分の名前を聞いてしまった。
林燮の事だけでなく、自分を、父の友が覚えていてくれようとは、、。
赤焔事案の再審が終わっても、赤焔軍の話が、ほとんどの人の会話に上がることは無い。
赤焔軍の一切が、まだ禁忌とされ、人の記憶から消し去られたと思っていた。だが、蒙摯や景琰や、親しくは無い者の心にも生きており、惜しまれているのだ。

あの日の惨事は国にも人にも、酷い傷跡を残したのだ。
「戦上手の靖王殿下が皇太子となり、一見、『武』に長けた国になったような錯覚をしたが、実は何も変わっとらん。むしろ殿下は、皇太子となったばかりに、戦場に出向けぬ様になってしまった。」
「隣国との戦を知る将は、皇太子殿下や穆王府の他は、年寄りばかりだ、、、役には立たぬ。」
「先々を案じておったのだ。」
「しかし、お主らのような者達が、これ程の戦をしようとは。」
「安心して、いつでも逝けるぞ。」
「うむ、戦場で果てようぞ。」
「文官共は、戦さもせずに交渉などと、、、これならば、堂々と戦い、勝利して交渉が出来る。」
「大渝共は懲りて、暫くは大人しくなるだろう。」
将軍等は意気揚々としていた。
大勝した嬉しさよりも、これだけの戦いが出来る男達がいる事が、何より嬉しい様子だった。
それを見る、長蘇の視線も穏やかだ。
事が上手く運び、安堵しているのだろう。
「どの位の負傷者や損害が出たのか、後程、報告を、、。」
戦英が将軍達に言う。
「うむ、後で報告させよう。」
「どの隊も、さほどの被害は出ておらぬだろう。
さぁ、、では、、、。」
そう言うと、皆、拱手を仕合い、将軍達は部屋から去って行った。
心奮い立った戦いであったようで、部屋の外へ出ても、将軍達の話す声が聞こえてくる。
余程、嬉しかったのだ。

遠ざかってゆくその声を聞きながら、蒙摯が言う。
「お前が林殊だと分かったなら、老将達は喜ぶだろうに、、。
、、、分かってる分かってる、、、。そんなに睨むな。」
蒙摯の何気ない一言を、長蘇は睨み返した。
「明かすことが出来たら、きっと、この戦はもっと楽だろう。
だが、この姿をどう説明するのだ。一つ一つ、過程を説明するのか?。赤焔事案の再審も、景琰が皇太子になった事まで、林家の怨恨と思われかねない。
十数年掛けて積み重ねた事が、全て台無しになるのだぞ。」
梅長蘇の語気が強くなり、蒙摯が怯んでいる。
「分かってる分かってる、、、。ちょっと思っただけだ。何もそんなに怒らなくても、、、。」
「梅長蘇として戦うのだ。私の過去を晒す気は毛頭ない。」
「悪かった悪かった、、もう言わぬ。」
「あなたの一言で、積み重ねたものが崩れてしまう事があるのだ。
蒙哥哥、発言に気を付けてくれ。」
「すまぬ、悪かった。この通りだ。もう機嫌を直せ、、な?。」