MEMORY 尸魂界篇
ふん、と冷笑する一護に、元柳斎は苦虫を噛み潰した表情になり、冬獅郎は溜息を吐き、浮竹と京楽は苦笑する。
「私が真血だって事は納得いった?」
一護はふうっと息を吐いて元柳斎を見る。
「藍染惣右介の実験用の虚が憑りついた滅却師を母親に持つ真血、か。生まれた時から藍染が目を付けていた筈と言う考えは正解じゃろうの。証拠、は此処にはないが、嘘を言っても仕方ない事じゃて、真実なのじゃろうな。」
「出まかせ言ったって後でばれればもっと事態は悪くなるの判ってて、言い逃れなんぞするか、阿保らしい。」
流石に斯波一心の娘、と、冬獅郎も乱菊も苦笑する。
真咲が既に亡くなっているにも拘らず死神に戻らない一心の状態が表す意味に気付く死神はいなかった。
「藍染の思惑を外せるかどうかはギン次第だ。」
「ボク?」
「何しろ、藍染は計算違いで崩玉を手に入れ損ねてるからな。」
場に緊張感が満ちる。
ハッとしてギンを注視する者もいる。
「一護ちゃんに反膜壊されたんを良い事に、ボクが意図的に残ったって可能性もある言う事なん?」
「可能性として無視は出来ないと思ってたさ。だから崩玉を夜一さんに預けて、夜一さんが四楓院家に滞在するように思わせる事を言ったんだ。」
「夜一ちゃんは、一護ちゃんの思惑を知っていたのかい?」
「じゃから砕蜂に『明日の夜なら付き合える』と言うたんじゃ。裏を返せば今夜は儂一人で警備が手薄と取れるじゃろ。」
「あの場に、藍染の手下がいたって思ったって事かい?」
「それは違うよ。」
一護は、態度が硬くなった京楽に苦笑する。
「ギンは、鏡花水月を封じる方法を知っているって言いながらそれを教えてくれない。だから、崩玉を奪ってそれを持って行けば藍染はギンが自分の部下でいる事を選んだと判断するだろうってギンが見越す可能性もあるかなって思ってたのと、昨日も言ったけど、藍染の信奉者が東仙要だけだとは限らないって危惧したからさ。炙り出せたら幸いかな、くらいの気持ちで仕掛けて貰ったんだ。夜一さんと砕蜂さんなら後れを取るとは思えなかったから。」
「霊枷されとる僕が、どうやって崩玉を奪うん?」
ギンが言うと、一護はギンを見てくすりと笑う。
「だ・か・ら、夜一さんと砕蜂さんなら後れを取らないと思ったんだってば。」
「市丸が藍染の元へ行こうと思っていても手段がないだろう?」
「昨夜、四楓院家に入った賊は、藍染の信奉者とは毛色が違うと思うけどね。」
「む?」
肩を竦めて言う一護に、隊長達が訝る視線を向ける。
「藍染の信奉者という以外にもう一つ、可能性があると思う。」
「藍染絡み以外に何が………。」
有り得ない、と言おうとする浮竹に、一護は溜息を吐く。
「十二番隊隊長・涅マユリ。」
「涅隊長?」
「まかり間違って浦原さんの冤罪が晴れて復帰なんぞされて堪るか、くらい思ってそうだよね?」
「!」
ギンと冬獅郎と乱菊は目を丸くしたが、残りは否定出来ないと思い当たる。
「いや、しかし、涅隊長はあの場にいなかったんだから、情報を掴む事は出来ないだろう。」
浮竹の楽観的な意見に、一護はくすりと笑う。
「偵察が隠密機動だけの特権だなんて考えは涅マユリにはないっしょ?」
冬獅郎とギンと乱菊が深く頷く。
「い、いや、それなら、この話も……。」
「それは大丈夫。夜一さんが入室した時点で結界張ってあるから。」
「……いつのまに……。」
「涅に出し抜かれる可能性は?」
夜一の問いに、一護はくすりと笑った。
「浦原さんに破れない結界を、涅マユリはそんなに短時間で破れるのか?」
「無理じゃろうな。」
「科学力なら切迫出来ても、鬼道で涅マユリが浦原さんを越えるのは不可能じゃね?」
涅は雨竜を侮っていたとはいえ、雨竜の霊矢の前に敗北を喫している。しかも、卍解をする為に、己の斬魄刀を改造しているのだ。素で三日で卍解に至った浦原の霊力に勝る事は不可能だ。
「え、ちょっと、一護ちゃん? 浦原君も解けない結界って……。」
「……。」
一護は無言で晶露明夜を出現させる。
レイピアのような細い剣に死神達が目を瞠る。
「金紗。」
『はーい。』
尸魂界は霊子で構成された世界である為、死神にもその姿は見える。
「…小っちゃくてかわいいね。」
「コメントをありがとうございます、京楽さん。金紗、部屋の内側に張った結界の小型版、浮かせてみてくれる?」
『誰を入れるのさ?』
「……京楽さん。」
「ちょっ……。」
何事か言い掛ける京楽の声も姿も消える。
京楽のいた位置に、シャボン玉のように表面に虹色が浮かぶ球体が現れる。
「浮竹さん、この球体、結界なんだけど、割ってみて?」
「……よしっ!」
浮竹はシャボン玉のように弱いかと恐る恐る触ってみるが頑丈なようで固い感触がする。叩いたり、鬼道をぶつけたりしてみるが、微かに揺れるだけで破れる気配はない。
やがて表面に手を当てて構造を読み取ろうと探ってみるが、浮竹の感覚では何も読み取る事も出来なかった。
「これは……虚のような感覚を受けるんだが……。」
浮竹のコメントに、一護はぱちぱちと手を叩く。
「流石、隊長さんだね。」
言って一護は晶露明夜の剣先を球体の表面に添えて小声で何か唱える。球体は剣に吸い込まれるようにつるりと剥けるように崩れて消え、京楽の姿が現れる。京楽は冷や汗を掻いていた。
「京楽さん?」
「いや……中からだと結界自体が見えないからか、浮竹の鬼道まともに食らうんじゃないかと思っちゃったよ。」
「外からだと京楽の姿が完全に見えねぇな。」
「この部屋の壁の内側に張ってるから、扉を開けても誰もいないように見えるだけだけどな。」
肩を竦める一護の言葉を聞いているのかいないのか、元柳斎は浮竹をじっと見つめる。
「虚のような感覚を受けると申したな。」
「完現術だからな。」
応えたのは一護だった。
晶露明夜の剣が一護の掌の上で縮まり、ペンダントの形になる。
「霊力の素養のある者が、虚の影響を受けると稀に発揮する能力だ。能力の種類は千差万別だけどな。」
一護の言葉に、先程聞いた話を思い出す。
滅却師との真血、しかも、母親は身の内に虚を封じられていた。
厳しい眼をする元柳斎に、一護はくすりと笑う。
「浦原さんが師として私に教えてくれた事は………。」
一護が口を開くと元柳斎はハッとして一護に視線を向ける。
「『意志の力は鉄より強い。』ってのと、『力は力でしかなく、行使の仕方で善にも悪にもなる。』だった。」
「!!」
力の種類に善も悪もないのだ、と一護は元柳斎に告げる。
それはつまり、一護の中にある虚の力を、浦原も一護自身も承知しているという事なのか。
鋭い視線を向けてくる元柳斎に、一護は肩を竦めて苦笑する。
まるで余裕のある者のような態度に、元柳斎は眉を顰める。
「百一年前の、藍染の実験の犠牲になった隊長格達が現在どうしているか知ってるか?」
元柳斎と浮竹と京楽に順に視線を向ける一護に、冬獅郎と乱菊は首を傾げる。
作品名:MEMORY 尸魂界篇 作家名:亜梨沙