MEMORY 死神代行篇
一護の行動の意味が理解らずにいるルキアにせがまれて、浦原は梯子を使って勉強部屋に降りる許可を与えた。浦原は一足先に地下に降り立ち、『刃禅』を組む一護を見つける。
気配に敏感な一護が、浦原が後ろに立っても気付く気配もなく刀に集中しているのを見て取り、浦原は思わず口笛を吹いた。
『一護』
一護が集中してすぐに、その声は聞こえた。
『聞こえるか、一護。』
『ああ、聞こえる。』
『我が名は“斬月”。お前の斬魄刀だ。』
斬魄刀の名乗りを聞いて目を開けた一護は、“記憶”の通りの景色が広がっているのを目にする。横向きになった摩天楼。体を起こし、視界ではなく体感覚で立ち上がる。
視界には黒いコートを纏いサングラスを掛けた壮年の男の姿があった。
「あんたが“斬月”?」
「そうだ。」
「ふうん。渋い男だなぁ。」
「お褒めに与り光栄だ。お前は我を取って戦う気が、本当にあるのか?」
「この三年の私を、見ていなかった?」
「……いいや。」
「なら、理解るでしょ? 私は自分の立つ位置を守りたい。家族を、友人を、知人を、みんなが暮らす世界を、護りたい。私と同じ痛みを抱える者を少しでも減らしたい。」
「………良かろう。ならば我が名を呼べ。私を走らせろ。」
「あんたは走る事を望むのか?」
「そうだ。」
「そうか。」
「一護。」
「ん?」
「お前は、月牙天衝を知っているのか?」
「私の精神世界にいても記憶までは見えないか?」
「お前にとってその記憶は思い出ではなく、単なる情報なのだろう。」
「そうか。……ん? 私は父に“記憶”について話した事があるんだが……?」
「過去の事は聞いた。が、未来に関わる記憶の内容は聞いた覚えはないぞ。」
「ああ。うん。内容については父にも話していなかったからな。」
「これから起こる事を、知っているのだったな。」
「私の未来かどうかは判らんぞ。私の記憶にあるのは、男としての黒崎一護が死神代行として生きて本物の死神になった頃までの記憶だからな。」
「差異はあったのか?」
「五萬とあるぞ。第一に私は女だからな。それに、記憶の中の斬月は常時開放型で“一護”は解号を知らん。」
「そうか。」
くすりと、“斬月”が笑う。
「お前は私が何であるか知っているのか?」
「………そうだね。でも、私にとっても“彼”にとっても、あんたが斬月である事には違いないと思うな。」
「……そうか。」
「それに、私としては、虚と融合した私の死神の力は“斬月”というよりは白い月みたいだと思うしね。」
「面白れぇ事を言うじゃねぇか。」
一護と斬月の会話に、割り込んできた声があった。驚いてみると、空間から一護と色を反転させた姿で但し男性体が現れる。
「………。」
「何を呆けてやがるんだよ。」
「や、斬月は理解るんだけど、あんたまで男性体って………。」
「俺は元々虚だった力と融合したからな。」
「名は?」
「ねぇよ。」
「教えてくれないのか?」
「そのオッサンに盗られちまったからな。」
「……なら、私が付けてもいいか?」
「気に入らなかったら承知しねぇぞ。」
「え、そう言われると困るけど。記憶の中の一護の卍解が“天鎖斬月”でさ。おっさんが斬月なら、あんたは天鎖かなって。……安易かな。」
「何故、天鎖斬月に拘る?」
「天鎖斬月って、天の月と、鎖を斬る、の組み合わせじゃないのか?」
「気付いたか。」
「その通りだ。」
「月牙天衝もそういう形だからさ。虚としての名はホワイトだったろ?」
「ふん。」
「天鎖は気に入らないか?」
「……いいや。それで良いさ。」
「うん。」
表情筋を動かさなくなっている一護の、本心から浮かべた無邪気な笑みに、天鎖は苦笑する。
男としての黒崎一護と、女の自分では違いは五萬とあると一護は言った。確かにそうなるだろうと、天鎖と名付けられた本来の斬魄刀は思う。一護が男であれば、自分は一護から体を奪い自分が生きる事を望んだ可能性が高いが、目の前の子供に抱く感情は守りたいという虚の混じる自分らしからぬものだ。
「そろそろ戻れ。夜が明けるぞ。」
「うえっ⁉ 寝不足決定かい。」
「今日は土曜日とやらで授業はなかったろう。」
「テスト前の補講があるんだよ。午後からは修行の予定だったんだけどなぁ。」
「眠ってても修行は出来るぜ?」
天鎖がにやりと笑う。
「疲れたら眠る意味がない。」
うんざりしたように一護が答えると、天鎖はくすくす嗤った。
「頑張って、具現化出来るようにするから、待ってて。」
そう言い置いて精神世界から去った一護に、天鎖も斬月も言葉なく見送った。
「斬月さんよ。」
「うむ。」
「次元を渡った甲斐が、あったようだなぁ?」
「そうだな。」
二人の言葉を聞けば、一護には記憶の謎は解けたかも知れないが、二人には一護に教える心算はなかった。
次元を超えても、性別すら違っても、黒崎一護の本質は同じだったのだ。
だから、一護の思うが儘に進めば良いのだ。
真咲の死の真相を知った故に、この世界の一護の精神世界は雨続きにはならなかった。
記憶がある故に、戦う覚悟を持っている。
自分のルーツを知る一護は、“斬月”が抑え込んでいた真の力を発揮する事が出来るだろう。
精神世界から戻った一護の傍には、浦原とルキアが立っていた。
「浦原さん、ルキア。」
「何故、お前は刃禅を知っておるのだ。」
「……私にも情報源があるんだ。」
「浦原か?」
尋ねたルキアに、一護はふわりと柔らかな雰囲気を纏う。表情は変えない。瞳にだけ笑みを浮かべている。
「で、うちの連中にどんな記憶植え付けてきたの?」
「知らん。」
「あ?」
「ランダムなのでな。」
そんな処まで記憶と同じか、と内心でごちて、一護は額を押さえて溜息を吐いた。
「で、ルキア?」
「何だ?」
「私が体に戻ったら、どうやって死神化する心算だ? 私は自力じゃ出来んぞ。」
「安心しろ。お前が刃禅を組んでいる間に浦原と交渉済みだ。」
「左様か。なら要らぬ心配だな。浦原さん、結界宜しく。」
「はいな。」
一護は立ち上がると、二人から距離を置いた。
小首を傾げるルキアと静かに見守る浦原の二人の前で、一護は浅打ちを抜くと肩と水平になるように刀を持った腕を上げた。
「走れ、斬月。」
一護が解号を唱えると、一護の握る長刀は、柄の長い、鍔のない刃の広い刀で全身が黒い。出刃包丁を細長くしたような形だ。
「黒崎サン。」
「一護?」
目を閉じて霊圧を探る一護に、浦原とルキアが声を掛ける。
「結界、浦原さんが張ってる?」
「そうッスよ。」
「防御の力と一緒に使える?」
「断空使えって事ッスか?」
「ん~。技の威力の調整覚えたいから付き合ってほしい、かな。あ、このまま続けるのは拙いか。うち帰んなきゃ。」
説明を求めて声を掛けたルキアに気付かないのか応える気がないのか、ルキアを置き去りに話を展開させてしまう。
一護は、さっさと始解を解いて鞘に収めてしまった。
始解をする前とは違う形になった斬魄刀は、銀鼠地に赤銅色の糸で風紋が抜き描かれた柄を持ち、黒鉄で月の意匠の鍔と、黒地の鞘の、シンプルですっきりした形をしている。
作品名:MEMORY 死神代行篇 作家名:亜梨沙