MEMORY 序章
溜息吐きつつの一護の言葉に、浦原は苦笑するしかない。一護が娘らしい自覚が薄いのは一心の仕掛けるコミュニケーションの所為かも知れない、と浦原は思い当たる。いつ何時プロレス技を仕掛けられるか判らない状況下では、下手に髪を伸ばす事も出来ないのだろう。柔らかな猫ッ毛は指通りも良く綺麗な髪だというのに勿体ない事だ、と思う。
歩きながら空を見上げた一護が、気持ち良さそうに伸びをする。
「ん~。明日も天気良さそうだ。ジョギング日和になりそ。」
「もしかして毎朝ジョギングしてるの?」
「してるよ。今の時期なら、明るくなる頃には、走ってる。」
「いつから?」
水色の声が一段低くなったので、一護は視線を戻して水色を見た。
「母が亡くなった後だから、六年前くらいからだね。」
「えっ、一護、お母さんいないんか⁉」
「いないよ。でなきゃ父のお昼ご飯作りに態々帰らないよ。」
「あ……。」
「鈍いよ、啓吾。」
「気が付いてたのかよ、水色ぉ。」
「当たり前だろ。リビングのポスターみたいな写真に『Masaki for ever』って書いてあったじゃないか。」
えええぇぇぇ~っ!
悲鳴を上げる啓吾に、水色は笑顔だ。
「一心サン、相変わらずなんスね。」
「まぁね。母がいなくなったから、あのハイテンションの暴走を止める人がいなくなって、うちは年中賑やかだよ。」
肩を竦める一護に、浦原はふと口元を緩めてから、扇子で口元を隠して声を低めた。
「小島サン、かなり聡い人みたいッスね。」
「だねぇ。けど、私には無害だと思うよ。」
「そッスか?」
「私に有害なのは寧ろケイゴの方だと思う。あのハイテンションは父と一緒だ。」
「あ~。そッスね。……それ以外でも、ある意味かなり有害かも知れないッス。」
「それ以外?」
「判らなければ良いんスよ。」
不思議そうに小首を傾げる一護の仕草は、年相応の幼さを滲ませる。
左に入れば一護の家、真っ直ぐ進めば空座駅になる辻で、水色と啓吾は一護達と別れた。途端に、二人の周囲に人波が戻る。
「? 今までやけに静かだったよなぁ。」
啓吾が不思議そうに水色に話し掛ける。
「そうだね。」
見える・聞こえる・触れるのハイスペックな霊感体質だと言っていた一護が、歩いているにも関わらず、道々完全な無反応だった。そして、祓えるは一護の力にはないのだとも言っていた。ならば、一護ではない他者の干渉があったという事だろうと水色は思う。水色にも啓吾にも、その手の能力は欠片もない。この場合、考えられる他者は浦原しかいない事になる。
水色は駅まで歩きながら、携帯でインターネット経由の調べ物をした。電車に乗ってからも続けた結果、『結界』というものに行き当たる。明日学校で一護に訊いてみよう、と心に決めて帰宅した。