不幸少年と幸運E英霊の幸福になる方法7
三年生になり、担任は大河ではなくなった。今度の担任は、あまり話したことはない教師だが、一年生の時からの教科担当であったため顔は知っているし、良い先生だという印象は持っている。
「校医からの呼び出しなんだけど、ちょっとだけ時間、いいかしら?」
「いいですけど?」
鞄を持ち、そのまま保健室へ担任とともに来たものの、
「じゃあ、先生、お願いします」
担任は校医に頼んで職員室へ行ってしまった。
「あの、」
取り残された士郎は、困惑気味に校医を見る。
「ああ、たいしたことじゃないんだけど……」
校医は眼鏡の奥の目を緩やかに細めて、体重計にのってくれと言う。
「体重? 昨日、身体測定で量りましたけど?」
「そうなんだけどねー、ちょっと、気になることがあって」
体重の何が気になるというのだろうかと士郎は首を捻りながら、言われた通りに体重計にのる。
「うーん、やっぱりー」
「え? なに? なんか、変、ですか?」
少し焦って訊けば、
「ああ、うん、じゃ、こっち、」
士郎には答えず、校医は身長計を指す。
昨日も図ったのに、と士郎は腑に落ちないながらも素直に従った。
「ふーむ……」
腕を組んで考え込んでしまった校医に、士郎は首を捻るばかりだ。
「あの、先生、何か、あるんですか?」
「いやー、あのね、前回から、数値に全く変化がないのよ」
「え?」
「偶然だとは思うんだけどねぇ……」
そう言いながら校医は、士郎が一年生の時からの身体測定の結果を見せてくれた。格段に飛び抜けてはいないが、徐々に右肩上がりになっているグラフと、少しずつ増えていく数字の書かれた表がある。
「前回が一月。二年生の三学期のはじめでしょ? その数字と全くおんなじなのよね……」
身長は一ミリも変化はなく、体重もコンマ一グラムの増減もない。
「はは、俺、もう成長期、終わりなんですか?」
少し笑って訊けば、
「え? い、いやいや、たまたまよ、きっと、たまたま!」
それほど高身長というわけではない士郎を気遣うように、校医は慌てて取り繕っている。
「まだまだ君は伸びしろがあると思うんだけど……。ま、まあ、健康のようだし、経過観察ということで大丈夫でしょ」
今後は変化があるかもしれないからと言い、校医は落ち込まなくていい、と励ましてくれた。
保健室を出て、玄関へ向かう。靴を履き替え、校門を出れば、今まで貼り付けていた笑みが消えた。
「俺……」
自分の手を見つめて、少し震えていることに気づく。
何かおかしい、という気がする。
「俺の、身体は……」
凛やキャスターに訊いてみないことにはわからない。
校医の言った通り、たまたまかもしれない。だが、士郎の頭の中では、これはきっと、と結論が出ている。
「俺……」
春の風が温かいはずなのに、寒い気がしてどうしようもない。寒さからか、別の原因か、身体が小さく震えていた。それを自覚すると、ますます震えそうになる。必死に冷静になろうとしたが、難しい。
(成長が止まってる……、原因は、たぶん……聖杯……)
いくら魔術に関しては、必要なことしか知らない士郎でも、そのくらいの答えには行きつく。
前回、身体測定をした一月から、今――四月までに起きたこと……。
それは、士郎が聖杯を取り込んだ、という事実に行き当たる。
魔力量が格段に底上げされ、今、士郎はサーヴァントなどという使い魔まで難なく維持できるようになっている。
(聖杯が……)
他に理由など考えられない。もし、たまたま成長がなかったとしても、身長と体重の両方が前回と全く同じなどという結果にはならないはずだ。明らかにおかしいと士郎にもわかる。
「俺は……」
地面を見つめたまま、士郎はしばらく動けなかった。
陽も暮れた頃にやっと家へ帰り着き、こちらを見ることもないアーチャーに帰宅の挨拶をして、部屋に入る。普段着に着替え、制服をハンガーにかけ、すぐさま体重計を引っ張り出してきた。ただ、本当に偶然、という可能性も捨てきれないため、士郎は自分でも確かめようと考えた。
その日から、頻繁に体重を量った。衛宮邸には身長計がないために身体の変化を体重だけでも自分で確かめてみる。予想通り、いや、外れていてほしかったが、何日続けて量っても、コンマ以下まで同じ数字だった。
「やっぱり……」
この日も風呂上がりにのった体重計を片付け、変化のない数字にため息をつく。
変わらない数字が示すのは、成長が止まったという事実。それだけならば、あり得ることかもしれない。高校三年生ともなれば、もうそれほど伸びたり増えたりしない者も出てくる。
だが、明らかにおかしいのは、ただの一グラムも変化のない体重だ。日々食事の量や排泄の量で多少の体重の増減はあるはずなのだが、空腹時、満腹時、いろいろと量るタイミングを試してみたが、全く変化がない。
「これって、やっぱり、聖杯の作用……?」
身体に変化が起きないという原因については、それしか浮かばない。
「傷も治っていくし、もしかして……?」
ぞわ、と背筋が寒くなってしまい、士郎は今、思い至ってしまったことを振り払うように頭を振る。
「そ、そんなわけ、ないって……」
焦りながら口にして、足早に自室へと向かった。
「相談、しないとな……」
とりあえず、凛には訊いてみなければ、と思うものの、士郎はまだ話せないでいる。
そして、アーチャーとも相変わらずで、大型連休中には相談をしようと思っていたのだが、結局、言い出せないままで、明後日からまた学校だ。
だが、何もしないわけにもいかず、士郎は少し試してみることにした。自身の身体のことをある程度知っておく必要があると思い立ったのだ。
あまり大きな傷にしては、血の匂いでアーチャーにバレてしまうので、針やカッターなどで指先に傷を作っては、それが治っていく光景をじっと観察した。
「何か、違う……」
以前とは違う治癒の仕方に、士郎は驚いた。
以前の傷は、じわじわと血が止まり、傷口が塞がっていく、というような感じで治癒されていた。だが今は、傷つけた指にどこから現れるのかもわからない、白い帯が巻き付き、それがほどけて消えると傷は痕もなく綺麗に消えている。まるで、傷などなかったかのようだ。
「なんだ……これ……」
ますます自身の身体に疑問が浮かぶ。自分の身体ではないようで、空恐ろしくなる。
「どう……なるんだ……」
自身の行く先が見えない。
これが聖杯の力だというのなら、なぜ? と思う。
何も願っていない、何も望んではいない。だというのに、今になってこんな効力だけを発揮している。
「こんなのは、要らない……」
普通でいいのだ。
アーチャーの言った通りに、普通の高校生として過ごすことが士郎の一番の課題だった。
魔力供給も借金を背負うのも、愚かで恥ずかしいことだと認めてはもらえなかったが、普通に学校に行って、普通に過ごせばいいと、アーチャーは示してくれた。そして、この四月からはその通りに過ごしている。
アーチャーが教えてくれたことを着実に実行すれば、アーチャーが認めてくれる。
作品名:不幸少年と幸運E英霊の幸福になる方法7 作家名:さやけ