MEMORY 死神代行篇
試験勉強中にも伝令神器が鳴るが、一護はルキアの催促を無視して勉強を優先する。
「一護っ!」
「……定期試験を受ける気などないんだろう、ルキア。心配しなくても虚を消してくれる誰かがいるし、消滅させられても響くほどの量を消せる力のある奴などいないだろ。」
「しかしっ……。」
「気になるなら、誰が、何の目的で、虚を消してるのか調べてみたらどうだ?」
一護の提案に、ルキアが詰まる。
その様子に、一護は溜息を吐き、教科書に集中する。
一護は、伝令神器に指令が届くよりも早く虚の出現を感知出来るようになっていたが、敢えて行動には出さなかった。
何度か伝令神器に指令が届きながら、ルキアと一護が駆け付けると虚が消えているという事態が続き、一護は溜息を吐く。
「文句があるならはっきり言えっ!」
「ルキアに文句があるわけでも、伝令神器が壊れているわけでもねぇっつの。」
「何っ⁉」
「言ったろう。指令が出ても駆け付けた時に虚が消えている事態を、誰が、何の目的でやっているのか調べてみろって。」
ルキアは一護の言葉に目を瞠る。
「一護、貴様………。」
「……知ってるさ。誰が、何の為にやってるのかくらい。」
「何故、言わなかったのだ?」
「只の八つ当たりだからね。自分の弱さを認めたくない為の責任転嫁だ。そんなものに付き合ってやる義理はないんじゃね?」
「八つ当たり? 責任転嫁?」
「現世の最後の滅却師の生き残りが虚に襲われた時、地区担当の死神に指令を出さなかったばかりか、死んだ後も魂を捕えて実験体として研究資料にしやがった鬼畜がいるんだよ。」
「滅却師の生き残り、だと⁉」
驚愕するルキアに、一護は溜息を吐く。
「ルキアにとっちゃ、滅却師なんて教科書の中でしかお目に掛った事無い存在なんじゃね?」
「お前は滅却師を直に知っておるのか?」
「私の母親は元・滅却師だ。」
「嘘だっ!」
石田雨竜が割って入る。
ルキアは雨竜の存在に驚いたが、一護は驚いていない。表情を変えない一護に、ルキアは一護が初めから雨竜の存在に気付いていた事に思い当たる。
「いい加減な事を言うなっ!」
「どうしていい加減なのさ。」
背中を向けていた位置から正確に雨竜に向き直り腕を組む一護に、ルキアは推測が正しい事を確信する。
「最後の滅却師は僕の師だ。君の母親が最後の滅却師なわけがないだろうっ!」
「日本語の意味も正確に取れないのかい? 学年首位が呆れるねぇ。」
「なっ⁉」
「学年首位、とは、同じ学年なのか?」
真顔で尋ねるルキアに、一護は呆れたように視線を向けた。
「私より人の顔を覚えられない奴がいるとは思わなかった。」
「何だとっ⁉」
「猫被らなくて良いのか、ルキア?」
「?」
「クラスメイトだぞ。」
「!」
息を詰めたルキアは、一護と雨竜の顔を見比べて、視線を泳がせてから諦めたように溜息を吐いた。
「おお。石田の前で猫被りは諦めたか。賢明だな。」
自分を蚊帳の外に置いて会話を進める一護にイラついた雨竜が口を開こうとしたタイミングで一護が口を開く。
「石田。あんたはじーさんを尊敬するあまり、父親を毛嫌いして事実確認すらしてないだろうが。」
「!」
「滅却師の存在が、どういう存在なのか、本当の所は何も知らないだろう。」
「君は知っているとでも言う心算かっ⁉」
「あんたよりは知ってるんじゃねぇの?」
「随分と思い上がっているじゃないか。」
冷静に言葉を紡ぐ雨竜の内心の苛立ちも、一護には見えている。
「私の母親が元・滅却師だというのは本当の事だよ? あんたの実家に資料が残っているかどうかは知らないけど、あんたの父親と私の母親は従兄妹同士だからね。」
「何っ⁉」
「そんな事も知らないくせに、私が何も知らないと思っていたなんてそれこそ思い上がりじゃないのか?」
一護少年は石田雨竜の言葉に翻弄され挑発されていたが、記憶のある一護にとって石田雨竜の挑発は物の数ではない。反対に雨竜を挑発する事など容易い事だ。
「虚を消滅させる能力があるからって正義の味方の心算か?」
「そんなんじゃないっ!」
「だったら悲劇の主人公の心算か?」
「何を言っているんだ? 君こそ、死神になったからって……」
「死神の現世での役目は虚を浄化する事だ。それを怠る者は死神の役目を果たさない者だ。そんな輩がいるからといって全ての死神に恨みを向けるのは視野が狭い子供の所業だと思うぞ。」
「君に何が判るっ!」
「その言葉その儘テメェに返してやるよ。私が死神だからって理由だけでテメェの恨みを向けられたんじゃ迷惑なんだよ。」
「何だとっ⁉」
「私の母は虚に殺された。」
「えっ⁉」
驚いている雨竜を哀れむような視線で見遣って溜息を吐いた。
「虚の罠に掛かりそうになった私を庇って殺されたよ。」
「それで、虚を………」
「恨み辛みじゃない。虚は元は成仏出来なかった霊のなれの果てだ。死神には浄化する力がある。私は、私と私の家族を守る為に命を張ってくれた死神の恩義に報いる為に死神代行業してるだけだ。」
睨んでくる雨竜に、一護は冷たい目を向ける。
「自分の都合を他人に押し付けんじゃねぇよ。あんたの祖父さんが虚に襲われた時に死神が助けに来なかっただのなんだの思ってんだろうけどね。虚が減らないのは死神の所為じゃない。」
「君に何が理解るっ!」
「自分の弱さを認めない為に他人に責任転嫁してる奴の気持ちなんざ。私には理解んないよ!」
「!」
「私には何が起こったのかも判らない内に母が死んでた。ずっと、私の所為で母は死んだと思ってた。母を殺したのは私だと思ってたよ。家が虚に襲われた時、ルキアから私の霊圧に惹かれて虚が襲ってくるんだって言われるまでね。」
「!」
一護は真剣で真っ直ぐな目で雨竜を見据える。
「身を挺して戦えなくなるまで家族を守ってくれたルキアを前に、私がやるべき事は、虚を浄化する役目の死神に責任転嫁する事じゃない。ルキアのお陰で力を得たんならその力で死神代行をするだけだ。」
唇を噛む雨竜に一護は鋭い視線を向ける。
「死神がどうの恨みがどうのと、あんたに言われる筋合いはないよ。」
眉を顰めている雨竜に、一護はとどめの様に口を開く。
「それと、あんたは滅却師の力を見せつけたいみたいだけど、私の力は死神としてはかなり弱い方だ。あんたの祖父さんを見殺しにした死神は隊長位に着いてるマッド・サイエンティストだった筈だよ。隊長の中じゃ一、二を争う弱い隊長だけどね。」
「なっ……何を知ってる?」
「石田宗玄。あんたの滅却師としての師匠で祖父だったね。」
「師の名まで知っているという事は………」
「あんたの母親が死んだのは、単なる病気の所為じゃない。」
「何を知ったかぶって……」
「あんたは何も知らないのに、憶測を真実の様に思い込んで周りを敵視しているガキなんだよ。」
「このっ……!」
怒りに駆られて滅却師の弓を出し、霊子の矢を打った雨竜に、一護は掌で霊子の矢を打ち払った。
「!」
驚く雨竜に溜息を吐き、一護は雨竜を見遣る。
「その程度の力で滅却師の誇りがどうのなんてよく言えたもんだ。」
「このっ…!」
作品名:MEMORY 死神代行篇 作家名:亜梨沙