MEMORY 死神代行篇
仮眠を取ったらやはりというか案の定というか、寝過ごしてしまった。
傷が手当されていたので、記換神器が使われたのだろうと思っていたが、夜中にトラックが突っ込んだという記憶に塗り替えられていたのは半ば呆れた。記憶だけで事態に納得出来るものではない筈なのだが、何故か一心も遊子も納得していた。夏梨は冷静な性格上、納得しきれていないのだろう。
三時間目に間に合った一護は、先に来ていたルキアを転入生と紹介されて溜息を吐く。
すぐに引っ張り出されて尸魂界からの指令だという虚を退治して魂葬も行った。
学校帰りについてこようとする水色と啓吾を笑顔で追い払い、ルキアと共に浦原商店に寄った一護は、起きたばかりの浦原と一緒に昼食を摂り、課題という休憩をしてから、客間に一護の体を置いて地下勉強部屋へ降りた。
「テッサイが結界を張ってくれてますンで、思う存分力を揮ってくれて構わないッスよ、黒崎サン。」
へらりとした口調の浦原が紅姫を構える。
「起きろ、紅姫。」
一護は斬魄刀を抜いて解号を唱えた。
「走れ、斬月。」
途端に上がった霊圧は、見守るルキアの周りに張られた結界がなければ膝を着いていたに違いない。一護の全身を青白い霊圧が包み、踏み出した一護のスピードは生身とは比べ物にならない。
「!」
一護は無言で浦原に斬り掛かり、切り結ぶ。浦原が仕掛ける鬼道を一護は霊圧を鎧う事で防ぎ、一護が仕掛けた白打は浦原に鬼道で防がれる。走り、跳び、躱し、目まぐるしく攻守を入れ替え繰り返していたリズムがいきなり崩れ、一護が距離を取る。
「?」
一護の唇が動くが、音はルキアの耳に届かない。
一護が振り下ろした刀から光が迸る。
瞬間、浦原の体の前に赤い盾が浮かび上がり、迸った光を遮る。地面に走る亀裂が浦原の盾で左右に分かれている。
再び技の名を唱えたのだろうか、一護の唇が少し動いたが、やはりルキアの耳には届かない。
真っ直ぐに浦原に向けられた刃先から三日月のような形の光の刃が放射状に放たれる。
次いで一護が刀の刃先をくるりと回し、描いた円の中心に刃先を向けると、描いた円から同じ光が放射状に走った。
どちらも浦原の掲げた盾に阻まれる。
「紅姫の前には児戯にも等しいかな。断空でも阻める?」
「後からの二撃は可能ッスけど、先の一撃はもう少し強ければ無理ッスね。」
「そっか。天衝がそこまで強いとなると、虚相手じゃ強過ぎて使えないかな。放散は虚の数がやたらと多い時には何とか使えるかな。でも、狙い撃ちが効かないからなぁ。」
「一撃目は、加減して撃ったんスか?」
「え、うん。軽く、撃っただけだよ。溜めがどこまで可能か判んないけど、あまり貯め過ぎると大きくて制御出来ないしね。」
「霊圧制御に尽きるわけッスね。」
「そゆこと。」
溜息を吐く一護に、浦原はおや、という表情になる。
「黒崎サン?」
「死神になると晶露明夜が使えないみたいなんだよね。」
「……原因判ります?」
「ん~、多分、ペンダントが器子構成だからだと思う。霊体になっても身に着けていられるように出来る?」
「出来ますよン。」
「お願い出来る?」
「良いッスよ。」
「ありがと。」
ほっとしたように、ふわりと一護の纏う気配が緩む。
「私の力って、防御が薄いみたいなんだよねぇ。」
「ははぁ。確かに攻撃主体みたいッスね。」
「攻撃は最大の防御、なんて言葉もあるけど、護る為の戦いに防御の力を持たないんじゃ話にならない。」
「霊圧で鎧っていたじゃないッスか。」
「十分霊圧が残ってる状態じゃないと使えないよ。それに、もし守るべき対象を背中にしたらどうすりゃいいのさ。自分が避けたら駄目じゃん。」
「ああ、まぁ。そうッスねぇ。」
紅姫の血霞の盾は絶対の盾だ。それと同レベルは望むべくもないが、一護は護りたいから力を揮うのだ。
攻撃は最大の防御、思い出して、浦原は気付く。
「黒崎サン。」
「え?」
「一撃目、天衝でしたっけ? 攻撃に対してそれを当てたらどうッスか?」
「……鬼道を逆回転で相殺するみたいに?」
「そうッス。」
浦原の頷きに、暫し考えた一護は溜息を吐いて呟いた。
「やっぱ、力の大きさの調整が自在に出来ないと困るって事かぁ。」
「出来ませんか?」
「出来、なくはないのかなぁ、って感じ? 繊細な作業は上手く出来なさそうだもんねぇ。」
『悪かったなぁ。』
「(所詮は私の斬魄刀って事だね。)」
「練習あるのみッスよ。」
「…だね。」
拗ねたような天鎖の声が頭の中で響き、続いて浦原の声が投げるように耳に届く。
「経験を積むしかないッスからね。……『剃刀紅姫』。」
言いざま紅姫で霊圧を放ってくる浦原に、一護は反射的に赤く色付く霊圧に向けて月牙天衝を放っていた。放った力は大き過ぎ、紅姫の剃刀を薙ぎ払い浦原に向かう。浦原は血霞の盾で防いだが、一護は防がれた事よりも、浦原が避ければ壊す気のない勉強部屋を壊してしまうところだった事に眉を顰めた。浦原は一護の内心などお見通しとばかりに、気にする素振りもなく続けて放ってくる。
一護は背中に護るべきものがある設定らしく、その場を動かず剃刀紅姫を月牙天衝で相殺しているが、防ぎきれずに何度か受けている。自身の霊圧を纏い鎧っている為、傷こそ負っていないが、目に見えて消耗している疲労ぶりだ。
ルキアが眉を顰める頃、上から降りてきたジン太がルキアの横に着地した。
「店長~! そろそろ飯だぞ~!」
メガホン越しに発せられた声は、すぐ隣のルキアには耳が痛い程で、思わず耳を塞いだ。
連続していた浦原の攻撃が止み、一護は刀を支えにその場にへたり込んだ。
「お疲れ様ッス。」
杖に戻った紅姫を手に近寄った浦原が差し伸べた手に掴まって立ち上がった一護も、始解を解いて斬魄刀を鞘に収める。
「初めてにしちゃ、なかなかッスね。」
「うえぇ~。やっぱキツイ。」
ぐったりした表情で浦原と共にルキアに歩み寄る一護に、ルキアが溜息を吐く。
「浦原、貴様は一体何者なのだ。」
「だ~から、しがない駄菓子屋の店主ですってば。」
「一護、お前もだ。」
「……さぁ?」
「! 巫山戯ているのか⁉」
「別に巫山戯てはいないけど、何者だ、言われてもねぇ。抑々私は、自分が死神になった事は判ったけど、何故そうなったかなんて理解らないし。」
困惑しています、と表現するように小首を傾げてみせる一護に、ルキアも言葉に詰まる。
浦原にしてみれば、一護が死神になった経緯こそ判らないが、死神と滅却師の間に生まれて身の内に虚を宿す存在だという認識はある。だが、それをルキアに告げるわけにはいかないだろう。
キッと視線を向けてくるルキアに、浦原は肩を竦めるしかなかった。
「まぁまぁ、ルキア。今日、この後、うちに来る?」
「うちに、というと、朽木さんを堂々と住まわせようと?」
どうやって家族を納得させる心算か、と目線で訊いてくる浦原に、一護は考えるように視線を上向ける。
作品名:MEMORY 死神代行篇 作家名:亜梨沙