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MEMORY 序章

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 髪の色が派手で目立つ事と、顰め面で目付きが悪い所為で、中学に上がってすぐに上級生に目を付けられた記憶から、一護は伊逹眼鏡を掛け始めた。硝子越しで緩和された視線は、ゆっくり走らせてもヤンキーの勘に触る事はないらしく、目付きを理由に絡まれる事はなかった。更に前髪を下ろして眉間を隠す事で、顰め面を誤魔化した。
 教師受けを良くして於けば、女である事を考慮してヤンキーに絡まれても災難は一護側と思ってくれるだろうと考え、元々それなりだった成積の上昇に労力を費やした。
 功を奏して、地毛だと訴えても染める事を強要する頭の固い(悪い?)教師を除いて、校長から担任まで容認してくれた。風紀を建前に個性を漬す事を団体教育と勘違いしている生活指導の教員に対しては、職員室で奥の手を使った。
 場所を職員室にするのは、殆どの教師が成積を理由に容認してくれているからだ。成積の良さを鼻に掛けて好き勝手をしている子供、という少数の、捻くれ者の意識改竄も狙っての一石二鳥も謀った。

「何度も申し上げました。私の髪色は天然です。睫も同じ色でしょう⁉ カラーリングを禁止しているのに、先生は校則違反を強制なさるのですか?」
「そんな天然色がある訳ないだろう!! 親はどういう躾をしてるんだ!!」

 生徒の家庭環境の基本情報も把握せずに説教しようなんて、矢張りこの生活指導の頭は固いのではなく悪いのだと認識する。
 間を置かず、わっと声を上げて両手で顔を覆う。

「非道いです、先生ッ! 天然を否定するばかりか、亡くなった母まで悪く言うなんて! 品物を残さなかった母譲りのこの髪を、云わば唯一の母の形見をそんな風にッ....!」

 忽ち職員室に残っていた先生方の非難は生活指導に向けられる。
 普段感情を現さない一護の涙声に、担任は本気で狼狽えている。

「もう良いから教室に戻りなさい、黒崎さん。お母さんを亡くして、小さな妺さん逹もいて、家事も部活もしながら、上位の成積を取っている貴女に、遊んでいる暇がある筈もないわ。」

 両手に顔を埋めた儘の一護の背中に手が添えられ、廊下へ押し出される。一護は、廊下に出ると職員室のドアに背中を預け、磛く教師逹の声を聞いた。家庭環境の情報も把握せず個人攻撃する行為は、生活指導の名の下に生徒に対する虐めだと非難する声まで拾ってから、顔から手を離し無表情で教室へ戻る。
 机の傍にニヤニヤしている竜貴と心配そうな織姫が並んで一護を迎えた。

「見掛けに因らず、一護は役者だよね。」

 クスリ、と笑いを漏らす竜貴に、織姫が目を丸くする。

「職員室で生活指導に苛められて黒満ー護が泣いた、なんて噂が立ったけど、アンタがそれくらいで泣くかっての。」
「ええッ!?」

 織姫の上げた大声に秘かな注目が凝視になる。

「姫。」

 静かに織姫を呼んで窘めたー護が周囲を見回すと、クラスメイトは三々五々に散っていった。

「ごめんね、いちごちゃん。」
「いいよ、姫。人聞きの悪い事言わないでよ、たつき。涙は出てないけど心情的には泣きたくなったんだから。涙が出ようが出まいが、私の髪色は母から譲り受けた唯一のものだ。」
「「一護(ちゃん)。」」

 あの、母を失った雨の日から、ー護は泣かないのではなく、泣けないのだ。意識が回復した時には既にあった自分のものではない壮絶な記憶と共に、自分の内側の奥深くに大きく渦巻く奔流のようなものがある。感情的になったらそれが暴走してしまう気がして、無理に抑え込んでいる。溜め込み過ぎないように小出しする手段としてピアノを選んだ。一護の思惑に気付いていたらしい父が何かしたようで、ピアノ室は防音だけでなく霊的にも遮断されている事に最近気付いた。
 記憶の中の一護は、直情的で直感的であまり熟考しない性質だった。昂った感情を起爆材に高い戦闘能力を引き出していたけれど、その消耗は考えていなかった。だから余計にボロボロになった。尤もその一途さが、永く生き過ぎて楽に生きる事を無意識に選んでいた死神達の心を動かした要因かも知れない。
 身の内奥深くにある奔流を暴走させるわけにはいかない。
 記憶の中の一護より抑制力が強くなった分、感情に素直でなくなった事を踏まえると、事態が記憶通りに進んでも記憶通りの結果にならないかも知れない。
 記憶が再現される事を望むのか?
 経験が再現されるなら、不手際を踏んだ事を修正出来るから?
 経験不足の子供故に哂した弱さを今度こそ隠せる可能性があるから?
 けれど一度経験した痛みは、耐性よりも恐怖を齎すものになり易い。
 訪れると決まった訳でもない未来に怯え、思考がネガティブに迷走を始める。

「たつき、姫。部活行かなくて良いの? 私は行くよ。」
「「ぁ…。」」
「姫に稽古着けるの土曜の夕方だよね?」

 帰り仕度をしながら、竜貴が織姫に護身の為に教えている空手の稽古日を確認する。

「おう。一護も来る?」
「時間が取れたらね。」
「場所は常もの公園。」
「了解。」

 無汰な時間を取られた場合に備えて前以て準備しておいたから、仕度に時間は懸からない。

「また明日。」
「バイバイ、たつきちゃん、いちごちゃん。」
「じゃあね。」

 女子部員はマネージャーしかいない剣道部は、女子は試合は出来ないが、基本を覚えられれば構わないと思ったから籍を置いている。
 顧問の先生は、健全な精神は健全な肉体に宿るなんてお題目を唱えているけど、何処にだって不穏な輩はいると相場は決まっている。
 当然、精神鍛練を主目的に発展してきた日本武道の世界の端っこだって例外じゃない。稽古という名目の扱き、苛めの実情はある。
 狙われる標的にされている分、一護には相手のある鍛練の機会が増えている為、実はありがたい現状である事に、下級生に自分のストレスをぶつけている事に恥を感じない子供は気付く気配もない。空手を続けて鍛練している一護は、中一の女子にしては過ぎる程に基礎体力がある。ストレス発散に一護を苛めた心算の上級生が、部活終了時に息を荒げているのを他所に、一護は数度の深呼吸で息を整えて、下級生の仕事となる部室の後片付けと掃除に取り掛かる。
 護廷十一番隊の荒稽古に参加した記憶のある一護が、現世の中学生の部活動に怖れを抱く筈もない。変に度胸が裾わっていて冷静沈着な所為で、生意気に見えるらしいのはどうしようもない。人間は、特に子供は、異分子に敏感に反応して排除しようとする。力で劣る弱者は数を集めて強者になり、異分子=悪という公式を当て嵌めて自分の行いを正義と断じる。稀に多数決を正義と見做さない者がいる。竜貴や織姫や茶渡のように。彼等が強いのはカよりも心だろう。
 彼等や家族を護りたい。
 記憶の中にある未来が訪れるとは限らない。けれど、訪れないと楽観視して何も備えなければ、万が一、その時が訪れた時、失いたくない、失わなくても良い筈の命を失う事になってしまう。



作品名:MEMORY 序章 作家名:亜梨沙