MEMORY 尸魂界篇
「隊によっちゃ、副隊長に勝るとも劣らない筈だ。」
「ほぇぇ。」
空鶴の登場で岩鷲の意識がルキアから逸れている間に、一護はルキアの首枷を外す。一護が首枷に触れて、それが融けるように消えていくのを白哉もルキアも驚愕の眼差しで見つめる。
「兄は、何をしたのだ?」
「ん? 霊子分解。」
「霊子分解だとっ⁉ そのような高等な技を……っ!」
ルキアの驚愕の叫びにも一護は動じない。
「白哉、もういいだろ。ルキア放して力抜けよ。私を庇った時の傷、開いてんだろ?」
「さっきの奴にかい?」
雨竜の問いに、一護は頷く。
一護の言葉に浮竹も京楽も驚く。
先程まで生死を賭けた戦いをしていた直後だった筈なのに、白哉が一護を庇うとは思いもしなかったのだ。
ルキアが白哉を支えるように座らせ、白哉は深い息を吐いた。
「間もなく四番隊が駆け付けるだろ。」
一護は白哉を横たわらせた傍らに腰を下ろしながら呟く。
「朽木隊長はんは、一護ちゃんが女の子って知っとったん?」
「……戦闘の後で知ったのだがな。」
少女相手に本気で戦いを挑んで負けた事は白哉にはこの上ない恥だという認識があるので、口が重い。
「一角も剣八も気が付かないんだもんな。」
小首を傾げている一護に、ルキアが溜息を吐く。
「現世の少女が、更木隊長と対等に渡り合うなど、普通は思わぬ。」
「剣八は手加減してたんだ。全力で来られたら敵うわけなかろ。」
「藍染隊長も気付いてへんかったもんなぁ。」
ギンが声を挟むと、集まった隊長格達がギンに視線を集中する。
一護の性別を知って驚いた時すら放さなかった乱菊に囚われた儘のギンが、溜息を吐いて一護に向き直る。
「一護ちゃん、なんで君、乱菊に僕を放すな言うたん?」
ギンの質問に、乱菊も改めて一護に視線を向ける。
「その前に一つ質問。」
一護は“記憶”通りに事が進んでいる為かなりの確率で予想が当たる事は信じられたが、絶対はない。
「乱菊さんの誕生日って、市丸と初めて会った日?」
「! 何で知って……っ!」
乱菊の答えに、一護はほっと小さく安堵の息を吐く。
「市丸ギン。あんた、藍染惣右介の斬魄刀の能力を封じる術、知ってるよな?」
「封じる術、じゃと?」
口を挟んできたのは山本元柳斎だ。
「………。」
「術を訊いてないぞ、私は。知っているか、と訊いているんだ。」
「……知っとるよ。それがどうかしたん?」
割り込んで問い掛けようとする元柳斎を、一護がキッと睨む。
「奴が自ら馬脚を露すまで気付きもしなかったじーさんは、暫く黙っとけ!」
「貴様! 総隊長に向かって……っ!」
無礼なっ!と続くだろう砕蜂を遮ったのは夜一だ。
「夜一様……。」
「一護の申し様、尤もかと存じますが、如何ですか、総隊長殿?」
「……一理あるの。この場は譲るとするかの。」
後でいくらでも訊ける、と言外に告げている元柳斎に、一護は何を思うわけでもないのか気にしていないようである。
「もう一つ訊く。」
「何?」
「二十年近く前、鳴木市で次々死神が死亡した事件の虚、ホワイトっていう、藍染が作った虚?」
「………そうや。」
思いも掛けない言葉が聴こえて乱菊の手が緩む。隙を突いて逃げを打とうとしたギンを縛道で捕まえたのは一護だった。
「君、鋭いなぁ。」
「この話で乱菊さんが動揺する事は見当が付いてた。あんたが護廷に入った本当の目的も、見当が付いてる。」
「………。」
「藍染も、気付いてる。」
「!」
ギンが微かに息を呑む。それを、縛道を掛けている一護は見逃さなかった。
「奴はあんたを信用して封じ方を教えたわけじゃない。面白がってるだけだ。出来るものならやってみろ、とな。」
「………。」
無言になったギンに、ルキアが恐る恐る口を開く。
「一護? それは、どういう意味だ? 市丸隊長は藍染隊長の部下、なのだろう?」
「………東仙要は藍染の忠実な部下の筈だが、市丸は多分違うな。」
「! お前に東仙隊長の何が理解るっ!」
叫んだ檜佐木に、一護は冷めた目を向ける。
「少なくとも、あんたが顔に入れた刺青の元に当たる人が、尸魂界を追われる原因を作った内の一人だって事は知ってるよ?」
「何っ⁉」
更に噛み付こうとする檜佐木を遮るようにギンに確認を取る。
「そうだろ? 市丸ギン。」
「……驚いたなぁ。なんでそないな事まで知っとるん?」
ギンから肯定が返り、一護は溜息を吐いた。
「私を浦原さんの部下だと思ってたのは藍染の方だ。」
「そやかて、浦原のにーさんが、そないな詳しく教えとるなんて思われへんもん。」
「ま、確かにあの人は自分の過去なんか話すような人じゃないな。」
一護は小さく息を吐く。
「藍染が何をする心算なのかは、大隷書回廊を調べれば判るんじゃないか? まぁ、それは今後の護廷のお仕事だ。それよりも、総隊長殿?」
「……なんじゃ?」
「私達は、未だ、旅禍、なのか?」
一護が言外に籠めた意味に気付いた元柳斎は溜息を吐く。
「ぬしらの働きがのうては、被害はもっと広がっておったじゃろうの。中央四十六室が全滅しておった今、一時的にじゃが決定権は儂にある。不問に付そう。」
「どうも。」
一護は片手を挙げると、白哉の傍らから立ち上がり、恋次の治療をしている織姫に近付く。
「姫。恋次の傷、塞がった?」
「うん。でも……。」
「霊圧は姫の力じゃすぐに戻んないだろ。その辺は四番隊の回帰術に任せた方が良い。それより、白哉の傷、塞いでくれる?」
「あ、うん。」
「恋次、治ったわけじゃないんだから、まだ動くなよ。」
「………。」
一護に付いて白哉の傍に腰を下ろした織姫は、白哉の体に袈裟懸けに走る傷に気付いて顔を顰める。
「双点帰盾。」
織姫の詠唱に、オレンジ色の光が白哉の体を包むように膜を張り、見る間に傷が塞がっていく。
「井上……。」
驚いて前屈みになるルキアに、一護が肩を抑える。
「死神化した私と接触した影響で、姫の能力が目覚めたんだ。回帰術とは違うから、霊圧はすぐには戻んないけど応急処置には向いてる。」
驚くルキアに、一護は安心させるように頷く。
ギンを拘束していた乱菊は、檜佐木と共にその場の収拾を図る為に動き始め、代わりにギンを引き受けたのは夜一だった。
白哉の傍らでルキアに付き添う一護と、大人しく夜一の拘束を受け入れているギンを見比べていた元柳斎が、ふむ、と息を吐いて口を開こうとしたが、一護がそれを遮った。
「詳しい話は収集を付けてからの方が良くないか?」
一護は言って、治療を受けても起き上がる事も出来ない恋次と治療中の白哉に視線を走らせる。
壊れた双殛、四楓院家の紋が入った燬鷇王の破壊に使われ放置された儘の道具。
一護と白哉の戦闘で抉れた双殛の丘の地面。
白哉、狛村、恋次と重症の隊長格。
「む………。そうじゃの。」
逸る気持ちを抑え付けるように一つ溜息を吐いて、元柳斎は指示を飛ばし始める。
作品名:MEMORY 尸魂界篇 作家名:亜梨沙