MEMORY 尸魂界篇
六番隊牢を脱走した身であるので、恋次は秘かに双殛の丘に登らねばならなかったのだが、瞬歩でも卍解でも霊圧を感知されてしまう。考えあぐねていると、一護が事もなげに言った。
「双殛が解放された隙に動けばバレないぞ。」
「あ、そうか……ってか、それじゃ間に合わねぇじゃねぇかっ!」
「心配すんな。燬鷇王は私が止める。言っとくが、白哉倒すよりも黒幕からルキアを護る方が大変だぞ。」
「はん! 心配しなくても果たしてやるよ。」
「……期待してる。」
岩鷲と花太郎から双殛の丘に隊長達が集まり始めたと報告があり、湯から上がって夜一の着替えを借りてその上から死覇装を纏った一護に、夜一が天踏絢を手渡す。一護は受け取ったものの、天踏絢を見て恋次に視線をやり、花太郎を見て、岩鷲を見て、夜一に視線を戻す。
「どうした?」
「コレさ、私より、岩鷲に渡してやってくんないかな?」
「岩鷲にか?」
名を出された岩鷲が自分を指差しながら疑問を顔に浮かべる。
「コレ、天踏絢、だろ? 気を失ってた私や、花太郎や岩鷲を此処に連れて来る時に夜一さんが使った。」
「そうじゃ。」
花太郎が猫姿の夜一を抱いて天踏絢を握ったら、夜一が天踏絢に霊力を注いで空を飛んだと話してくれた。
「……少し前から、剣八の霊圧の傍に一角の他に、チャドの霊圧を感じるんだ。で、移動してる。」
「おお。井上の霊圧も感じるのう。」
「やっぱそうか。それって、姫が何かの加減で剣八と合流して首尾良くチャドと石田も助け出したって事だよね。」
「首尾良く、かどうかは判らぬがの。」
溜息を吐く夜一に一護は苦笑する。
「剣八が旅禍連れて走り回ってたら、真面目な隊長さん達が難癖付けてでも止め立てするよな。」
恋次に向き直る一護に、恋次はこっくり頷く。
野放図な十一番隊隊長の行動は、生真面目な隊長の顰蹙を買っている。
「なら、姫とチャドと石田は、やちるの案内で双殛の丘を目指すだろうから、岩鷲はみんなと合流してくれ。」
「丘の上でドンパチやっとる間に天踏絢で岩鷲が移動すれば、皆と合流出来るというわけか。」
「花太郎も行っとけ。」
「あ、はい。」
一護は無言で夜一に天踏絢を返し、夜一の手から岩鷲に天踏絢が渡され使い方がレクチャーされる。
「行くぞ、恋次。」
「おうっ……ってか、指示すんな!」
隠れ家の入口から外に出た一護は、恋次の腕を掴むと瞬歩で崖を登り双殛の丘に足を着けた。平らな地面に出ると恋次の腕を放して、霊子で足場を造りながら瞬歩で移動して高い位置まで登る。
双殛が解放される様に見入っている隊長達は、一護に気付く気配もない。
解放された燬鷇王が磔架に括られたルキアに向かう。
巨大な炎の鳥の嘴がルキアを貫くかに見えた瞬間、燬鷇王の動きが停まる。
「……一……護……?」
「他の誰に見える?」
「なぜ……。」
「ん?」
背中で構えた斬魄刀で燬鷇王を受け留めながら、一護は暢気にルキアと会話している。
「何故、来たのだ? 私は助けなぞいらぬっ!」
「……本気で言ってんなら、巫山戯んなっ!だ。」
「いち……。」
一護の斬魄刀に止められた燬鷇王が、態勢を整えて第二撃の攻撃に移るべく一旦引く。
チラリと地上を窺うと、白い長髪の男が明るい色の短髪と黒い髪の男を従えて駆け寄ってくる姿が視界に入る。白い長髪の男は何か大きな物を抱えている。派手なピンクの着物を纏って笠を被っている男が呼応するように動くのを見て、一護は霊子の足場を蹴って体の向きを変える。
一護が磔架に足場を変えたと同時に、燬鷇王の動きを停めるように紐が巻き付く。一護は燬鷇王の破壊を浮竹と京樂に任せると、ルキアの意識が二人に向いている隙にさっさと磔架を破壊に掛かる。
浮竹と京樂が注いだ霊力で燬鷇王が破壊されると同時に、ルキアが磔にされていた磔架に大きな力が加えられる。
「冤罪で殺されそうになってんのに、助けは要らないだぁ? 斯波海燕から託されたものを伝えてもいない身で、死んでも良いなんて思ってんじゃねぇぞ。巫山戯るな!ってんだ!!」
「一…護…。」
ルキアの身は残った磔架に立つ一護に抱えられていた。
あっさりと磔架を破壊してのけた一護の存在に、死神達が呆然としている姿が見える。
「一護、これからどうする心算なのだ?」
「逃げる。」
「これだけ多くの隊長達のいる所からどうやって……。」
「……前に、やる事がある。」
「?」
見上げた一護の横顔には、何かを見据える強さがある。
「悪いがルキア。今回の件、黒幕がいる。その黒幕を誘き出す為に囮になってくれ。」
「……命の保証は?」
「出来ると思う。」
断言しない一護に、不安材料が多いのだと窺い知れる。
「身の安全は?」
「ガードは着ける。」
「お前ではないのだな。」
「ルキアとガードが囮やってる間に、私は白哉を何とかする。」
「兄様を……なんとか出来るのか?」
「出来るか、じゃない。する。」
黒幕とやらには不安要素は多いのに、白哉はなんとか出来る自信があるのか、と小さく溜息を吐く。
「判った。信じるぞ。」
「応。」
一護が誰をガードに着ける心算なのか、とルキアが思っている傍から、双殛開放の任に就いていた隠密機動の者達が打倒される。
ルキアが目を瞠った瞬間に、目の前に恋次の顔があった。
「恋次、後は任せた。」
「お、おう。」
磔架の上から恋次の前にルキアを連れて移動した一護の瞬歩に、恋次も目を瞠る。
「な、何をしている! 殛囚を逃がすな!」
若い女の声は二番隊隊長・砕蜂のものだろう。
「副隊長全員で行け!」
叫ぶ砕蜂の声を聞きながら、一護は恋次を押しやり、立ちはだかるように斬月を地面に立てて素手で走ってくる三人に向き合う。
「奔れ!! 『凍雲』!!!」
「穿て!! 『厳霊丸』!!!」
「打っ潰せ!! 『五形頭』!!!」
解号を唱え終わった瞬間に、大前田の巨体が一護の突きで吹き飛ばされ、次の瞬間には雀部が剣を握る手首を囚われて顎を張り上げられ、事態を把握出来ずにいる間に虎徹勇音は一護に突かれて吹き飛ばされた。
勇音の体が地に着く前に、駆け寄った白哉の刀が一護に延びる、が、一護が握った斬月に阻まれて届かなかった。
「見えてるぞ、朽木白哉。」
「あの場で殺さずに見逃してやった命を、態々捨てに来たか、小僧。」
「見逃した? 何を言ってやがる。あの時私が邪魔したのは、テメェの所の副隊長が八つ当たりで現世の人間を殺そうとしていた事に対してだけだ。咎められる謂れはないぞ。」
「貴様がルキアから死神の力を奪ったのだ。言い掛かりなどではあるまい。」
剣戟を交わしながらの会話に、一護は苦笑する。
「なるほど。やっぱ、自力で死神化出来なきゃ害がないくらいに思って見逃して下さったわけだ。」
「抑々それだけの関りにも拘らず、態々尸魂界まで乗り込んでルキアを助けようとするのは何故だ?」
「こうなる事が判ってて、身を挺してうちの家族を護ってくれた。ルキアには借りがあるんだ。」
「借り、と言うか。」
「借りは返す主義だ。それがプラスでもマイナスでもな。」
作品名:MEMORY 尸魂界篇 作家名:亜梨沙