MEMORY 尸魂界篇
「一護? そういう事なら、総隊長達よりも藍染の手下だったギンの方が知ってると思うけど?」
乱菊が戸惑いながら口を開くと、一護は不思議そうに小首を傾げる。
「乱菊さん? それって、藍染が実験台にした隊長格達のその後を気にするように聞こえるんだけど?」
「……っ。そう言ってるわよっ!」
「藍染惣右介が? あの男にとって百年前の実験は失敗例でしかないんじゃないか? それを気に架けるなんてしないだろ?」
確認を取るようにギンに視線を向ける一護に、ギンは当然の反応だとばかりにこっくりと頷く。
「「⁉」」
「藍染惣右介にとってお主は、実験の成功例というわけかの?」
「何を成功例と考えるか知らないからねぇ。」
一護の返事に、乱菊が固まり、冬獅郎が目を剥く。
恐る恐る元柳斎を振り返り、一護に視線を戻す乱菊に、一護は表情も変えない。
「一……護……?」
一護は溜息を吐いて髪を掻き上げる。
「母は、私が九つの時に虚の罠に掛かった私を庇って虚に殺された。その時に私も一緒に殺された筈なんだけど、私は死なずに死神になった。尤も母の最期の意識で封印をされたみたいなんだけどさ。」
「……斯波隊長は君のお母さんと繋がって封じている限り義骸から出られない。逆を言えば、君のお母さんとの繋がりが切れれば、死神に戻れる筈じゃなかったのかい?」
「母の中で封じられていた筈の虚が、母が殺された時には母の中にはいなかったって事なんだろうね。」
「他に移るなんて………。」
そんな方法が何処にあるのか、と言い掛けた浮竹はハッとする。
「その為に女性に取り憑いた?」
「さあ? 私の死神の力と融合済みだから、その虚としての記憶は本人にはないらしいよ?」
「……本人には…って、一護ちゃん?」
狼狽える京楽に、一護は小首を傾げる。
「言ったろ? 私の死神の力と虚は融合してるって。卍解の出来る私が、斬魄刀を実体化出来るのは当たり前じゃんか。」
「………。」
元柳斎が、無邪気なまで含みのない一護に、溜息を吐いて口を開く。
「主の斬魄刀は儂らと会話してくれるかの?」
一護は困惑して、精神世界にいる天鎖に話し掛ける。
(……って事なんだけど、天鎖? 総隊長達と会話してくれる?)
『そんな義理はねぇんだがな。』
(危険分子と判断されたらこの場で殺されるかも、なんだけど?)
『ちっ! しょうがねぇな。』
舌打ちをした天鎖が従う気配を見せたので、一護は霊圧を調整して天鎖を実体化させた。
「白い死覇装?」
冬獅郎が、驚愕からか思わずといったように呟く。
一護と反対色を身に纏う『天鎖』は性別こそ男だが、一護とよく似ていた。
『おっ? 夜一じゃねぇか。いたのかよ。あんまり静かだからいねぇのかと思ってたぜ?』
「喧しいわ。」
『ま、いざって時に一護を守ってくれる気なんだろうからな。いてくれなきゃ困るぜ。』
「ふん。」
夜一は腕を組んで目を閉じる。
一護の結界内は静かで、外部からは見えない構造だが、内部からは外の様子を窺う事は可能だ。夜一は先程から結界の外を気にしていたのだ。
「なんだい? 夜一ちゃんは一護ちゃんの斬魄刀と面識があるのかい?」
「一護の卍解の修行に付き合うのに転神体を使うたのでな。修得済みとは知らなんだものじゃから、霊圧の消耗率が高うて驚いたがの。」
「転神体って、浦原が発明して、彼以外使えなかった代物じゃないのかい?」
「喜助は三日で卍解に至ったが、奴が言うには、同じ物を使えば一護は三日かからんとの事じゃったの。」
「………凄いね。」
転神体の構造は京楽も浮竹も知っている。
浦原が二番隊の三席時代に開発した為、隠密機動の預りとなっているものの、他隊でも借り受ける事は出来る。が、今まで使用して成攻した者は浦原唯一人だった。“鬼の喜助”の異名は、鬼のように強いと云う意味合いの他に、天才を凌駕する鬼才と云う意味もあった。
「藍染がゆうておったの。死神の器で力を極めるには限界がある、と。」
「藍染は、死神の虚化で力の限界を越えた存在になる事が何を齎すのか考えもしない。死神を取り込む虚を創り出すばかりだったようだしな。」
『目の付け所は悪くはねぇだろうよ。死神の魂魄から創り出した虚とかもあったからな。』
天鎖が口を挟む。
「そうだねぇ。斬月と融合した虚が死神の魂から作られた虚だったお陰で、私は浅打ちを持たずに自分の斬魄刀を持てたわけだしな。」
「? どういう意味?」
口を開いたのは乱菊だが、冬獅郎も同じ疑問を抱いたらしく怪訝な表情をしている。
「死神が最初に与えられる浅打は、死神の魂魄から作られるらしいぞ?」
驚いて元柳斎を見る冬獅郎に、元柳斎は事実であると認めるように深く頷く。
「お前は何故それを知ってる?」
「浦原さんは零番隊、王族特務をある程度は知ってんじゃないか? 幾つか知識をポロっとしてくれたから。あの人の事だから態とだろうけど。」
冬獅郎の質問に応える一護に、元柳斎は視線を鋭くする。
「尸魂界の理が理解らなけりゃ、ルキアを助けようとする事自体がどれだけ無謀か理解出来ずに、余分な危険を抱え込むだろうからって言いながら少しだけ教えてくれたよ。」
肩を竦めて口にする一護に、夜一がくつりと笑う。
「喜助の忠告は役に立ったかの?」
「ん~。私に目を付けてる藍染の目論見が少しは読めたし、ギンや東仙要が藍染に下った理由は少し判る。」
「ほう? 彼奴の思惑が読めたか?」
「浦原さんは計算違いは起こしても、計算しないミスは犯さないけど、藍染は計算違いを起こさない代わりに計算しないミスは五萬とある。」
「?」
意味が取れずに眉を顰める死神達に、一護は溜息を吐いて口を開く。
「一例を挙げれば、浦原さんも藍染も、母が私を庇って虚に殺された事は知ってた。ルキアが私達家族を護る為に私に死神能力譲渡を目論んだ時、私が手に入れるのはルキアから貰った力だと計算してたけど、実際はルキアの霊力を注がれて封印が解けた。事態は二人共通の計算ミスだったけど、浦原さんはルキアの残りの霊力で私の封印が解けるという計算違い。藍染は私が一度は死神能力を覚醒させている可能性を初めから計算しなかった。」
それは後々、一護の力の成長速度を測る際に大きな計算違いを産む。
「定義が間違っていれば計算違いも出るわけか。」
「藍染が計算違いをしている事はすぐに判ったから、定義を間違えている事も判った。だからどう反応してくるかも読めたってわけ。」
冬獅郎の呟きに、一護は苦笑して同意する。
「けど、護廷十三隊についても瀞霊廷についても、藍染は十分情報も傾向も掴んでる。護廷十三隊に対する計算ミスは期待出来ないと思うぞ?」
「藍染は、お主については計算違いばかりという事かの?」
「だろうねぇ。抑々奴は、虚化した死神の能力値は計算しても、何を齎すか碌な観察も対処もしてない。放って於けば魂魄自殺を起こす事までは把握しても、それを防ぐ手立てなんぞ練ろうともしないし方法を探索しようともしてないだろう?」
ギンに視線を向けて問い掛ける一護に、ギンはこっくり頷く。
作品名:MEMORY 尸魂界篇 作家名:亜梨沙