MEMORY 尸魂界篇
「浦原さんが創った通りの物質なら、くれてやっても良いか、とも思ってたんだけど、そうじゃなかったからなぁ。」
「ちょっ……一護ちゃん! 虚と死神の境界線を瞬時に消す物質だって十分危ない物質だと思うよっ⁉」
口走る京楽の慌てぶりを眺めながら、一護はふっと息を吐く。
「言ったろ? 藍染は、死神の虚化と虚の死神化で起こる魂魄自殺を、失敗としか認識してないんだって。死神と虚の境界を瞬時に消せる物質を持っていたって、藍染は、死神の虚化も虚の死神化も、成功させられないんだ。」
「虚圏に行こうと、戦力を増強する事は出来ん、という事じゃな?」
元柳斎の確認に一護はあっさり頷く。
「まぁ、現在虚圏にいる破面達を従える事は出来るだろうけど、十人の隊長と、卍解出来る死神が四、五人いる尸魂界側が不利って事はないんじゃね?」
「隊長位に着いていない者で、四、五人も卍解出来る死神がいるのかい?」
京楽が問うと、一護は指を折って数える。
「恋次、浦原さん、父、私……夜一さんの霊圧も卍解クラスじゃね?」
一護が夜一に確認するように顔を向けると、夜一は苦笑する。
「まぁ、そうじゃの。よう判ったの、一護。」
「転神体を使った時の、夜一さんの霊圧消費率。」
「ん?」
「卍解出来るようになってからの私が、自分で実体化させた時と同じくらいだったから。」
「一護………。」
夜一が、がくりと肩を落とす。
一護は不思議そうにそれを見ていたが、追加だと口を開く。
「ギンが護廷に協力するかどうかは知らねぇけど、藍染と敵対するって一点に関してだけなら、他にも協力体制取れる連中がいるんじゃねぇの?」
「他に勢力があると申すか?」
「百一年前の藍染の実験の犠牲者。」
「! いや、しかし………。」
「彼らは、表向きじゃ自ら虚の力を求めて虚化した事にされてるけど、藍染の犠牲者なんだろ? ま、素直に協力して貰えるとは思えないけど?」
「………。」
素直に協力して貰えると思うようなら、認識の甘さに怖気が走るほどだ、と一護は内心で思う。
「今回浦原さんが協力してくれたのは、藍染への意趣返しを狙ってたのと、浦原さんの所為で無関係でいられなくなったルキアが犠牲者になり掛けた事があるからだと思うし。」
「永久追放処分を取り消しても浦原喜助の協力は得られぬ、と申すか?」
「………。」
元柳斎の言い方は、高飛車に過ぎると一護は思う。
溜息を吐いて口を開いた。
「だったらさ、総隊長さん?」
「なんじゃ?」
「逆に訊くけど、どうしてそんな高見から物言って、浦原さんが応じると考えられるんだ? 謂わば、浦原さんは純粋に被害者だったのに、護廷の誰も彼の無実を証明しようとか助けようとか動かなかったんだぞ?」
「いや、一護ちゃん、それは仕方ない事………っ」
京楽が元柳斎の態度を擁護すると、一護は冷たい視線を向けた。気付いて言葉に詰まる京楽を見据えてから、にっこりと笑顔を浮かべ、息を吸い込む。
「『己の過ちを認められない輩は何度でも同じ間違いを繰り返す。』言ったよな? 四十六室の命令という建前に従順に従った所為で、今回の間違いが起こったんだろうが。だったら己の非を認めない為に間違いを繰り返す四十六室と同じ真似してんじゃねぇ。」
低く平坦な声で言葉を継いだ一護は、短く息を吐く。
「それとも? 永く生きた総隊長さんは、自分は間違いなどしない、とでも?」
ルキアの冤罪を晴らすどころか、唯々諾々と四十六室の命令だからとルキアの処刑を邪魔した者を処分しようとすらした元柳斎に、否定する術はない。
「………。」
「ルキアも自分が年上だって威張ってばかりいたけどな? 永く生きたから偉いわけじゃねえし、大人と決まったもんでもねぇぞ?」
「いや、長く生きているという事は、それだけ経験値が高いという事で………。」
「経験を積んだって、その経験を生かして正しい判断を下せなきゃ何の価値もねぇよ。」
京楽の擁護を、一護はすっぱりと一刀両断とばかりに切って捨てる。
「低姿勢に出る者を軽蔑するのはする方が浅はかなんだ。舐められるとか何とか云うよりも、嘗めて掛かってくる奴なんぞ相手にする価値もない輩なんだから、相手にしなきゃ良いんだよ。」
「………。」
一護は遠回しに、日番谷隊長という呼び方に拘る冬獅郎を、浅はかだと評している。拘るからこそ、地位に遠慮のない者は態と呼び方を変えないのだ。その事に冬獅郎自身が気付いていないのは、冬獅郎自身が真髄を見落としているからに他ならない。
「藍染が大隷書回廊で調べていた事を早急に突き止めるこった。『天に立つ』だっけ?」
「浮竹と京楽が担当じゃったな? 調べは進んでおるのかの?」
夜一の問いに、浮竹と京楽が頭痛を堪えるように額を抑える。
「それねぇ……。」
「藍染は、随分と多くを観覧したみたいなんだ。どれが本命か判り難いんだよ。」
「浦原さんの研究した文献は除外して良いんじゃないか?」
困惑している二人に、一護が口を開く。
「一護ちゃん?」
「魄内封印した物質を取り出す技術は今後の藍染の行動には関係ないだろうし、崩玉については多分創った本人の浦原さんよりも、観察を続けてきた藍染の方が知ってるんじゃないかな?」
「どういう事だ?」
「浦原さんは崩玉を、死神と虚の境界を瞬時に消す物質の心算で創った。けど、多分、崩玉自体は実際は違う物質に出来上がってるみたいだ。」
「ああ……。」
崩玉の作用については一護が、推測混じりながらかなりの確率で信憑性の高い説を唱えた。
「一護が言うておった説は、喜助にも伝えたのじゃが、かなり困惑しておったの。」
「浦原さんにとっては、失敗作だろうしね。」
肩を竦める一護に、京楽と浮竹と夜一は苦笑する。
「失敗作、でそんな危ねェ物創るって、どんな奴だよ。」
直接には浦原を知らない冬獅郎の呟きに一言で答えられる者はいない。
返事が返らない事を訝しんで、冬獅郎は周囲に視線を走らせる。
浦原の唯一の弟子だという一護は、冷や汗を流しながら引き攣った笑顔を浮かべているし、元柳斎は苦い表情で黙り込んでいる。先輩格の二人の内、浮竹は困惑頻りの表情で苦笑いをしているし、京楽はポリポリと頬を掻いている。一番付き合いが長いらしい夜一も、冬獅郎の視線が巡ってくると諦めたような溜息を吐いた。
「マユリ君ほど見境なしではないけど………。」
「研究者気質の塊には違いない、んじゃねぇの?」
言い淀んだ京楽の言葉の続きを口にしたのは一護だった。
「涅みてぇな性格かよ。」
「あそこまで俺様じゃないから。自分が一番頭が良いなんて態度には出さないから。」
「……態度には出さなくても本心はそうって事?」
「知識とか知能で頭が良いと判断する人じゃないんじゃないか?」
乱菊の突込みに、一護は苦笑しながら言い添える。
一護のコメントに、一護が藍染を莫迦だの餓鬼だのと断じた基準が見えたような気がした浮竹・京楽両氏だった。
此処で話した事は他言無用と一護は念押しする。
「しかし、必要な事も………。」
作品名:MEMORY 尸魂界篇 作家名:亜梨沙