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不幸少年と幸運E英霊の幸福になる方法7

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 士郎の同意は得ていないが、二人だけの時ならば何をしてもかまわないとアーチャーは勝手に思っている。だが、この衛宮邸には不特定多数の来客が頻繁にあるのだ、下手をすれば、誰の目に留まるかわからない。
 そうなった場合、己はいいが、士郎としては嫌だろうとアーチャーは思う。
 すでに人として終わった存在の己ならば、やれ変態だの、摩耗しすぎて狂っただのと言われたところで屁とも思わない。
(だが、士郎は今を生きる、普通の人間だ。そして、男だ。いくら直接供給などということに慣れていても、それとこれとは話が別だ……。そんな趣味があったのか、など自他ともに認めたくはないはずだ……)
 アーチャーがそういう考えに至るのも仕方がない。士郎が収入を得るために続けた直接供給という行為は、二面性を持っているのだ。
 一方では魔術の儀式、もう一方では、ただの欲望が抑えきれなくなった結果。
 その後者を、先日、士郎といたしてしまったアーチャーは、どう言い訳をすればいいかと、恐々としている。
 凛たちに勘づかれて問い質されるのはまだいい、しかし、士郎にどういうことなのか、と面と向かって訊かれれば、アーチャーは答えに窮してしまう。
 うしろめたさが拭えない。
 本当にあんなことをしてよかったのか、と今さらながら頭を抱えたくなる。
(馬鹿か、オレは! 守護者でありながら、望んだことではないにしても英霊などというものでありながら……。自分自身を抑えきれない、とは情けない!)
 先日の己を、殴り倒してでも止めたいと、心底思う。
(だが……)
 居間を振り向き、洗濯物をたたみ終えてお茶請けを食べるセイバーと何事か話している士郎を垣間見る。面と向かってはいられないが、いつも意識は士郎へと向かっている。
 伸ばしたくなる手を抑え、アーチャーは夕食の支度に勤しむ。
 毎夜続けていた添い寝もやめた。
 傍に寄ることも極力控えている。
 そうすれば、熱が冷めるように、この衝動もおさまると思っていた。
 だが、おさまるどころか、ますます酷い。餓えてしまって、ともすれば引き寄せようとする手を握りしめておさめることが増えた。
(士郎……)
 出汁を取る手を止めることなく、頭の中は士郎のことだけで埋め尽くされていた。
 だが、食事の準備をする手は揺るぎない。
 この点、家事スキルを鍛えておいてよかったとアーチャーは思う。やり慣れた事柄というものは、心ここにあらずな状態でもこなすことができる。
 士郎のことが脳のほとんどを占めていても、何も手につかないどころか、むしろアーチャーは普段よりも完璧に家事をこなす。
 永く存在して磨耗した英霊のひねくれようは、こんなところにも顕著なようだ。
「は……」
 背後の居間からは見えない位置でため息をつきながら、アーチャーは滾々とあふれる湧き水のように、自身を埋め尽くしていく胸の熱さに手を焼いていた。



*** Interlude VII―1 ***

 ゆらり、ゆらり、と、夢と現を行ったり来たり……。
 ゆりかごに揺られているみたいにうとうととして、何もかもが、判然としなくて……。
「――――普通でいい」
 低い声が耳に心地好い。
「士郎……、普通に過ごせばいい……、学生らしく日々を過ごし、くだらないことで友人と笑い合い、ちょっとしたことで悩み、何を気負うこともなく、ただ普通の、お前の年頃の者たちと同じように過ごせばいい……」
 寝物語のようにアーチャーの声が響く。
 普通に過ごせばいいと、何度も言い聞かせるようにアーチャーの低い声が沁みわたるように……。
 普通……。
 聖杯を取り込んだ俺が普通に?
 そんなことができるのか?
 できるのなら……、やってみたい。でも、いいのかな……。
 そんなふうに過ごしても、いいのか……?
 だけど、アーチャーが言うのなら、やってみようと思う。
 俺を正してくれるのはアーチャーだ。
 善いことも悪いことも、アーチャーが教えてくれる。だから、アーチャーの望む通りに頑張ってみようと思える。
 あれ? どうして俺は、やる気になっているんだろう?
 アーチャーが望んでいる。
 それだけで、俺は、変わろうと思っている。
 不思議だ……。誰に何を言われても、今まで、そんなこと考えもしなかったのに。
 俺は、アーチャーが後悔しない者になりたい。
 お前の未来で良かったと安心できるような、そんな生き方を……。
 変わらなければ、俺は。
 アーチャーに認められるために、アーチャーの言う普通の生き方をしなければ。
 でも……、アーチャーと何度も抱き合った。
 これは、普通のこと、か……?
 熱くて、気持ち好くて、何も考えられなかった。ただ、欲しくて、アーチャーが俺を見つめてくれるから、ただ、うれしくて……。
 へとへとで、どもかしこも力が入らないのに、やめてくれとは言えなかった。
 声もまともに出なくなっているのに、どうしても繋がっていたくて、アーチャーにしがみついた。
 そんな俺をバカにすることもなく、もう朝になるからやめておこうってアーチャーは優しく言った。
 疲れたとか、もう飽きたとか、そういうのじゃなくて、もう朝になってしまうから仕方ないって言うから……、俺はもう少しこうしていたい、なんて、出ない声で我が儘を言う。
 聖杯が化けたアーチャーが素直に話せって言っていたから、アーチャーは受け入れてくれるって言ったから……。
 だけど、もう朝になるって、時間切れだって、本当は自分もこのままでいたいんだって言って、アーチャーに宥められた。
 うれしかった。アーチャーも同じように感じていてくれることが。
 だから、頷いた。
 わかった、って出ない声でアーチャーの提案を受け入れれば、名残惜しそうに抱きしめてキスなんてしてくるから、やめようって言ったのにキリがないって、笑ったんだ。

 その後のことはなんとなく覚えている。
 疲れ切って腕も上がらず、ほんとに動けなくて、アーチャーが風呂で身体を流してくれたことを、すごく丁寧に後処理をしてくれたことを、半分居眠ったままで感じていた。
 いろんなことが頭の中でぐるぐるしていた。
 身体は眠りを求めているのに、頭はフル稼働で動こうとしていて……。だけど、アーチャーに抱きしめられたまま布団に入っていれば、意識も身体も重く沈んでいった。

 気づけば、もう明るくなっていた。
 眠ったのは明け方くらいだったと思う。
 あれから、どのくらい経ったんだろう?
 ご飯、作ってない。
 みんな泊まりに来てるのに、なんにも用意していない。
 昨日のうちに何か作っておけばよかったな。
 だけど、自分のことで頭がいっぱいで、そこまで気を回すことができなかった。
 重い瞼は、少しだけ開けることができた。目の前には黒いシャツがある。頭を撫でてくれる手があったかい。背中をさすってくれる手が優しい。
 すり寄れば、肩を抱き寄せてくれる。
 また、眠くなる……。

 遠くで声がしていた。
 低い声と、凛とした声。ボソボソと聞き取れる感じじゃないから、きっと小声で話している。
 瞼は上がらなかった。だけど、僅かに動く手で探していた。
 俺を抱きしめていた腕の重みを感じない。