MEMORY 尸魂界篇
急激な上昇に驚いている夜一の眼前で、一護は益々霊圧を上げ小さな爆発を起こした。土煙が晴れた其処には、黒い長衣と袴を身に纏い、漆黒の剣を手にした一護が立っていた。
「一……護…?」
夜一が事態を把握出来ずに戸惑いの声を上げた次の瞬間には、一護は夜一の目の前に立っていた。
「私の卍解の修業はさ、卍解習得の為の修業じゃなくて、卍解を使いこなす為の修業、なんだよ。」
「! 一護っ!」
一護は言うと手にしていた漆黒の剣を転神体に突き立てる。
転神体は、忽ちマントを纏った若い男の姿に変わった。
『思い切った事を考えたな、一護。』
「この後、間違いなく白哉と当たる。白哉相手にボロボロになってるわけにゃいかないんだ。」
『……よかろう。相手をしてやる。』
「天鎖斬月。」
一護が愛しそうに、二人の斬魄刀の名を呼ぶ。
「天鎖斬月。夜一さんの霊力が尽きるまでの時間しかない。手加減してる余裕はないと思っていいぞ。」
『……そうだな。』
軽く踏み付けただけのような助走なしの動きで、天鎖斬月はあっという間に一護との距離を縮める。一護は苦も無く天鎖斬月が斬り付けた剣を受け留める。
夜一の見守る中で剣戟を交わしながら、ぐんぐん一護の戦闘技術は上がっていく。
剣戟に載せた霊圧で周囲が破損していく中、一護は霊圧を鎧の如く身に纏い掠り傷一つ負わない。
一護の限界が来るよりも、夜一の霊力が尽きる方が先だった。
いきなりふっと消えた天鎖斬月に、一護は踏鞴を踏んで転びそうになる勢いを殺す。
ふうっと息を吐いて卍解を解いた一護に、霊殊核の造り出す結界の中にいながらも圧倒されていた花太郎と岩鷲は漸く息を吐いた。
夜一は、よもやまさか、卍解を習得する為の転神体を、卍解を熟練させる為に使うなどと言う使い道は思いも掛けず、しかも消費される霊力が半端なく多い事に驚いた。それは即ち一護の卍解時の霊圧が如何に高いかを物語っているという事だ。
「まさか、既に卍解を習得していたとはのう。」
夜一の溜息混じりの言葉に、一護は気不味そうに首を竦める。
「死神の力を手に入れると同時に、斬魄刀の名前も聞こえて始解には至ってたんだ。その後も時間がある時は地下部屋借りて修行してた。」
「……もしや、ルキアが連れ戻された時には卍解まで至っていたなどという事は……。」
「流石にそこまでは、ねぇ。」
「真かのぅ。」
「おや、疑われちゃった。」
表情を変えない儘のお道化た物言いは、浦原譲りか。
夜一がじろりと睨むと、一護は肩を竦める。
「マジでさ。浦原さんとの十日間の修業で瞬歩が自在に使えるようになって、ぎりぎり卍解まで至ったんだってば。」
「一護……。喜助は何故、その事を儂に……。」
「卍解は習得しただけじゃ駄目だからさ。特に奴には到底敵わないだろう?」
「………。」
一護が言いたいのは、力があると思えばゆとりも生まれるが、同時に驕りも油断も生まれる事に繋がるという事だ、と夜一は察した。未だ十六になったばかりの子供の筈が、歴戦の戦士のような考え方をする。
「夜一さん。」
「なんじゃ。」
「確認したい事があるんだ。」
「確認?」
「四楓院家って、天腸兵装番だよな?」
「……そうじゃ。」
「なら、双殛を破壊出来る何かも管理してんじゃね?」
「……何を言いたいのじゃ?」
「それを、浮竹さんだっけ? ルキアの上司に、渡してやってくれると助かるかもって、思ってさ。」
夜一が深々と溜息を吐く。
「既に浮竹には託してある。」
「あ、そうなんだ。なら、私が燬鷇王と遣り合う必要なくて済むかな。」
「……。」
夜一は滔々頭を抱えてしゃがみ込んだ。
この子供は一体どこまで事態を把握しているのか。
「主は、事態がどう転ぶか、先読みでも出来るのか?」
「予見の力なんてないに決まってんじゃん。私に判るのは過去のデータだよ。そこから、何があって何が無くて、可能性としてどうなるかの見当を付けてるだけだ。瀞霊廷に入ってから誰と遭遇するかの見当なんて付かなかったし。夜一さんがどう動く心算なのかも知らなかったし。」
夜一は気持ちを切り替えるように深く息を吐く。
「主はどうする心算なんじゃ? 卍解を習得しても奴には敵わないという。なら、例え白哉坊を倒して気持ちを変えさせる事が出来ても、ルキアを助けられないかも知れんぞ?」
「白哉が、従うべきではない掟もあるって認識してくれたら、今はそれで良いと思う。浮竹さんは、海燕さんの一件でルキアが負った心の傷を心配してるし、京樂さんは、百年前の事も気付いてはいたんだろ? だったら今回の事に疑念を持つくらいしてる筈だ。卯の花さんだって、かなりの切れ者だって聞いてる。いつまでも奴に騙された儘じゃいないだろ。」
「総隊長殿については何も言わんのだな。」
「……何も知らないから、何も言えないんだよ。」
「……なるほどの。」
カッカッカッ!
軽快に笑って、夜一は立ち上がった。
「どうやら、お主は、儂が思っておったよりも遥かに大人じゃったようじゃの。」
「どういう意味だ?」
「主が白哉坊に勝ちたいのは、ルキアを殺そうとしているからではのうて、立ち向かうべき敵を見誤っておるあやつの目を覚まさせる為という事なんじゃな。」
「? そういう事になるのか? わかんね。」
一護は、夜一の言葉に首を傾げながら溜息を吐くと、卍解を解いてから霊圧を上げて斬魄刀を実体化させる。
現れたのは天鎖で、天鎖は不機嫌そうに一護を見遣る。
『斬月さんじゃなくて、どうして俺を呼び出しやがった?』
「斬拳走は、斬月でも良いけど、鬼も含めてとなるとお前じゃなきゃ無理だ。」
『……ふん。』
「それに、斬月は卍解を許可って形で許したに過ぎない。本当に屈服したわけじゃなかろ。況してや天鎖は許可すら怪しいからな。」
『そこまで判ってんなら良いさ。相手してやるよ。』
虚の力でもある天鎖を御せなければ、一護は自分の力を使えると言えない状態なのだと認識している。
“記憶”の中で、虚と融合した一護の本当の斬魄刀は、戦いは本能だと言い、理性で戦おうとする者など王の座でいさせないと宣言していた。
一護少年はそれに納得し、受け入れた上で虚を退けていたが、一護は違うと思っている。
戦うという事が獣の行為なら、牙である本能は強さのバロメーターだろう。だが、本能だけでは傷付け傷付く事しか出来ない。剣八のように楽しむだけでは護れない。それでは駄目だ。一護が戦うのは、護る為だからだ。本能だけで直走れば必ず暴走する。暴走すれば、自分以外を傷付けるだけの力の塊でしかなくなる。そんなものは強さではない。理性と言う手綱で力を御し、攻守を使い分けて初めて護るべきものを護れる戦いが出来るのだ。
一護には護りたいものがたくさんある。
護りたいものを護るには、自分で自分を御していく事が出来なければならない。だから、浦原の所へ通い請うて霊力の御し方を教えて貰ったのだ。
どれだけ熱くなろうとも、刀が刀の形を保っていなければ斬れない。ドロドロに溶けた鉄の塊となってしまった刀では、共に溶け崩れてしまうだけだ。
作品名:MEMORY 尸魂界篇 作家名:亜梨沙