MEMORY 尸魂界篇
掴み掛ってくる岩鷲に、一護は紙一重で身を躱し、自分も岩鷲も空鶴に近寄らないようにしている。躱すだけで一護から攻撃は一斉しない。散々、一護にあしらわれる岩鷲を目にした空鶴は、ある程度は岩鷲の好きにさせていたが、何時まで経っても一護と自分の力量差に気付かずに突っ掛かり続ける岩鷲に痺れを切らした。
「いい加減にしねぇかっ!」
空鶴の言葉と鬼道は同時に落ちた。
現世組と夜一の周りを囲むように四方に断空が張られ、斯波家の客に被害はなかった。
「え、何、これ?」
織姫が目の前にある壁に手を触れて目を丸くする。
「断空という。鬼道で張った防御の壁じゃ。」
「へぇ、すごーい。」
無邪気に喜ぶ織姫には、誰が張ったかは関係ないのか追及はなかった。
「一護、だったか。」
岩鷲の頭が冷えた処で改めて落ち着いて、空鶴が口を開く。
「すまなかったな、莫迦弟が。」
「ああ、うん。良いよ、空鶴さん。岩鷲が死神嫌いな理由は理解る。私に突っ掛かられるのは迷惑だからやめてほしいけどさ。」
肩を竦める一護に、空鶴が微かに眉を顰める。
「………知ってるのか?」
「細かい事は知らないけど、十三番隊の斯波海燕副隊長が、虚に取り込まれそうになって、仲間を手に掛けるくらいなら仲間の手に掛かる方を選ぶってんで、面倒を見てた平隊員にとどめを刺させたって事は知ってるよ。」
「全部知ってんじゃねぇか。」
吐き捨てるように言う空鶴に、一護は肩を竦める。
「え……?」
話の内容のハードさに、織姫が固まり、雨竜が眉を顰める。
「一護。」
声を上げたのは茶渡だ。
「海燕さんも酷な事をしたよねぇ。敬愛する副隊長を手に掛けた平隊員はそれ以来無意識に死に場所を求めてるんだろうね。」
「………死なせてやる方が親切とは考えないのか?」
「誰かの命を犠牲にしたら、その先を生きちゃ駄目って事?」
一護は嗤って空鶴に尋ねる。
「当たり前だろっ!」
口を挟んだ岩鷲に、一護は冷たい眼を向ける。
「へぇ。なら、私はこの戦いでさっさと死ぬとしようかねぇ。」
「あ?」
出鼻を挫かれた岩鷲が間抜け面を晒すと、一護は皮肉気に嗤う。
「私の母親は、虚の罠に掛かった私を庇って死んだんだ。母の命を犠牲にした私はその先を生きちゃ駄目、なんだろ?」
「!」
息を呑んだ岩鷲の頭を、空鶴が拳骨で殴る。
「姉ちゃん。」
「テメェが悪い。」
「……うん。」
殴られた個所を擦りながら、岩鷲は気不味そうに視線を逸らした。
「いちごちゃん……。」
織姫の困惑に満ちた声に、一護はふっと笑う。
「本気で死ぬ気なんてないから心配要らない。」
「でも……。」
「この戦いで簡単に死んだら、生きて帰って来れるように鍛えてくれた浦原さんに失礼だろうが。」
「……うん。」
織姫を宥める一護の瞳に浮かぶ強い意志を読み取って、空鶴は息を吐いた。
「よーし、付いて来な。」
地下にある廊下を通って、行き着いた場所で、空鶴自慢の花火の打ち上げ台が披露される。
花火などで殺気石と遮魂膜で包まれた瀞霊廷に侵入など出来るわけがない、と口走った雨竜に投げ付けられた霊殊核が、一護の手の中に飛び込んできた。
「俺が開発した霊殊核だ。そいつに霊圧を籠めると、特殊硬化霊子隔壁発生装置になる。その中に入って花鶴射法で瀞霊廷に向けて撃ち込む。」
一護少年は霊力のコントロールが出来ずに時間が掛かっていたが、晶露と同じ要領で良い筈だから、と一護はするりと霊力を籠めた。
忽ち一護の周りに球が出来上がり、空鶴が睨み付けてくる。
失敗したかな、と思いながらも気を乱すと爆発する筈だから、と集中を乱さないように気を付けて空鶴を見つめた。
一護に近付いた空鶴は、一護を囲む球状の結界の表面を拳で軽く叩く。
「こいつで殺気石と遮魂膜で出来た瀞霊廷の囲いを破って中へ入る。」
コンコン、と硬質な音をさせて霊殊核を使って作った結界の表面を叩いてみせる空鶴に、一護は小さく溜息を吐いた。
「なんだ? 何か文句でもあんのか?」
「う~ん。秘かに、って言うのはやっぱ無理なんだなぁ、と。」
「どうせなら派手に行けよ。派手に。」
にやりと笑う空鶴に、一護は溜息を吐いて諦めたように項垂れた。
「はぁい。」
簡単に出来た一護を除いて、みんなが霊殊核を使った結界作りの練習に入る。
一護は夜一と空鶴の後を追った。
「どうかしたかの、一護?」
「ん。みんなが練習してる間に空鶴さんに話せる事話しとこうかと思ってさ。」
現世の人間、俄か死神であるという一護が、斯波家の事を知っている理由かと思い当たる。
「聞いてやるぜ。」
「……そりゃ、どうも。」
尊大な空鶴の物言いに苦笑して、一護は夜一を肩に載せて空鶴に続いた。
「で?」
金彦と銀彦が片付けた座敷に落ち着く間もなく、空鶴が切り出す。
この従姉は気が短いらしいと苦笑して、一護は口を開いた。
「簡単な理由だよ。私の父親が斯波一心だってだけだ。」
「は?」
思い掛けない名前を聞いて、空鶴が呆気に取られる。
自然な反応だろうと一護は思う。
「何を訳の理解らねぇ事を言ってやがる。」
「まぁ、当然の反応だよねぇ。十八年前、くらいか? 斯波一心が『ちょっと現世に行ってくる』って出掛けてそれきり行方不明になったのって。」
「………。」
正確に知っている一護に、空鶴は話を聞くべきだと思った。
「行方不明になったのは、現世での仕事中に自分を助けた為に虚に取り込まれそうになった人間を助ける為に、死神の力を注ぎこんで封印したからなんだ。」
「人間を助ける為に、かよ?」
顔を顰める空鶴に、一護は苦笑する。
「私達の母親になった人だよ?」
一護の母親は、虚の罠に掛かった一護を庇って死んだと言っていた筈だ。
「お前のお袋さんは死んだ、と言ってなかったか?」
「それでも封印は切れてないらしいよ?」
意味を考えて眉を顰めた空鶴に、一護は苦笑する。
夜一も考え込むように鋭い視線になった。
一護の中に十八年前に封じた虚がいる事は、今のところ浦原と一心しか気付いていない。藍染はすぐに気付くだろうが、封じられた儘だと思っているだろう。そう思わせる為に、一護は浦原相手に剣技を磨いた。
「父は、掟を破ってでもしなきゃならない事があると思って、現世で身を隠しているらしいよ。ばらすまでは空鶴さんだけの胸にしまって於いて貰えるとありがたい。」
「……判った。夜一が驚かねぇところを見ると、夜一と浦原は知ってんだな?」
「夜一さんは浦原さんから聞いた?」
「ああ。じゃからお主が何者かも理解っておる。」
夜一の言葉で空鶴も一護の存在が何を意味するかに気付いた。
一護は肩を竦めるだけだ。
空鶴は、母親を犠牲にしても尚、生きる事を選んだ一護自身の意思は、そこに起因しているような気がした。
「親父の事、空鶴さんに言っておきたかった事もあるけど、夜一さんに相談があったんだ。」
「なんじゃ?」
「瀞霊廷に入ってからの行動ってさ、皆一緒に行動しない方が良いんじゃね?」
「しかし、それでは皆が危険じゃぞ。」
作品名:MEMORY 尸魂界篇 作家名:亜梨沙