MEMORY 尸魂界篇
「ワクチン、やっけ? そないなもん、藍染隊長は考えもせんかったしねぇ。」
一護と天鎖を見比べていた浮竹が、首を傾げつつ口を開く。
「魂魄自殺を防ぐ事が出来れば、死神は虚の力を取り込む事が出来るのかい?」
「ワクチンで対処出来るのは魂魄自殺を防ぐ事までだよ。」
「じゃあ………。」
「魄内闘争で勝った方が体の主導権を握る事になるね。」
一護の返事にぎくりと体を強張らせて、京楽と浮竹が天鎖に対する警戒心を示すと、天鎖がにやりと悪辣な笑みを浮かべる。
「て~んさ。揶揄うんじゃない。魄内闘争は、周りに被害出さない為にテッサイさんに結界張って貰って現世で終了済みだよ。」
「「「「!」」」」
「一護……。」
隊長達は驚愕に言葉もないが、意味がまるで解らない乱菊は困惑顔だ。夜一は瞠目している。
「まぁ、私の場合は、減却師としての能力が抑制を掛けたから、生まれる前から本来の斬魄刀の斬月と虚が融合した力に呑まれずに淯んだのかも知れないけど?」
『その分、鬼道が使えねえだろうが。』
「ああ、それ、謎なんだよ。封印が解けるまでは、威力が劣るだけで破道の九十番台まで使えたのに、封印が解けたら強い破道がまともに使えなくなったんだもん。滅却師の力が斬月を名乗って天鎖が本来の名を封じられてる所為か?」
『その辺なんじゃねぇか?』
「? じゃあ、卍解してる時は鬼道も使える?」
『試してみれば?』
一護と一護の斬魄刀の会話を、隊長達は無言で見守る。
二人(?)の会話を黙って見守っていた元柳斎が、ふと、気付いて口を開く。
「滅却師の力、と申したな。」
天鎖との会話を希望しながら口出しせずに見守っていた元柳斎が口を開いた事に少し驚き、一護は目を瞠って元柳斎に視線を向ける。
「お主の精神世界では、滅却師の力が人格を持っておるのか?」
「ああ。うん。具現化も出来るよ。」
「! 滅却師にそんな真似が出来るもの?」
元柳斎の問いに応えた一護に、京楽が不思議そうに首を傾げる。
「滅却師の本来の能力って、霊子の隷属じゃなかったっか?」
「そう、それ! だから、精神世界に人格があるっていうのは……。」
浮竹が思い出しながら呟けば同意を示して、不自然だ、と呟く京楽に、一護は苦笑する。
「気が付いてないの、京楽さん?」
「何を、だい?」
「私は、両親の状態を一身に集めているんだよ?」
「え………。」
「現世に生きる人間であり、滅却師であり、死神であり、虚でもある。」
一護の言葉が意味するところが、年長者達には良く判らなかった。
「バランスがとれている存在………?」
冬獅郎の呟きに、一護は頷く。
「私はさ、人間であり、死神であり、滅却師であり、虚でもあると同時に、そのどれでもない存在なんだよ。だから、藍染は私が奴の希望に叶う存在になり得る可能性を見出してるんだろ。」
「奴の希望に叶う存在?」
怪訝な表情で一護を見る周囲に、一護は溜息を吐く。
「私の完現術者としての力は基本、三種類。結界と、風と、共鳴。」
「共鳴?」
「条件が揃えば、相手の過去なり心なりが読めるっていうか、流れ込んでくる。」
「……それで、藍染を読んだ、と?」
緊張する浮竹に、一護は頷く。
「読むってより、流れ込んでくるって状態で、条件が揃う事自体稀だから自由にならない能力だけどな。」
「その力で、お主は藍染をどう読んだのじゃ?」
「………一言で言えば、莫迦だね。」
「「「「………。」」」」
護廷十三隊を百年余り騙し続け、陰で陰謀を進行させていた者を莫迦と断言してしまう事に、死神達は少々抵抗を覚えた。
「散々自分を隠してきたくせに、自分を理解出来る者がいないとか勝手に思って、自分と同じ目線で物を見てくれる存在がいないって勝手に失望して、挙句の果てに自分で孤高の存在になる事で自分の孤独を言い訳しようなんて輩が、莫迦じゃなくて何だってんだ?」
一護が莫迦にしたように鼻先で嗤う。
死神達は、その言葉を反芻して、他人とのコミュニケーション力の不足した自分を、優秀と思いたいが為の駄々に過ぎない事態を、藍染が起こしているのだと、一護の言いたい事を理解する。
「え~と……。」
「他人とコミュニケーション取る力が不足している自分を棚に上げて、周囲を自分に劣ると言ってるだけの餓鬼の理屈じゃねぇの?」
一護の理屈で切って捨てるには、藍染惣右介が起こした事態は大き過ぎて収集が付かない。
「どれだけ力が強かろうが霊圧が高かろうが、そんな餓鬼に過ぎない男なんぞ、恐るるに足らず、じゃねぇ?」
所詮は未熟な餓鬼の戯言、と言ってのける一護に、古株の隊長達は冷や汗を流す。
咳払いをして、元柳斎が体勢を立て直す。
「小童の悪戯で済ませられる範疇を越えておるでな。」
「ま、確かにそうだけどね。」
「しかし、彼のしている事を餓鬼の仕業と言ってのけるとは、一護ちゃんも豪気だよね。」
「だって、まんまじゃんか。」
京楽が呆れたように言うと、一護は不満そうに眉を顰める。
「自分の探求心の赴くままに事態を拡げて、思うような結果が出なければ実験は失敗と言ってどんどん切り捨てて、自分で収集付ける事はせずに他人に丸投げ。欲しい物があれば、手に入れるのに手段を選ばず、周囲に迷惑掛ける事に欠片の罪悪感も覚えない。それって、善悪の区別の付かない餓鬼の取る行動じゃねぇの?」
一護の並べ立てた事は、確かに藍染惣右介という男の起こした事態だ。
齢数百年重ねて隊長にまで登り詰めながら反逆を起こした死神の実態が、現世の頑是ない子供の遣りようにも劣ると断言されて、同意せざるを得ない状況だと判明してしまい、死神達は言葉を紡げなくなってしまった。
黙って一護と死神達との遣り取りを眺めていた天鎖が、耐え切れなくなったのかクックックッと声を殺し切れずに笑い出す。
「天鎖。」
『悪ィ、悪ィ。奴の力の強大さに目が眩んでる死神を余所に、王だけが冷静だから面白ぇと思ってよ。』
全く以て天鎖という一護の斬魄刀の言う通りに他ならず、死神達は沈黙するしかない。
押し黙る死神達に視線を走らせて、一護は小さく息を吐く。
「確かに藍染の霊圧は強大だし、斬魄刀は厄介な能力だし、なまじ頭が回るから面倒臭いけど、自分より頭が良い存在は浦原さんだけだと思ってるみたいだし、力さえあれば出来ない事はないと思ってるみたいだから、付け入る隙は必ずあると思うな。」
「藍染隊長には隙があらへんと思うよ、一護ちゃん。」
一護の言葉にギンが遠慮がちに意見する。
「そうそう簡単には隙を作らないだろうけどね?」
一護は、視線を泳がせて、夜一に留める。
「? なんじゃ、一護?」
「崩玉、浦原さんに届けて来たんだよな?」
「ああ。」
「何か言ってた?」
「妙な事を言っておったの。」
「妙な事?」
一護が首を傾げると、夜一は溜息を吐いた。一呼吸置いた事で、その場にいる死神達の視線も集まる。
「『黒崎サンはてっきり藍染サンに崩玉をくれてやる心算かと思ってたんスけどね』じゃったかの。」
「⁉」
元柳斎を始め、その場にいる死神達が目を剥く中、一護が苦笑する。
作品名:MEMORY 尸魂界篇 作家名:亜梨沙