桜恋う月 月恋うる花
「さて、冗談はこのくらいにして、私達の処遇は決まりました?」
冗談なのか?
目で言いながら、土方さんは私の顔を見直して一つ咳払いをした。
「千鶴と神矢の処遇については、神矢の提案を受けようと思う。後の三人をどうするか……」
「ん~~。資金があれば、町中か島原近くに茶屋か小間物の店を開いて情報収集の拠点にして店番、とか効率良いんだけど……」
「効率?」
「和麻さん、腕も立つけど、一番の得意分野は情報収集です。」
「情報収集、ね。」
土方さんの視線が鋭くなる。
ふうん?
この人は情報戦の重要性を知っているのね。
「唯、この人。自分の腕利き具合を十分知っているから、報酬が高くって……」
思わず本気で溜息が出る。
土方さんが眉を顰めて暫く考えて、徐に口を開いた。
「相場は?」
「ん~~~と、そうねぇ……例えば、長州の過激派の情報が欲しいと要求したとして、緊急性のある情報があるなら、その内容と計画している人数と名簿、規模、決行日までそいつらが決めている分については正確なところを全て掴んできて、一件に付き十両ってところかしら」
「十両~~っ!?」
永倉さんと平助君が大声を上げるけど、原田さんと斎藤さんは考え込んでいるし、土方さんも思慮しているようだ。
「高過ぎんじゃねぇか?」
「そうですか? 忍びの者が丸二日くらい懸けて掴む情報を、和麻さんは一時くらいで掴んでしまいますけど、それでも高いですか?」
くすくすと肩を竦めながら笑うと、皆が目を瞠って注目する。
「ばかな……」
「どうやったらそんな真似できんだよっ」
「嘘だろ?」
幹部が口々に否定し、口を開かない者も信じられないという表情をしている。
「本当にそんな真似が出来んのか?」
疑わしそうに和麻さんを見遣りながら言う土方さんに、私は頷いて見せた。
「但し勤勉さを求めるのは無理ですよ。他人より仕事が断トツに速い分、思いっきりサボりますからね」
「静香、お前、褒めてんのか? 貶してんのか?」
和麻さんが声に棘を含んで口を開く。
「私は事実を申し上げただけですけど? 兎と亀で言うなら、途中で昼寝をせずに到着してたっぷり昼寝して、亀が到着する直前で次の仕事に懸るっていう性質でしょ?」
綾乃が頻りに頷き、煉は口を挟めない、フォローできないという表情だ。
「兎なんて可愛いものじゃないけどね」
綾乃の呟きに、私は思わず失笑してしまった。
「そうね。鷲か鷹だものね」
顔を顰めて言った綾乃の言い様をフォローすると、煉が頻りと頷く。
煉の反応に、土方さんは未だに信じられない気持ちのままながらも、考慮の価値ありと思ったらしい。
「確かに、事が起こってから動いたんじゃ間に合わねぇ事もあるし、間者が送り込まれてきてるしな。新選組と直接関係なさそうな出先機関があれば、情報は入り易い、か。しかし、十両となると……」
「店を立ち上げる資金と軌道に乗るまでの生活費を出してくれりゃいい。」
和麻さんがぼそりと言う。
「表向き、新選組の出入りがあるのは困る。壬生狼、だったか? 町民に忌み嫌われているようだからな。表立った出入りがあると手先だと知れて警戒される。」
「本当は小間物なら行商の方が良いんですけどね。そうすれば新選組に出入りしたっておかしくないし言い訳も立ちますから。」
土方さんの中では、出先機関としての店を構える事は決定事項になりかけてるみたい。
「ちょっと、土方さんともあろうものが、何簡単に口車に乗せられてるんですか」
はっとしたように沖田さんの横口が入る。
「本当に疑い深いですね、沖田さん。警戒心が強いのは結構ですけど、真偽の見極めが遅いのは問題ですよ。折角味方に出来る存在を疑心暗鬼で敵に回したり、早々に処分して使える力を失う元です。」
くすりと笑ってしまう。
沖田さんの視線が鋭くなる。
「事態が悪い方に傾いてからだと対処する力量がねぇんだろ」
和麻さんの痛烈な指摘に沖田さんがキッと和麻さんを睨む。
「あらゆる事態を予め想定して事態を転がしていくのが、組織を動かすって事なんだよ。可能性の段階で摘み取っちまったら、有効な目も掴めねぇぞ」
和麻さんの言葉は、綾乃にも聞かせたい言葉なのでしょうね。
「僕は別に組織を動かしているわけじゃ……」
「独断で近藤局長の障害になる事をしでかす心算か?」
「……っ!!」
和麻さんは、既に沖田さんの弱点は見抜いているわけね。
「神矢達と俺達の利害が一致するんだったな。」
和麻さんにやり込められている沖田さんに助け舟を出す気配もなく、土方さんが確認してくる。
千鶴ちゃんの手前、言葉を濁しながらになるけど、会話の進め方上手よね。言葉を濁すと何か隠しているって判り易いけど、抜かれていると案外気付き難いものだわ。
「そうですね。」
「なら、神矢の提案を検討してみる価値はある。準備が整うまでは、新選組の客人として扱わせてもらう。近藤さん、別宅でこの三人を扱って貰う事、出来るか?」
「ああ、構わんさ。神矢君と千鶴君も暫くは向こうの方が良いだろう?」
ベストの条件を引き出せたみたいね。
「なら、この件は其れで決まりだな。」
土方さんが肩の荷が下りたように溜息を吐く。
会談の間に天気が回復し、昨夜降った雪が解けかけるほどに好天になった。
「皆さん、隊務がおありでしょう? 非番の方はどなた?」
「非番は俺だが……」
斎藤さんが何の用だ、と視線を向けてくる。
斎藤さんは確か、非番でも刀の手入れと鍛錬で時間を潰す人だった筈。だったらこちらに付き合って貰ってもあまり支障はないわね。
「屯所の中を御案内頂けますか? ついでにお掃除やお布団干しをしてしまおうと思いますので、支障のないように御指導頂けるとありがたいのですけど。」
少し逡巡していた斎藤さんは、土方さんの顔色を窺った。土方さんは『支障がないように』と言った私の言葉の真意を汲んでくれたのだろう。頷いて見せている。
「判った。俺の都合もある。邪魔にならない範囲で付き合おう。」
「ありがとうございます。」
斎藤さんにも土方さんにも笑みを向けて頭を下げた。
これで案内という名目で監視が出来るから問題はない筈だわ。
「あたしも手伝った方が良い?」
綾乃が申し出てくれたけれど、和麻さんは手伝ってくれる気ないだろうしな。
「囲碁なり将棋なり、あります?」
唐突に尋ねた私に土方さんは訝しそうに眉を顰めた。
「近藤さんが持ってたか?」
「ああ。あるとも。」
「斎藤さんは、嗜まれます?」
「……少々は。」
意味が理解らないのだろう一様に不審げにこちらを見ている。
「和麻さんを放置できないから、申し訳ないけれど、斎藤さん、囲碁なり将棋なりで相手してやって頂けます?」
和麻さんは、手伝う気があるなら役に立つけど、そうじゃないなら邪魔にしかならないと思う。
「承知した。」
「あの、僕もお手伝いします。」
煉も申し出てくれた。
千鶴ちゃんと四人、斎藤さんの案内で屯所中を駆け回り、掃除と布団干しを断行した。
作品名:桜恋う月 月恋うる花 作家名:亜梨沙