MEMORY 序章
「い、いただきます。」
浦原の合図に、従業員と一護が声を揃え、水色が遅れて、啓吾も慌てて挨拶した。
一口含んで啓吾は目を丸くした。水色も驚きを隠せない。二人は目を瞠ったままぐるりと見回して、一護を含めて誰も驚いていない事に気付き、騒ぎそうになった啓吾は慌てて言葉を飲み込む。
テッサイの美味しい食事に感激した啓吾はハイテンションになって、浦原に質問し捲りだったが、浦原は体よくあしらってしまう。
食事が終わると、食後のお茶を出してテッサイが下がり、ジン太は風呂へ、雨はテッサイの手伝いで台所へ下がった。
水色のさり気ない鋭い突っ込みや質問も、浦原は上手に躱してしまう。水色はにこにこしながらも、体よく躱されてしまう事に機嫌を損ねていた。啓吾は付き合いの長さ故か気付いて、不思議そうに問い掛けた。
「水色?」
一護は水色の機嫌を読み取り溜息を吐く。啓吾が怪訝そうに一護を見遣り、水色が驚いたように一護を見つめる。
「この人は面倒臭がりで勤勉さに欠けるけど、出来ない事探した方が早い人なんだよ? 高が十五歳の子供をあしらうくらいわけない人なんだから、自分のペースに巻き込めないくらいで一々不機嫌になるな。」
「僕、不機嫌になんかなってないけど?」
水色が繕うと、一護は小さく溜息を吐いた。
「顔色に出てなくても身に纏うオーラが不機嫌を表してる。」
「オーラって、一護ってそういうの判る人?」
「大体はね。ちなみに幽霊の類は、見える・聞こえる・触れるのハイスペックだ。」
「マジ?」
「そ。」
怯える啓吾と違って水色は顔色も変えない。
「へぇ~、便利だね。」
「そうかぁ? 物心付く頃には既に今の状態に近かったから、他を知らないけど、知らない方が幸せな事もあるよ?」
「そう?」
「そう。私は感知力は適度にあるけど敏感じゃないから良いけど、妹の一人なんて敏感だから、感応しちゃって霊が集まる所に下手に行けないよ?」
「感応って、何だ?」
啓吾の質問が入る。
「精神同調を起こす事。霊に感応して生前の記憶っていうか死ぬ時を疑似体験するんだ。」
「えっ、それって………。」
死に際の疑似体験をするという事は、死の恐怖を追尾体験するという事だ。
「口じゃドライな事言ってるけど、感受性が強いからかなりつらい筈だよ。」
「知ってて何もしないわけ?」
「だから言ったろ? 知らない方が幸せな事もあるって。見える・聞こえる・触れるのハイスペックでも、祓える力は今の私にはないんだよ。」
浦原は、一護の瞳に痛みが浮かぶのを見た。
一度死神化し、死神の力が封印されたのだと訴えた事が本当ならば、真血である一護には妹を守る力が本来はある筈なのだ。封印された故にその力を揮えない。そして、日に日に増している一護の霊圧から考えて、一護が内包する力は益々大きくなっているという事だ。これでは、もしも封印が緩めば、暴走をし兼ねない。だから一護は、必死で浦原に食い下がってくるのだろう。力を制御し、暴走させない為に。
浦原に付き合わせた鍛錬が霊力を使わない白打と斬術だけになったのは、クラスメイトだという二人の子供の乱入が原因だろう。迷惑に思いながらも二人を拒絶しなかったのは、秘密にされる方が食いつくものだという心理を慮っての事だろう。
「さて、黒崎サン。送りますよン。」
「うん。今日は流石に、うちの髭達磨から『送って貰わないとペナルティ付ける』って言われてる。お願いします。」
「了解ッス。」
「車を出しますかな?」
「要らないッスよ、テッサイ。アタシの散歩ついでにお送りしましょ。」
「じゃ、着換えてくる。」
「黒崎殿のお荷物は常もの部屋に置いておきましたぞ。」
「はぁい。」
一護がトレーニングウェアに着替え、テッサイが縫ってくれた浴衣を畳んでいると、水色と啓吾が覗きに来た。
「何?」
気配だけですぐに気付いて声を掛ける一護に、「ひゃっ」と啓吾が悲鳴を上げる。障子の隙間から顔を出した二人に、一護は畳んでいる浴衣に視線を落としたままで声を掛ける。
「着替えてくるって言って茶の間を出たのに、どうして声も掛けずに様子窺うかな。」
「へへっ。」
啓吾は少しだけ気不味げに、水色は悪びれもせずに障子を開けて部屋に入ってくる。
一護は手早くはないが、迷いのない手付きで浴衣を畳んでいる。
「一護、和服の扱いに馴れてるの?」
「浦原さんもテッサイさんも、和装の扱いは馴れてるから教えて貰ったんだ。まだ早く出来ないし、浴衣一枚縫えないけど、畳み方だけは何とか覚えた。」
「へぇ。見掛けに因らず、女らしいんだな、一護。」
啓吾の感想に思うところはあるが、一護は敢えてコメントしなかった。
一護は畳み終えた浴衣を持って、押し入れに寄り襖を開けると和箪笥の上に置いた。
「仕舞わないの?」
「一度は袖を通した物だからね。」
元の位置に戻ると置いてあったバッグを持って立ち上がる。
「あんた等も帰るんだろ。この時間じゃバスないし、途中まで一緒に帰る?」
「そうだね。」
「もっちろん♪」
静かな水色と違って、ハイテンションの啓吾は父親と共通するところがあるので、一護にとっては鬱陶しい。
「お待たせ、浦原さん。宜しく。」
「こちらこそ。」
「じゃ、ジン太、雨、またね。テッサイさん、ご馳走様でした。」
「おう、また来いよ、オレンジ頭。」
「おやすみなさい、黒崎さん。」
「おやすみなさいませ、黒崎殿。店長、きちんと送り届けられるのですぞ。」
「わかってますよン。」
「「お邪魔しました。」」
浦原と共に家路を辿る道すがら、人通りが少な過ぎる事に、水色は気付いた。啓吾は、一護に構って貰おうとしてはしゃいでいる所為か気付いていないようだ。
「この三年で、随分、背、伸びましたね、黒崎サン。」
「えへへっ。10㎝伸びたよ。163㎝になった。」
「もう充分ッスか?」
「え~、165,6㎝は欲しいかな。」
「160㎝あったら充分だろ、一護。」
「ん~。体術でも剣術でも、身長差20㎝が許容範囲ギリギリなんだよねぇ。」
「許容範囲?」
「実力が拮抗している条件下で勝てる可能性のある身長差って事。」
「?」
「浦原さん、背高いもんね。」
水色が納得したように頷くと、珍しく苦い表情になる。
「浦原さんとの実力差は、今のところお話にならんわい。私が身長欲しいのは、高校生の娘にプロレス技仕掛けてくる髭達磨対策だ。」
「へ?」
一護とそっくりな美人の写真を壁に貼っていた一護の父親が、一護にプロレス技を仕掛けるという事態が理解出来ず、水色と啓吾は目を点にする。
「……まだ、やってるんスか、一心サン。」
浦原が呆れたように言うと、一護は渋い顔で頷いた。
「いつまで幼稚なコミュニケーション仕掛け続ける心算なんだろ、あの親父。」