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桜恋う月 月恋うる花

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「千鶴は歴史に名を残すのか?」

 土方さんが驚愕の表情で訊いてくる。

「いいえ。『変若水』に関わった綱道さんの娘ですからね。歴史からは存在そのものが抹消されますよ」
「新選組隊士名鑑には、小姓としてすら名前が載っていなかった筈だしな」
「あら、和麻さんはご覧になった事がおあり?」
「全部は覚えちゃいないが、雪村なんて名はなかったからな。況してや千鶴なんて女名前だから、目にしていたら忘れねぇと思うぞ」
「はい、正解。まぁ。隊士として登録されていなければ記録は残らないしね」

 私達のやり取りを窺っていた山南さんが土方さんに耳打ちする。土方さんは渋い顔だけど反対はしていないようだ。

「千鶴は新選組に身を置く必要はないわけだから……」
「お忘れですよ、土方さん。雪村興道が姿を消した事、千鶴さんを他に預ければばれますけど、宜しいんですか?」
「昨夜のあんたの提案、受け入れてみるのも手だと思ってな」
「でしたら一つ忠告して差し上げます。『変若水』から手を引く事が出来ないなら、千鶴さんを手放してはいけません。彼女を幕府に渡すと彼女自身も幸せを奪われるし、新選組は救いの手を失いますよ」
「あの子が僕達の助けになるっていうの?」

 沖田さんが小馬鹿にしたように訊いてくる。

「人や事象との関わりは良い事だけを引き寄せるというわけにはいきません。千鶴さんを保護すれば、彼女の存在によって齎される好条件がある代わりに、引き寄せられる災いもあります」
「なるほど、道理ですね」

 山南さんの冷静な声が割って入る。

「具体的には雪村君を新選組で保護した状態で、貴女方も新選組と関わって貰うには何かいい方法がありますか?」
「ん~~~。平隊士の手前のでっち上げる身元としては、近藤さんや土方さんの親族という扱いが適当でしょう。屯所の近くに家でも借りてそこから新選組に通って家事担当すれば私達は都合が良いのだけど、監視するのは大変よねぇ。和麻さんの腕なら新選組に勧誘されない方が不自然だし。う~ん?」
「俺の仕事は綾乃の警護だぞ。静香」

 余計な事はしたくない、とありありと和麻さんの声に滲んでる。

「判ってます。どうしてもの時以外に和麻さんの手は借りたくないわ。報酬が高いんだから。無理のない設定は……」
「静香さん?」
「ん?」

 頭を悩ませている私に、おずおずと煉が声を掛けてくる。

「あの、確かこの時代、綾乃姉様のお歳だと結婚していない人は少ないのでは?」
「ん。まぁ。そうね。当然私も婚姻は結んでいるのが普通……。綾乃が和麻さんと夫婦っていう設定なら無理ないかも」
「ええっ!?」

 綾乃が反発して声を上げる。

「あら、嫌なの? だったら、和麻さんと私でも……」
「……」

 素直になれなくとも、和麻さんと他の女性が仲良くしているのは気に入らないのが綾乃だものね。

「……それで? その設定だとどうして無理がないの?」

 感情を抑えましたという態度で綾乃が口を開く。

「千鶴さんが土方さんを兄様呼びしているから、千鶴さんは土方さんの親族という設定。で、私が近藤さんの親族。江戸から京までの道中で千鶴さんを守る為に、私の知り合いだった和麻さんを用心棒に雇って同行した」
「なるほど。女房持ちを新選組に勧誘はし難いからな。八神が新選組に入らなくても筋が通る」
「で、会津藩や幕府への建前として、近藤さんの親族の私が、密かに千鶴さんの警護に当たっていたところ、一人で京に向かった千鶴さんを陰から守る為に、知人の和麻さんを用心棒に雇った」
「女子供を連れて用心棒というのは無理があるのではないか?」

 斎藤さんが珍しく口を挟んでくる。

「綾乃も煉も、浪士二、三人に絡まれても払い除けるくらいは出来ます」
「ほう?」
「静香。あたし人間相手に真剣は……」
「だったら新選組で鍛えて貰う? いい機会だと思うけど?」
「う……」

 普段、炎雷覇に頼り過ぎているって事は、和麻さんから指摘されている筈だものね。実際、精霊魔術を封じられた時に、綾乃の腕は未熟で苦戦したのだから。

「その設定を通すには実力が伴わないとね」

 沖田さんが嬉しそうににやりと笑う。
 強い相手と遣り合いたいというのが、この男の真意で、私の挑発に載せられたまま頭が冷えていないというところか。若しくは、あわよくば厄介な存在である私達を纏めて葬れるとでも思っているのか。

「試合となると、沖田さんか斎藤さんか永倉さんが腕利きでしたっけ? 実戦だと近藤さんと土方さんが断トツだった筈だけど」
「そうなのか?」

 和麻さんが訊いてくる。この人も史実しか知らないしね。

「沖田総司は天才剣士として歴史上に名を残しているわよね」

 綾乃が思い出すように呟く。
 綾乃の言葉に沖田さんが満更でもない表情で満足そうに目を細める。

「それ、〝あの人”が残した手記の中での話だから。歴史に名を残した剣豪よりも名が残らなった者の方が強かったみたいよ?」
「しかし、宮本武蔵は名を残しているがかなりの剣豪だろ?」
「まぁねぇ……でも実際はどこまで強かったかは測れないし、あの時代の剣豪は粒揃いで試合したらどうだったかは不明だから」
「……考えてみると、武家育ちの奴よりも、郷士だの農民の出身だのの者の方が実戦で強かったと言われている傾向があるな」
「戦場ではお行儀よく試合なんてしていられないもの。生き残る意志の強い者が勝つのは当たり前。家康公が江戸に幕府を置いてからは、何のかんの言っても武士は制度によって守られていたからね。虐げられていた郷士や農民の方が生き残る意志が強くなったのは当然の結果だと思うけど?」
「宮本武蔵の頃は……あ、関ヶ原からあまり時間が経っていないって事なんですね」

 とうとう大人しい煉まで話に参加してきた。

「そう。だから仕事の時に和麻さんがぎりぎりまで綾乃を守らないのは綾乃を鍛える為。稽古を百回繰り返すより実戦一回の方が身に着くものだから」
「なるほど。新選組が強いと言われたのは、京の治安維持の為に毎日巡察して不定浪士相手に斬り合い繰り返していたからか」

 うんうんと頷く和麻さんに苦笑する。何か言おうとした綾乃を遮って会話が続けられてしまい、綾乃は口を挟む機会を失って黙り込んだ。

「話は済んだか? 神矢の連れを宿から呼び寄せたという形を取りたいんだが、どうする?」

 土方さんが訊いてくる。この場の仕切りをしているのは私だ。自分達にだけ都合良く進めていないのを見て取って、私が仕切る事で話がスムーズに進む事を気付いているのだろう。

「それ以前に、平隊士の手前、千鶴さんも私もいつの間にか屯所にいた、では困るのではありませんか? 尤も、厨で朝食作るのをお手伝いしてしまったので、敏い者は私達に気付いたからもしれませんが」
「いや。基本的にここは平隊士は立ち入りは禁止だから気付かれてはいないだろう」
「でしたら、千鶴さんと私達が連れ立って新選組を訪ねてくるという形を取る方が良いですね」
「……まぁ。そうだろうな」
作品名:桜恋う月 月恋うる花 作家名:亜梨沙