白い闇4
「私はそこのソファで寝るから大丈夫だ。君はベッドでゆっくり休みたまえ」
優しく頭を撫ぜるシロッコに驚きが隠せない。確かに今までも情事の後はこんな風に扱ってくることがあった。しかし今日はその時よりもシロッコから優しさを感じる。
「なんて顔をしている」
「だって…貴方の態度がいつもと違うから…」
「ふ、ははは」
「なんだよ」
「君は面白いな。普通優しく扱われれば喜ぶだろう?なのに君は不思議に思うのだな」
「それは相手が貴様だからだろう?今までの自分の行いを考えろよ」
「ふふふ、そうだな。前はファーストニュータイプである君を手に入れられれば良かったが、今は君を側に置きたいと思う。この感情は何だろうな」
「俺が知るかよ」
アムロは顔を背けると、シーツに包まりシロッコに背を向けて目を閉じる。
発熱した身体は思ったよりも休息を求めていたらしく、直ぐに眠りに落ちていった。
「もう眠ったのか?」
寝息をたて始めたアムロの頭を撫ぜながら、シロッコは小さく笑う。
「私を憎みながらもその側で眠ってしまう。警戒心が強いのか無防備なのか…」
柔らかい癖毛を梳いていると、心地いいのかアムロの表情が綻ぶ。
「ふふ、可愛いものだ。これがあの白い悪魔とはな」
アムロの顔を見つめながら、そっとその頬にキスをする。そして、自身の胸に込み上げる感情に、シロッコは不思議なものを感じる。
「君に対するこの気持ちは何なのだろう?君を決して失いたくない、側に置きたい、抱きたい。これが番いの繋がりというものなのか?」
シロッコはそっとアムロの腹部に手を当てて微笑むと、自身もソファへと移動して眠りに就いた。
――――――
「ブライト艦長、ちょっとよろしいですか?」
医務室のハサンがブライトへと声を掛ける。
「ドクター?何ですか?」
ハサンはアムロが置いていったティターンズの黒い制服のジャケットと、一枚の紙を手にして立っていた。
「それは…アムロの?」
「はい、治療の時に脱がせて掛けてあったのですが…」
アムロの血痕と銃創の跡が残る黒い制服を見つめ、ブライトが辛そうに顔を歪める。
あれが作戦だったとするならば、シロッコは作戦の為にわざとアムロを銃で撃ったのだ。そして、そんな事をされながらもその命令に従ったアムロ。普通ならば考えられない。
「アムロ…」
「ブライト艦長、この制服の内ポケットにこのメモが入っていました。艦長宛です」
「メモ?」
ブライトはハサンからメモを受け取ると、すぐさま開いて読み始める。
そして、読み終わると顔に手を当てて唇を噛み締めた。
『ブライトへ
本当にすまない。謝って済むことではないと分かっているが謝らせて欲しい。
今回の俺の任務は、グリプス2の起動コード確認とカミーユ・ビダンの情報収集及び可能であればカミーユ・ビダンの身柄の確保だった。グリプス2についてはシロッコにも使わせないようにコードの書き換えと遠隔操作を出来ないようにした。命令違反だが、俺にはこれくらいの悪足掻きしか出来ない。
それから、ニュータイプ研究所がカミーユ・ビダンに目をつけた。奴らは検体を確保する為ならばどんな卑怯な手をも厭わない。彼にはもう肉親はいないから大丈夫だと思うが、大切な人間を盾に取られる可能性がある。気を付けてやって欲しい。
彼を俺の二の舞にはしたくない。研究者達は検体を人間だとは思っていない。強化人間の検体達も多くの者が廃人となり死んでいった。ロザミア・バダムやフォウ・ムラサメは成功した方だ。それでも結局は精神に異常をきたしてしまった。
シャイアンで会った時には言えなかったが、俺も定期的に薬物を投与しなければ正気を保てない。以前、研究所内で正気を失った時、気付いたら俺の周りは血の海で研究者や警備兵の死体が転がっていた。俺は本当にただの殺人兵器のなってしまったんだ。だからブライトの元には行けない。俺がいてはブライトに迷惑を掛けてしまう。
シロッコがジャミトフを暗殺したのは事実だ。ジャマイカンやバスクの死も奴が裏から糸を引いていた。
ジャミトフの死でティターンズ内は今混乱している。しかしシロッコがトップに立つ事で衰え始めた勢力が力を取り戻してしまうだろう。エゥーゴが勝利するためには今、このタイミングを逃すな。どうしてもグリプス2を使う場合はグリプス2内の制御室からパスコードを入力してログインすれば起動できる。パスコードは“俺たちの家の最期”だ。ブライトになら分かって貰えると思う。
俺はシロッコに逆らう事が出来ない。だから戦場で対峙する事があれば迷わず俺を撃って欲しい。
ブライト、本当にすまなかった。 A.R』
「アムロ…」
ブライトは手紙を握り締め、涙を堪える。
“俺たちの家”、それはおそらくホワイトベースの事だろう。艦籍ナンバー“SCV-70”そして“最期”とは艦が沈んだ日“0079年12月31日”つまり“SCV-7000791231”がパスコードだろう。
それにカミーユ、ニュータイプ研究所に目を付けられるとは…。彼には既に家族はいないが、大切な存在、ファ・ユイリィがいる。彼女の身の安全も気を付けねばならない。そこまで考えてブライトはふと思う。
“アムロの二の舞”?…まさかアムロの母親が人質になっているのか?地球の難民キャンプにいたであろう彼女を連邦が見つけ出すのは容易いだろう。
アムロは自分を捨てた母親を守るために研究所から逃げられなかったのか?
「あの…ブライト艦長…」
考え込むブライトにハサンが声を掛ける。
「あ、ああ。すまない」
「アムロ大尉なんですが、彼がオメガだと聞いて念の為に検査をしたのですが…」
「検査?」
「はい、こちらを…」
ハサンは検査結果のデータをブライトへと見せる。
「まだ早い段階ですのでなんとも言えませんが結果は陽性でした」
その報告にブライトは思わず固まる。
「…これは…間違いないのか?」
「はい」
「…そうか…わかった…」
―――――――
そして数日後、シロッコ率いるティターンズは、グリプス2の奪還作戦を本格的に実行に移した。
アムロはロッカールームでノーマルスーツに着替えると、小さく溜め息を吐いて、わき腹の傷口に触れる。なんとか傷は塞がったが、暴れて傷口を酷くしてしまった為に、まだかなり痛む。鎮痛剤を勧められたが、鎮静剤は正しい判断を鈍らせる為拒否した。戦場では一瞬の隙が命取りになるからだ。
アムロは更に深い溜め息を吐くと、作戦の最終確認をする為、艦橋にいるシロッコの元へ向かった。
「シロッコ大佐、モビルスーツ隊、総員出撃準備完了」
「ああ、ご苦労。モビルスーツ隊は作戦通り第一部隊はラーディッシュを、第二部隊はアーガマ、第三部隊はグリプス2の奪取に向え!ネオ・ジオンもこの機に乱入してくるだろう、各部隊はそちらへの警戒も怠るな」
「了解」
「アムロ大尉、君は後で私と共に出撃だ。グリプス2の制御室で起動コードを入力してもらう」
「!」
シロッコの冷たい視線を受けてアムロはビクリと肩を震わす。
するとシロッコがアムロの耳元でそっと囁く。
「私が気付かないとでも思ったか?言ったはずだ、君はティターンズの軍人で奴らは反連邦組織だと。要らぬ情は掛けぬ事だ」
「…っ」
「判ったな?」