草の海を渡って
少年が選んだ墓所は、ちょうど丘の頂上だった。どこまでも続く草原がはるかに見渡せる、見晴らしの良い場所だ。
土を盛った上に、十字に組んだ木を縄で縛っただけの簡素な墓標を立て、土埃を払うと、ハンガリーは立ち上がった。
すでに日はとっぷりと暮れ、空には降るような星が瞬いている。
「彼の、名はなんていうんだ」
ハンガリーの問いに、少年は、少し黙ってから、明らかに悪ふざけでしかないような通り名を口にした。
「は?なんだそれ。真面目に答えろ」
「ふざけてねーよ。ずっと俺らは、そう呼んでたんだよ」
男の、本当の名を、少年は知らない。おそらく、知っているものは、隊の中にも、誰もいないだろう。
今の騎士団を構成するのは、一部の貴族の子弟、そしてあとの大半は流れ者の傭兵だ。
故郷も家族も失って最後に残った脱け殻のような身体を、僅かな金で戦地に売り渡す、帰る土地をもたない、ならず者たちだった。
少年は懐から、小さな木片を取りだしてハンガリーにみせる。
「…これは?」
「酔っ払った時、これを大事そうに見せてきた。妻と、子供の絵なんだと言っていた」
「………これを?」
ハンガリーにも見覚えがある、これは、肖像画などではない。古い聖母子像を、どこかの下手くそな絵描きが模写した偽物だった。行商が二束三文で扱う、どこにでも出回っている、がらくただ。
「酔えば必ず、故郷の話をしていた。妻と子は、今でもそこで、待っているんだと。見渡す限りの草原で、そこから見る夕日は、胸が張り裂ける程に美しいんだ、と」
それすら、真実なのかはわからない。男が勝手に描いただけの夢なのかもしれない。そんな場所は、どこにも存在しないのかもしれない。それでも。
「――こんな場所なのかもしれないって、思ったんだ」
ざあ、と、風が。月光に照らされる草原を揺らした。
――なあ
なに死んでんだよ
ふざけるな
頼んでねえよ お前が死ぬなよ
お前たちは
確かに他に行く場所もなくこんなところに流れ着いたどうしようもない屑野郎だったのかもしれない けれど それでも
こんなとこで、野垂れ死にする為に、生きて来た訳じゃ、ないだろう
俺は、
お前たちに、最後に眠る土地すら、与えてやれない