MEMORY 死神代行篇
「え、只の変態……。」
目も当てられないと言わんばかりに、一護は掌で顔を覆った。
「言いたい放題ッスねぇ。」
浦原がいっそ楽しそうに扇子で隠した口を開く。
「ま、こやつが変態なのは事実じゃからの。」
「夜一サンまでひどいっ。」
黒猫が嘯くのに、一護は苦笑こそすれ咎める気配も見せない。浦原も明らかに泣き真似と判る態度を取るだけで、咎める気配はまるでない。
コンが首を傾げると、一護は苦笑する。
「話を戻すぞ。浦原さんは尸魂界への通路を開く事が出来るんだよ。」
「だったら俺も……っ!」
「アホ。改造魂魄如きに何が出来る。今の私の力じゃ隊長格に勝つのはきついんだ。お前の面倒まで見れるか。」
「一護っ!」
「第一、尸魂界に行ってる間の私の体、あんたが預かってくれなきゃあ困るんだよ。」
腕を組んで自分の体に入った儘のコンを睨む。
「ったく。面倒な。」
「面倒、じゃと?」
「浦原さんがルキアの霊力を戻せない義骸なんぞ貸すから面倒になったんじゃんか。」
一護のボヤキに反応した夜一に不満をぶつけるように言葉を継ぐ。
「! 知っておったのか。」
「尸魂界に見つかる前に、ルキアの霊力が無くなって只の人間の魂魄になれば御の字くらいに思ってた?」
一護は浦原に向き直って、溜息を吐く。
「それとも、私が父にも言わず浦原さんにだけ打ち明けた事を、信じてはいなかった?」
「……。」
無言の浦原に、一護は浦原が一護の言い分を信じていなかったのだと知る。
一護は苦虫を噛み潰したような表情になって髪を掻き回した。一護の不機嫌度が上がるに連れて霊圧が上がる。
「ちょっ……一護っ!」
コンはすぐに一護の霊圧に耐えきれなくなって逃げを打つが、浦原も夜一も平然としている。
一護の後ろに『斬月』と『天鎖』が姿を現す。
『ご機嫌斜めだなぁ、王?』
『気を鎮めぬか、一護。』
「いいい、一護ッ、そいつらなんなんだよっ!」
姿を見せた斬魄刀の化身に腰が引けたのはコンだ。
「私の斬魄刀の化身。斬月のおっさんは兎も角、天鎖に下手な事を言って怒らせるなよ?」
「何でっ⁉」
「礼儀とか無視する奴だから。」
『ひでぇ言いようじゃねぇか、王よ。』
「喧しいわ。否定出来る根拠があると思ってんのか?」
『……いや、ねぇか。』
『黙っておいた方が賢明だな、天鎖。』
斬月の低い声が仲裁に入って天鎖が口を噤む。
「死神能力譲渡とかなくても、他にいくらでも罪状をでっちあげてルキアを連れ戻す画策するに決まってんだから、下手に霊力を失くされた方が困る事態招くっての。」
一護が顰め面で言うと、浦原がハッとして一護に視線を向ける。
「黒崎サン……?」
「中央四十六室が無事じゃない可能性は高いよ?」
「なん……じゃと……?」
夜一が会話に割り込む。
「ルキアの捕獲に来るのが朽木白哉だったら、良くて四十六室が奴の傀儡になってると思った方が良い。」
「傀儡、じゃと……?」
「奴の斬魄刀の能力、本当のところ知ってる?」
夜一は無言になり、一護が視線を向けると浦原が帽子の唾を下ろして目元を隠す。
「斬月、天鎖、あんた達は、奴の斬魄刀の能力知ってるんじゃないか?」
『何故?』
『知ってるわけねぇじゃん。』
斬月が口を滑らせた隙を一護は見逃さなかった。浦原に視線をやると、浦原も気付いたようだ。気付いたらしい天鎖が舌打ちをする。
一護がくすりと笑いを漏らす。
『王?』
「天鎖が浦原さんを嫌いな理由、判った気がする。」
『あ?』
一護は小さく首を振って、斬月に視線を合わせる。
「浦原さん。」
「ハイ?」
斬月に視線を合わせた儘呼び掛けた一護に、浦原は不思議そうに返事をする。
「私を尸魂界に送り込みたいのは、奴の本性を護廷隊に教える為、なんだろ?」
「まさか。」
浦原が帽子の唾を下げた事を視界の端に捕えて、一護は浦原の嘘を見抜く。
「永久追放の処分をされて自由に動けない浦原さんの代わりに動く駒になってやるよ。」
一護は斬月から視線を逸らして浦原に向き直る。
「黒崎サン……?」
一護は腕を組んで思考に陥る。
「石田は、死神の気配がしたらでしゃばるよね。」
確認するように呟いている一護の思考の邪魔をしないように、浦原も夜一も無言でいる。コンが口を開きそうになったのを、浦原が扇子で口元を叩いて黙らせる。
「石田の行動は、連れ戻そうとする死神にとっては邪魔だから、間違いなく攻撃されるけど、今の石田の力じゃ、上位席官には敵わない。況して予想通りなら隊長格だ。」
そこに一護が石田を助ける為に乱入したら……?
死神化してなら、ルキアの死神能力譲渡の証拠だと思い込まれる。
完現術だけで乱入したら?
ふと、気付いたように、一護は浦原に向き直る。
「浦原さん。石田が乱入したら、私が助けに入っても構わないよね?」
「死神化してッスか?」
「しないで、だよ。完現術だけ使ったら霊絡に意識向けないだろ?」
「けど、隊長格にはとても敵いませんよ。」
「いいんだよ。死神側が自分の邪魔をしたとかって言っても、現世の人間を護るのが死神の仕事であって殺すのは仕事じゃないんだから。」
「!」
「伊達に浦原さんと付き合ってこなかったんだから、理屈捏ねるのは苦手じゃないよ?」
片目を閉じて下手糞なウィンクをする一護に浦原は苦笑する。
浦原は、今の一護の力量では尸魂界に乗り込むには足りない事を自覚させる為に、ルキアを迎えに来る死神にぶつける心算だったが、一護は疾うに自覚済みだったのだ。
ならば、石田を戦力に加える為に助ける以外の接触は必要ない。
不安要素はあるものの、一護はある程度計算しているらしいと見て取った浦原はいざという時は手を出す心算で見守る事にした。
作品名:MEMORY 死神代行篇 作家名:亜梨沙