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MEMORY 死神代行篇

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 虚圏から現れた大虚を消してしまった事態は、既に尸魂界に知られているだろう。ルキアへの追手が掛かるのは時間の問題だ。
 “記憶”の中では一護が駆け付けた時、雨竜は阿散井恋次に殺され掛けていた。あの場に雨竜がいたのは偶然だったのかどうかの記憶はない。
 霊絡は目の前にしていなければそうそう判らない筈だが、雨竜は気配に敏感らしい。本人が此処にいるのだから、訊いてみるのが一番だと思い、一護は雨竜に向き直る。

「石田。」
「なんだい?」
「お前、死神の存在を気配とかも感じるのか?」
「……どういう意味だい?」
「ん~~。遠くても気配があれば判別が付くのか、目の前にしないと判らないのかって事を訊きたいんだ。私と違ってかなり敏感みたいだからな。」
「……空座町くらいの広さなら、端にいて反対側の気配が判るくらいかな。」
「あ~、なるほどねぇ。」

 “記憶”の中で連れ去られそうになっていたルキアの傍に雨竜がいた事は偶然ではなく意図的だったという事なのだと結論付けて、一護は小さく息を吐いた。

「浦原さん。」
「ハイ?」
「ルキアへの追手、誰が来ると思う?」
「朽木さんへの追手って、どういう意味だ?」

 理解っていない雨竜が口を開いた。

「石田が考えてる事態だと、ルキアは重禍罪を犯した事になるんだ。」
「え?」
「死神能力譲渡は処刑されても文句の言えない重禍罪なんだよ。」

 ずっぱりと言ったのは一護で、驚いてルキアの顔を見た雨竜の視線をルキアは俯いて避けた。そして一護の言い方に違和感を覚える。

「『僕が考えている事態だと』?……それって、僕が考えている事態は正しくないって事なのか?」
「おお、流石学年主席。」
「茶化すな、黒崎。」

 睨む雨竜に一護は小さく肩を竦める。

「ルキアの霊力がやたらと低いのは、回復しないからなんだけど、それほど低くなったのは虚に霊力を食われた上に、私の封印を解くのに力を使い果たした所為だ。」
「封印?」
「私は母が死んだ時に死神化したのを封印されていたんだよ。」
「! そんな莫迦なっ! 有り得ないっ!」
「……って、誰でも思うよな。その判断は尸魂界でも同じになるんだろうな。」
「本当の事を……っ」
「言ったら私は拘束されるだろうな。現世の生き人だって事は無視されて、尸魂界の、瀞霊廷の理屈を押し通されるだけだろうさ。」

 ふん、と一護は鼻先で嗤う。

「ルキアの代わりに自分の命を差し出す気は流石にないなぁ。私は、命懸けはするけど、命を捨てる心算はないからね。」
「一護。」
「黒崎。」
「黒崎サン。」
「黒崎さん。」
「黒崎殿。」
「オレンジ頭。」

 一護の決意に、夫々が一護の名を口にする。
 しかし、浦原が“記憶”通りに、ルキアの魂魄を普通の人間のそれにする為に霊力を回復させない義骸を与えたのは、一護にとって少々の計算外だった。
 尤も浦原にとってルキアは、藍染を釣り上げる為の餌の一つに過ぎないのだろうから、ある意味仕方ないのかも知れない。
 一護自身とて、浦原にとっては手駒に過ぎない。一護自身は、それを承知の上で今まで動いて来たし、過越してきた。
 現在の一護にとって問題なのは、死神の力がルキアからの借り物ではなく、一護自身のものだという事だ。
 ルキアが連れ戻される事をスルーすれば白哉と対峙する事はないが、それだと雨竜が恋次に殺される確率が高い。かといって卍解を習得していない現在の一護では白哉に敵う筈もない。

「ルキアの事だから一人で身を隠そうとするだろうけど、そんなのすぐに見つかるに決まってるし、死神能力譲渡だと思い込んでるなら譲渡した相手を聞き出そうとするに決まってる。ルキアは殺されたって口を割らないだろ?」
「当然であろう。そんな事実はないのだ、」

 胸を張るルキアに、一護はふっと息を吐く。

「だからって、本当の事は言わないだろう? それをすれば、最悪私は尸魂界に強制収容だ。」
「………。」

 一護の言葉を否定する術をルキアは持っていない。

「だったら、僕が……っ!」
「石田。」

 ルキアを助けると言おうとした雨竜の言葉を遮ったのは一護の鋭い声だった。

「言ったろう。隊長格の力は絶大だ。限定霊印、隊長格の霊力が現世に影響を及ぼさないように体の何処かに打たれる制御の為の印だが、それを打たれていて、苦も無く大虚を倒せるのが隊長格だ。」
「! ばかなっ!」
「私はコントロールが苦手だから、石田にも簡単に私が死神だって判ったろうけど、隊長格になればコントロールも上手いんだ。その気になればそれだけの高い霊圧を持っていても完全に消す事だって出来る。」
「いくらなんでもそれはないだろう。」
「あるんだよ。現に石田は隊長格の死神に気付いてないじゃないか。」
「は?」
「私が初めて会った死神だって言ってたじゃないか。今までの地区担当の死神に気付かなかったんだろう?」
「え?」
「空座町は重霊地だから、地区担当の死神がいないなんて事は有り得ない。」
「まさか……」

 雨竜にとっては思いも掛けない事を次々告げられて、半ばパニックを起こしていた。一護は雨竜の様子に溜息を禁じ得ない。
 一護の言葉に違和感を覚えたルキアの視線に気付いて小首を傾げる一護に、ルキアは口を開いた。

「私の霊力が回復しない、という事に気付いておったのか?」

 ルキアの疑問に、一護は横目でちらりと浦原を見て、ルキアに向き直った。

「……原因は知らないよ。霊力の回復の為に義骸に入っている筈なのに、ルキアの能力は普通の人間並みになっていくばかりだったからな。」
「!」

 一護の視線に気付いた浦原は、「知らない」と言った一護の言葉が嘘である事にも気付いた。浦原は、扇子で口元を隠してルキアに表情を読まれないようにした。
 一護がものの本質を見抜く力に長けている事は気付いていたが、よもや浦原の企みにもあっさり気付いているとは思わなかった。気付いているばがりか、ルキアには教える心算もないらしい事にも驚いた。

「黒崎サンが死神化しなければ、朽木サンの霊力を奪った当人と認識されないんじゃないッスか?」

 一護は溜息を吐いて、傍に畳んで置いてある自分の服の上に載っているペンダントを手にする。

「『金紗』。」
『どうしたの、一護?』

 一護の掌の上に載った『金紗』の姿を見る事が出来るのは一護以外には浦原とテッサイだけだった。不思議そうな顔が並ぶ事で気付いた一護が霊絡を視覚化するのと同じ力を掌に集中させると、見えなかった者の眼に銀の髪と白を帯びた金の衣装を纏った少年の姿の小人が映る。

「な、なんだっ?」

 慌てる雨竜を置き去りに、一護は先を進める。

「金紗、私の体の内側で鎖結と魂睡だけを晶露に包んで護るって出来る?」
『出来なくはないけど、晶露に包んだ瞬間に霊力の全てが使えなくなるよ?』
「金紗も動けなくなるって事?」
『うん。解除が出来なくなっちゃうね。』
「あ~、じゃあ、駄目かぁ。」

 一護はがっくりと肩を落とし、金紗が姿を消す。
 あーでもない、こーでもないと、提唱し、考察を繰り返す一護や雨竜や浦原を必死で止めようとするルキアに、一護は苦笑する。
作品名:MEMORY 死神代行篇 作家名:亜梨沙