MEMORY 序章
一護の言葉に素直に応じる気のない水色と、便乗する事を当たり前のように行使する啓吾は、浦原商店までランニングした一護に置いて行かれると、タクシーを拾って辿り着いた。浦原商店のガラス戸を開けようとして、水色と啓吾の気配に気付いて振り向いた一護は、頭痛を堪えるように額を抑えた。
「黒崎サン、いらっしゃ~い。」
「浦原さん、こんにちは。」
疲れたような一護の声に、浦原の頭に疑問符が浮かぶ。すぐに一護の後ろに続く馴れない気配に目をやると、高校生男子が二人、愛想笑いを浮かべながら立っていた。
「お知り合いで?」
「今日の入学式で会った。クラスメイトになった小島水色と浅野啓吾。学校から付いて来て離れないんだよ。」
「? 着換えてるって事は、ご自宅に寄られたんでしょ? 走ってきたんなら……。」
「制服じゃ走れないから、学校からここまでは歩き。自宅から走ってきたら、タクシー使ったみたいだ。」
「態々タクシーッスか。」
一護の疲れた声の理由が見えて、浦原にも掛けるべき言葉がない。
啓吾は、一護が『下駄帽子』と言っていた言葉の意味が判って呆気に取られている。
「こんにちは。小島水色です。」
「っちわ、浅野啓吾ッス。」
「ご丁寧にどうも。浦原喜助と申します。」
促されて中に入った一護に、水色も啓吾も当然の顔で続く。
「そいつ等なんだよ、オレンジ頭。」
「クラスメイト。何故此処にいるのかは判らん。何故か浦原さんに興味持ったらしくて付いてきた。」
「アタシにッスか?」
意外そうな声を出す浦原に、一護は困惑頻りの瞳で頷いた。
「それは………。」
「随分と奇特な方々ッスねぇ。」
コメントに困って言葉に詰まったテッサイの続きを浦原自身が口にした。
一護は溜息を吐く。
「一護の武術の師匠だって聞いたんです。」
「今日の入学式で、ヤンキーに絡まれた時に一護、随分強かったのに、浦原さんには全然敵わないって言ってたから、どれだけ強いのかと。」
「手合わせ自体、あまりしませんからねぇ。」
へらへらと笑みを浮かべている浦原を、水色は笑顔のまま観察する。緩み切った気配は全然強そうには見えない。
「それはそうと、黒崎サン、酷いっすよ。」
「? 何が?」
「制服姿見せて下さいねって言ったじゃないッスか。」
「今日、入学式だって言っといたじゃん。帰りに寄ったのに、寝てるのが悪い。」
「や、寝付いたのが今朝の八時頃になってからだったもんスから。」
「し・ら・な・い! 折角寄ったのに起きてもいないんだから、私の制服姿なんぞ見せてやらん。」
つんっとそっぽを向いた一護に、浦原がおたおたする。
「自業自得ですな。」
「オレンジ頭が昨日言ってたのを忘れた店長が悪ぃんじゃね?」
「黒崎さんの制服姿、綺麗で可愛かったです。」
テッサイもジン太も当然とばかりに非難し、雨はうっとりと報告する。
「雨……。ああっ、勿体ない事したッス! 制服しかスカートを履かない黒崎サンの生足をっ!」
「あんたはスケベ親父かっ!」
浦原のオーバーリアクションに、頬を微かに染めた一護が怒鳴りながら浦原の頭に拳を落とす。
「頭が痛いっ!」
蹲る浦原に、テッサイもジン太も溜息を吐き、雨だけが心配そうに浦原を覗き込む。
学校での一護は冷めていて、怒鳴るなんて考えられないタイプに見えた。
「今日は組手、相手してよね。折角寄ったのに寝てた罰。」
一護がそっぽを向いたまま言うと、浦原は苦笑して帽子を押さえた。
「はいはい。仰せのままに。」
「僕達も見学させて貰って良いですか?」
水色の申し出に、浦原は一護を窺う。
どうします?
視線だけで問う浦原に、一護は溜息を吐いて見せた。仕方ない、という意味だ。
「んじゃ、テッサイ、よろしく。」
「承知致しました。」
「雨、遊べなくてごめんね。」
「いいえ。」
にこりと雨が嬉しそうに笑う。浦原が寝ていたら、という条件だったので、浦原が起きた時点で雨は諦めていたので、気に掛けてくれた一護の態度が嬉しかったのだ。
三和土の板を捲り、浦原が飛び降りる。一護が続いて梯子に足を掛ける。
「すっごく長い梯子だから、気を付けろよ?」
一護はクラスメイトに声を掛けると、手袋を付けて梯子に結ばれている縄を掴みラッペリング(懸垂下降)で降りて行ってしまう。
「うわっ、一護、すっげぇ。」
「僕等にあの真似は出来ないんだから、大人しく梯子を下りるよ、啓吾。」
「おうっ。」
二人が後に続くと、テッサイは一護が地面に降り立った気配を読み取って勉強部屋に結界を張った。
テッサイの結界が張られた気配に、浦原が一護を振り返る。一護は手袋を外してポケットに入れると構えを取る。
「お願いします。」
「こちらこそ。」
一護が汗を搔き始めた頃、漸く汗だくの水色と啓吾が地面に降り立った。
広い空間に呆気に取られている啓吾と違い、水色はすぐに一護と浦原の方に視線を向けた。
無言で素早く動き撃ち込みを繰り返す一護を軽く受け流していく浦原の技に、水色も啓吾も言葉もない。受け流して一護が少しでも体勢を崩すと容赦なく浦原が反撃に出る。一護は紙一重で浦原の繰り出す突きや蹴りを躱し、間を置かずに撃ち込んだり蹴りを繰り出したりしているが、浦原には一向に決まらない。
「さっき、上であっさり一護に殴られてたから、おっさん、大した事ねぇのかと思ったら、とんでもねぇみてぇだな。」
「一護がまるで気にしてなかったのって、もしかして浦原さんには本当は効いてないって知ってたからかもね。」
浦原が蹴りを入れる。一護は大きく体を仰け反らせたがそれでは避けきれないと踏み、後ろへ下がるのにバック転を入れる。起き上がる前に片手で体を支え、体を起こす反動を利用して蹴りを繰り出す。一護の爪先が浦原の作務衣の袖口を掠め、作務衣に切れ目が入る。
「!」
「スピードを上げますよン♪」
「りょーかい♪」
縦横無尽に駆け巡りながら技を繰り出し続ける二人に、水色も啓吾も言葉もない。
動きが速くなり、技の切れも増してきた二人の動きは、まるでダンスでもしているように軽やかで優雅でさえある。
浦原が横薙ぎに払った腕に、一護が両手を着いてそこを支点にして体を捻り上げ、浦原の側頭部に足の甲を叩き込もうとする。浦原は一護の足を受け止め、足首を掴んで勢いの儘に放り投げる。放り投げられた一護は体を捻って上方に方向転換し、宙返りを入れて勢いを殺す。浦原が一護の下に潜り込んで伸ばした腕を足裏で蹴り付けて後ろに跳んで着地する。
浦原が口笛を吹く。
「やりますね。」
「手加減して貰ってなきゃ無理だっつの。」
悔しそうに瞳の力を強くする一護に、浦原の口元が緩む。
「アクロバットかよ。」
呆れる啓吾を他所に、水色は一護と浦原の動きを目で追い掛ける。一護の動きの方が派手で目立つが、かなりのスピードで動く一護の蹴りや突きを受けても、微動だにしない浦原の身体能力がかなり高い事を、水色は見て取った。一護の跳び蹴りも回し蹴りも、突きも、浦原は、腕ではなく掌で受け止めたり流したりしているのだ。