MEMORY 尸魂界篇
雛森の見舞いを済ませ十三番隊隊舎に戻った一護は、昼食の後に織姫を置いて出掛けようとしたのだが、織姫が離れようとしない。
「姫。鍛錬に行きたいんだから、姫は大人しく此処で待っているなり、石田の手伝いをしてやるなりしててくれないか?」
「鍛錬に行くなら、猶更あたしも一緒に行かせて? そうすれば傷してもすぐに治してあげられるし……。」
一護は無表情で織姫を見つめていたが、小さく息を吐いて同行を承知した。
「じゃあ、早速!」
勇んで脚を踏み出した織姫は一護が向かおうとしていた双殛の丘方向とは逆へ足を踏み出した。
一護は溜息を吐いて織姫の体を縦抱きにした。
「ひゃあっ!」
「摑まってな。」
「えっ、えっ……?」
一護は織姫を縦抱きにしたまま、瞬歩で移動した。
織姫は目を開けていられないスピードでの移動に目を回したが、一護は織姫を落とす事もなく双殛の丘の地下にある夜一と浦原の隠れ家に織姫を伴って辿り着いた。
一護は織姫を温泉の傍に降ろすと、大岩を幾つか挟んだ所へ移動して卍解する。
霊圧の高まりに正気を取り戻した織姫はキョロキョロと周囲を見回して見覚えのない場所である事に焦ったが、すぐ近くから一護の巨大な霊圧を感じてハッとする。足場を探して霊圧を頼りに一護の姿を探すと、大岩を幾つか超えた場所に卍解した一護の姿を見つける。
「赤火砲!」
織姫の方に背中を向けて一護が何事か唱えると、一護の手元から火の玉が飛び出して正面の大岩にぶつかる。
「黄火閃!」
黄金色の炎が叩き込むように大岩に向かう。
「蒼火墜!」
続けて青白い炎がその岩に堕ちる。
「雷吼炮!」
残っていた大岩が雷撃を受けて粉々に砕ける。
「大地転踊! 闐嵐!」
砕かれた岩が浮き上がり、それを巻き込むように竜巻が起こる。
「廃炎!」
竜巻に向けて放たれた円盤状の炎が、巻き上げられた岩に飛び火して焼き尽くす。
「双蓮蒼火墜!」
隣の大岩に、威力の上がった蒼い炎が雷撃のような勢いで落ちる。
「飛竜撃賊震天雷砲!」
雷吼炮より上級の雷撃が、双連蒼火墜で砕け切らなかった岩を消し飛ばす。
「黒棺!」
黒い長方体が浮き上がり、その下の地面が抉られる。
「千手皎天汰炮!」
一護の背後に長細めの三角形の光の矢が無数に黒い長方体に降り注ぐ。爆炎を上げて織姫の所まで爆風が吹き付けてくると、目の前に一護が駆け込む。
「断空!」
一護の死覇装の背中に驚いて僅かに高い位置の一護の顔を見上げた織姫は、真剣に前を見つめ自分の技の結果を観察する一護の表情を見つける。
「いちごちゃん。」
微かに眉を顰めている一護に、織姫が声を掛けると同時に爆炎が収まり、地面に大きな穴が空いていた。
「『断空』って技、凄いよね。」
「……凄くないって。」
「だってあんな凄い爆風を防いじゃうじゃない。」
「直撃喰らったわけじゃないから防げたんだ。断空は八十一で、八十番までの破道を防げるだけで、霊圧上の奴が放った技だと八十番足らずの技でも防げないんだ。」
言いながら余波がない事を確かめて、一護は断空を解く。
「いちごちゃん。」
「姫。見てるだけなら、防御の結界張って下がってて。」
「え……。」
一護は指先で大岩を幾つも越えた時点を指す。
一護が示した時点では、一護が何をしているかなど判らないし、怪我をしても見えない。
反論しようと一護を振り向いた織姫は、表情を消している一護を見つけて言葉に詰まる。
「悪いけど、私の斬魄刀を実体化させるから、姫は下がってて。」
「ざんぱくとう?」
「コレ。」
一護は言って腰に刺した儘の漆黒の刀を示す。
「死神の斬魄刀は、死神としての力そのもので、人格があるんだ。その人格はそれぞれで、主人である死神に従順とは限らない。」
「え、力が従順じゃないって事? そんなんじゃ危ないんじゃ……。」
「姫。」
「……。」
「使いこなせる主人でなければ、斬魄刀だって安心して力を預けられないって事だ。だから鍛錬するんだよ。」
傷付かないでほしいというだけの織姫の願いは、一護の想いを邪魔する事に繋がる事で、一護の自由を阻害する行為でしかない。一緒にいたいなら、足手纏いにならないように織姫自身が強くなるしかないのだ。
尸魂界行きを希望した時に夜一に言われた言葉が甦る。
『一護と共に尸魂界に行き助けになりたいのなら、先ず自分の身は自分で守れるようにならねばならん。さもなくば、一護の足手纏いになるだけじゃ。それでは喜助が同行する事など許しはせんぞ。』
先程救護詰所で一護の口から聞かされた『生きて帰る為の枷』となるように織姫達を同行させたのだろうと推測していた浦原の思惑。
ほんの少し前まで命懸けで闘っていながら白哉が一護を庇ったように、敵対して居た者まで惹き付ける一護に、織姫が同行する事は本当に援けになっていたかどうか怪しいと織姫は感じていた。
「私の斬魄刀は我儘なんだよ。俄か死神でも強い力を持っている以上使いこなせるようになれって言うんだから素直に修行するだけだ。修行に付き合ってくれるって言うんだから、口だけ出して手伝ってくれない我儘者とは違うからな。」
そう話す一護の背後に、白と黒半々のマントを羽織った若い男の姿が現れる。
「!」
「……天鎖斬月。」
織姫が驚くと、一護が声を掛ける。
「いよう。姫さんにも付き合わせるのか?」
「今の私じゃ強さの調整が出来んから、二人だけじゃ危ねぇっての。」
「まぁ、そうだろうな。私も三点結盾張って下がってる事を薦めるぞ、姫さん。」
「え、えと……。」
織姫が戸惑っている間に、一護と天鎖斬月と呼ばれた若い男は織姫から離れて構えを取った。
「少なくとも破道は自由に使えるようだからな。縛道は私との手合わせの中で使ってみる事だ。」
「解ってる。」
天鎖斬月は、破道や白打を交えながら斬撃を放ち、一護は斬撃は刀で防ぐが、白打や破道は縛道で防ごうと覚えている限りの縛道を使ってみる。
刀で切り掛かる一方で足蹴りをしてきた天鎖斬月に、一護は咄嗟に「斥!」と叫び脇腹で構えて蹴りを防ぐ。が、強い蹴りを防ぎきれず痛みが走り顔を顰めた一護は、飛ばされながら「吊り星!」と叫び、霊圧の床を出現させて勢いを殺し、反動で天鎖斬月に体の向きを変える。「大地転踊!」と唱えながら自らも斬り込んでいく一護を、天鎖斬月は「円閘扇!」と叫び、一護の前に円状の盾を創り出す。「闐嵐!」と唱えた一護は、斬り込んでいく体制の儘で手にしていた刀を構えてくるりと回す。巻き起こった竜巻が、円閘扇の盾毎天鎖斬月を舞い上げ瞬歩で背後に回った一護が「蒼火墜!」を唱える。天鎖斬月は円閘扇の盾を背後に回して蒼火墜を防ぐが、一護は再び瞬歩で天鎖斬月の横に回り、指先を肩に当てて「白雷」と唱える。
「チッ!」
白雷で負った手傷が天鎖斬月の動きを僅かに封じ、その隙に一護は一本取る事が出来た。
「正面から真っ向勝負を仕掛けて来るかと思ったが、お前は小細工も使うのだな。」
「使える手段は出来る限り多くする。その為の修行なんだから。」
作品名:MEMORY 尸魂界篇 作家名:亜梨沙