MEMORY 尸魂界篇
夜一の反応で、一護はこれも記憶通りだと知って小さく息を吐く。
「夜一さんはうちの親父が誰だか知ってんでしょ。」
「……主がそれを知っておろうとはのぅ。」
「………知ってたから、浦原さんの所に出入りしてたんだよ。いずれ私に架けられた封印が解ける日が来るって思ってさ。」
「封印、じゃと?」
「私が生まれた時に、母が私の真血としての力を封印したんだってさ。だからあの空座町で無事に育つ事が出来たんだよ。」
「………そうじゃったか。」
浦原が一護には敵わない、と言っていた意味がよく理解る。
真っ直ぐで不器用な子供でいながら、事態を知っていて知らぬふりをしてのける油断のならない子供らしい。
「邪魔されずに色々考えたいから、暫く放って於いて貰えるか?」
「よかろう。」
一護は夜一に後ろ手で手を振ってその場から立ち去って行った。
離れていく一護の背中は細い。あの細く華奢な背中にあまりにも重いものを背負わせようとしている自分達大人の勝手さを内心で詫びる事しか、夜一には出来なかった。
夜一は思う所はあるものの、いくら真血で通常の死神より持って生まれた力が強いとはいえ、数百年を生きた自分達から見たら赤子も同然な現世の子供に頼らなければならない己らの不甲斐なさに諦めの溜息を吐いた。
一護は周囲で一番高い建物の屋根に登り、瀞霊廷の方向を見つめていた。
“記憶”通りなら、既に四十六室は殺害されて藍染と市丸と東仙が交代で監視しながら四十六室を装い、虎視眈々とルキアを双殛で消滅させる為の手段を取っている。
旅禍と呼ばれる禍の元と決め付けられる存在になった一護達に出来るのは、騒ぎを起こし死神達の間に刺激を与える事くらいなのだろう。
ふと、“記憶”にあった長老宅で相談をしていた時に乱入してきた岩鷲の存在を思い出す。岩鷲は兄・海燕の死の真相を知らずに、一護にとっては理不尽な憎しみをぶつけてくる従兄妹。
一護少年は、売られた喧嘩を言い値で買って夜一の爪で引っ掻かれ、斯波家で空鶴の煙管を弾き踏み潰した岩鷲の巻き添えで鬼道を落とされた。
喧嘩を買わないのが一番だろうが、絡んでくる岩鷲を上手く躱す事が出来るだろうか。
不安要素を抱えた儘で、一護は長老宅で夜を待った。
これまた“記憶”通りに地響きがして、岩鷲が降ってきた。
「………。」
死神というだけで絡んできた岩鷲に、一護は溜息を吐く。
「またか。」
「また……?」
一護の隣に座っていた織姫が不思議そうに一護を見遣る。
「そう、また。以前にも、私個人を無視して死神って括りだけで謂れのない憎しみを向けられてねぇ。」
誰、と指名はしなかったが、身に覚えのある雨竜は無言で気不味そうに眼鏡を直している。
「ええ~っ、それは酷いよ。」
「迷惑な話だよねぇ。以前のそいつは八つ当たりだったわけだけど、本人も自覚したらしくてやめてくれたけど、こいつは言い掛かり付けてでも当たりたいんだろ。」
「何をごちゃごちゃ言ってやがる、表へ出ろっ!」
「お前さんの苛立ち解消に付き合ってやる義理はない。」
「……そーかよ。なら嫌でも付き合ってもらうぜっ!」
一護の胸倉を掴んで表に向かって投げ付ける。
一護は軽く身を捻って綺麗に着地する。
懐から匕首を抜いて斬り掛かってきた岩鷲の刀を軽く躱し、茶渡が投げて寄越した斬魄刀を腰に刺す。
「黒崎っ⁉」
刃を持った相手に素手で立ち向かうなど正気の沙汰ではない、と雨竜が口走りそうになった時、一護の手には細身の剣が握られていた。
岩鷲の力任せの押切を流して身を翻し、岩鷲を軽くあしらっている。
アクロバットのような身のこなしで岩鷲をあしらう一護を見て、雨竜は兕丹坊を前に平然として手助けは要らないと言っていた一護の言葉が、強がりでも見栄でもなく腕試しにもならない丸切り負担のない事態だったからだと気付いた。
刀を交わすのは不利だと気付いた岩鷲が何とかして一護から刀を奪おうと掴み掛ろうとするが、一護の前に悉く失敗に終わっている。一護は自分からは一切攻撃せず、何かを待っているようだった。
「夜一さ~ん。」
「なんじゃ、一護。」
岩鷲をあしらいながら夜一に話し掛ける一護の余裕が気に障り、岩鷲が躍起になる。
「さっき、長老がこいつに『岩鷲』って呼び掛けてたみたいだけどさぁ。」
「おお、そういえばそうじゃったのぅ。」
「岩鷲って空鶴さんの弟じゃなかったっけ?」
「………そういえば、あやつにはそんな名前の弟がおったのぅ。」
「テメェ、なんで姉ちゃんの名を知ってやがんだっ⁉」
「あ、やっぱ、そうだって。」
一護が夜一を振り返った隙に後頭部を狙った岩鷲の拳を背中を向けた儘で軽く躱した一護に、勢い余って岩鷲が踏鞴を踏む。バランスを崩した岩鷲の腕を掴んだ一護は、片手で軽々と岩鷲の体を放り上げゆっくりと夜一の前に降ろして膝裏を爪先で蹴って崩し肩に体重を掛けてその場に座り込ませた。
「空鶴さんの親友の夜一さんだ。」
「あ?」
言われてキョロキョロと周囲を見回す岩鷲の首根っこを抑え付けて夜一に向き直させる。
「猫?」
「夜一さんだ。」
一護は言って溜息を吐く。
きょとりとしている岩鷲に、一護は頭痛を堪えるように額を抑える。
言い募ろうと一護が口を開き掛けた時、目覚まし時計のベルがけたたましく鳴った。
「兄貴っ、大変だっ!」
「九時ですぜ、兄貴っ!」
「うおっ⁉ そいつぁまずい。帰るぞ、野郎どもっ!」
決着は後日、と言い置いて猪に跨った岩鷲を見送って、一護は溜息を吐く。
「もう少し時間があれば、空間さんの家、わかったかもねぇ。」
「そうじゃな。」
やれやれと溜息を吐く一護に、夜一も同意を示す。
「長老、斯波空鶴の家は遠いかの?」
「………人の多く住まう辺りからは離れております故な。」
長老の言葉に、一護は斯波空鶴の家はやはり旗持ちオブジェが奇怪な形なのだろう、と思い息を吐いた。
翌日、かなり歩いて辿り着いた斯波空鶴の家は、筋骨隆々の腕が旗持ちオブジェになっていた。
はしゃぐ織姫に、此処にも美的感覚のズレた存在があった事を思い出す。
「派手好きなのは斯波家の血筋なのか?」
一護の呟きに夜一の喉奥で笑う声が返った。
護衛である金彦と銀彦は、一護の肩に載る夜一の姿に、すぐに引き下がり空鶴の所まで案内した。
紹介されて、想像とまるで違う空鶴に、織姫も茶渡も雨竜も驚愕頻りだったが、知っていた一護は平然としている。
「いちごちゃん、驚かないの⁉」
「え、だって知ってたし。」
「知ってた?」
「うん。斯波空鶴は姉御肌の美人だって。」
「へぇ。」
感心する三人の後ろから空鶴が視線を向けてくる。
「誰から聞いたって?」
「………浦原さんの知人。」
「へぇ?」
はっきり答えろ、と視線で促してくる空鶴に、一護は現世の三人に視線を流して肩を竦める。
「………ふん。まぁ、いいさ。」
空鶴の意識を逸らすように話を切り出した夜一に、空鶴はあっさり乗ってくれた。
協力は惜しまないと応えた空鶴に、一同はほっとする。
それも束の間、紹介された空鶴の弟は、昨夜一護に絡んできた岩鷲だった。
作品名:MEMORY 尸魂界篇 作家名:亜梨沙