MEMORY 尸魂界篇
「だって、鏡花水月の催眠下にない隊長格いるのか? 例えば、鏡花水月の催眠効果で藍染を総隊長さんだと信じて指示に従ったら、どうなるんだ? それに多分、藍染に心酔してるのは東仙要だけじゃない。」
眉を上げる元柳斎の無言の促しに、一護はギンに視線を走らせて口を開いた。
「奴が創った崩玉に流魂街の住人や死神達の魂魄を与えてたって件、藍染自身が動いていた筈はないんだ。東仙だけで熟し切れた筈もない。なら、藍染の部下は他にもいるって事じゃないか?」
誇りを忘れて藍染に心酔している愚か者もいる筈だ、と一護に言われて、その説得力に、反論の術もなく凹む者もいる。
一護は溜息を吐く。
死神の住まいである瀞霊廷を安全な場所と言い切れない理由を述べられて、反論出来る者はいなかった。それが出来なくなるほどには、隊長二名の裏切りは衝撃が強かったという事だろう。
「かといって、現世でもなぁ。」
「いっその事、創った本人に責任を取らせてはどうじゃ?」
夜一の意見に、纏まり掛けた場に、一護は一抹の懸念を覚える。
「四十六室に冤罪で処分され、崩玉の存在が知れたら危険物を作った責任を取れと言われて、いくら浦原さんでも気の毒な気がするなぁ。」
ぽつりと呟く一護に、隣でルキアが口を開く。
「勝手に私に魄内封印をした責を取らせるには、釣り合いの取れた良い方法だと思うぞ。」
「あ~。……うん。そうだな。じゃ、これは夜一さんに預けとく。」
言って一護は崩玉を夜一に差し出した。
「良いかの? 総隊長殿。」
「その危険物を藍染惣右介に渡さなんだ手柄は、偏に黒崎一護にある。黒崎一護がそれで良いと申すなら、良かろう。」
「承知じゃ。」
夜一はにやりと笑って崩玉を受け取った。
一護はルキアの前に腰を下ろしている夜一の肩に手を伸ばして軽く触れる。斜め後ろを振り仰いだ夜一に、一護は視線を向けてじっと見つめて瞬きをした。
「夜一さんは、今夜は実家に泊まるのか?」
「ん?………そうじゃの。」
「砕蜂さんが喜ぶんじゃね?」
小首を傾げて言う一護に、夜一は一護が潜ませた意味を読み取る。
「そうじゃのぉ。したが、今夜は砕蜂は忙しいじゃろうからの。明日の晩は儂に付き合えよ、砕蜂。」
「は、はいっ、夜一様。」
夜一が指先で入れた合図に気付いた砕蜂は一瞬戸惑い、すぐに返事をした。
「で、崩玉の行き先も決まったし、市丸ギン?」
一護がギンに視線を向ける。
一護が掛けた縛道が有効で霊枷を嵌められた儘とはいえ、ギンから意識が離れていた死神達が内心で臍を噛みながら視線を集中させる。
「何かあるん? 一護ちゃん。」
「いっその事、鏡花水月の封じ方、口にしちゃわないか?」
一護が小首を傾げながら言うと、ギンは溜息を吐いた。
「そら、此処で口にしたら一部の人には信用して貰えるかも知れへんけど、同時に僕は用済みになるんと違うかなぁ。」
「情報を引き出されて、今までの罪状に基づいて処刑じゃ嫌だって?」
「処刑されても文句言えん事しとるから何も言えんけど、せめて藍染隊長の顛末くらいは見ておきたいて思うんやけど。」
口をへの字にしたギンに、一護は溜息を吐く。
藍染の正体に気付かず、気付いても良いように手玉に取られてしまった死神達など、ギンにしてみれば信用出来ないのは当たり前なのだろうと、一護も思う。
“記憶”との差異は数々あれど、藍染の出方が“記憶”通りである以上、時期がずれるだけで最終的には同じ結果を引き寄せる事になるだろうと思っている。ならば、東仙要は兎も角、市丸ギンは死なせたくないと思うのだ。
ギンが護廷隊を信用出来ず、あくまでも一人で事を為そうとするのなら、ギンの命が奪われる事を阻止するには、一護が無月を習得する為に懸けられる時間は一時間も使えないという事だ。“記憶”の中ではこれから先に行われる魄内闘争を既に済ませている一護には、出来ない事ではないのだろう。
「頑固だね。」
「そんな事あらへんよ?」
にやにやと笑うギンに溜息を吐いて、一護は元柳斎に視線を向けた。
「市丸が尸魂界側に付けば確実に戦力に数えられると思ったんだけど、これじゃあ無理そうだね。」
「………まぁ、藍染惣右介に良いように騙されてきた護廷を信用出来んのは仕方あるまい。精々、ゆっくりでも構わんから、藍染が尸魂界内でやらかしてきた悪事の根城やら証拠やらを話してくれると良いのじゃがの。」
ギンが素直に話をしたがらない原因も元柳斎は判っているようで、無理強いはしなかった。
「市丸ギンへの処分は、尸魂界内にある藍染の悪事の根城等々を全て話して貰ってから決める事にしようかの。」
「次の四十六室が選出される前に、総隊長さんの一存で処分が決められる間に白状しきれば、総隊長の指令の元で潜入捜査に当たってたって言い訳が立てられるからねぇ。」
一護が苦笑しながら言うと、乱菊と吉良がハッとしたようにギンを振り返る。二人の視線を受けても、ギンは肩を竦めるだけだ。ギンの様子に肩を落とす二人に、一護は僅かに眉を顰めたが、何も言わなかった。
ルキアの冤罪が晴れ、崩玉への取り敢えずの対処が決まり、ギンへの対応も決めた。
一息吐いた処で、残ったのは『空座町の守護者』たる一護への護廷の恩義だけとなった。
「改めて礼を言おう、黒崎一護。」
元柳斎の言葉に、一護は困惑する。
「礼を言われるような事をしたとは思ってねぇんだけどなぁ。」
カリカリと頭を掻きながら、一護はぽつりと言ってから、気付いたように周囲を見回す。
一護が『空座町の守護者』と明確になってから、一護に感謝の意を示していない死神は、砕蜂と十一番隊だけだ。涅マユリがいれば何のかんのと難癖を付けて来たのだろうが、幸い此処にはいない。
「感謝してくれんなら、聞き入れてほしい事が一つある。」
一護は無欲な性質だと思っていたらしい死神達が目を瞠る。
「……何じゃ?」
「見逃してほしい事、なんだけどな。」
「なんじゃ? 死神能力譲渡は冤罪でも、他に掟に背く事をしておるとでも言う心算かの?」
「まぁ、全滅した四十六室が決めた事らしいから、恩義を盾に言い包めて貰えると有り難いかな。」
一護の言い様に、思わずくすり、と死神達から笑いが漏れる。
「生き残ってた改造魂魄が義魂丸として私の元に届いてな。」
「! 何じゃとっ⁉ それは処分……!」
「ストップ! 私はそれに応じる心算はないぞ。」
「黒崎一護。」
「作り出されて意思を持ったもんを、勝手に処分とか言ってんじゃねぇぞ。」
一護の声が低くなる。そこに籠められた強い意志が一護の霊圧を上昇させる。
一護の座る椅子に席を持っていた者は、夜一と空鶴を除いて皆反射的に仰け反って身を引いた。
「私は何も闇雲に助けろと言ってるわけじゃない。私の所に来た改造魂魄は『自分は決して命を奪わない』と身を以て意思を示した。」
「一護は確か、あやつを試していたな。」
「試した?」
ルキアがポツリと言うと、聞き付けた白哉が訊き返す。
「あ、はい。」
「どうやったんだい?」
京楽も口を挟んでくる。
作品名:MEMORY 尸魂界篇 作家名:亜梨沙