二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

桜恋う月 月恋うる花

INDEX|35ページ/37ページ|

次のページ前のページ
 

「北の地の水に秘訣があるらしいです。希釈率などは判りませんよ。綱道氏が実験を繰り返した結果辿り着いた事らしいですけど、それ以外は改良されなかったようですからね。」
「北の地って、綱道さんの居場所を知っているのか?」
「いいえ。綱道氏の経緯については、想像の域を出ない状態でしたから、今現在の居場所は不明です。ただ、彼が逃げ出した理由は、研究に向かない環境というのは本当の所ではないでしょう。」
「どういう事です?」
「……千鶴さんの負わされた運命は、新選組が負うそれよりも遥かに重く過酷。それを千鶴さんに負わせたのは、討幕派と見逃した幕府。それ故に綱道氏は、研究成果を幕府に与えたくはなく、討幕派を実験体に使う事に良心の呵責を覚えないのです。」

 千鶴が新選組にとって切り札になるというのは、綱道さんの娘だから、という理由ではない、という事なのか。

「話を戻しましょう。」

 食べ終わり、ひと時休憩をした頃、神矢は立ち上がって再び小舟を操り始めた。

「あれらの習性として、陽の光を厭い、吸血衝動を覚え、抑制が効かなくなれば血に狂う。首か心臓を狙うしか仕留める術がない、で合ってます?」
「ああ。」

 囁くような声で話している筈なのに、艫に立つ神矢の声は舳先に腰を下ろす山南さんまで届いているようだ。

「貴方方が得ている情報もそこまでですか?」
「……そうだな。」
「では覚えておいてください。普通の人間にとっては銀は毒足り得ないけれど、あれらにとっては銀は毒に値します。普通の人間が受けた刀傷よりも、あれらが銀で受ける傷は重く深手となり治り難くなります。」

 銀が『羅刹』の弱点だと?

「普通の人間にとっては銅の方が毒なのですが、あれらには銀の方が毒です。」

 銀、か。
 銀は貨幣として流用されている。そんな物を使って刀を作ったらとんでもなく高価になるな。

「それと、あれらの回復力や膂力はどこから来ていると思います?」
「何処からって、そりゃ『変若水』の所為で……」
「あれを飲んだだけで、無尽蔵に力が湧くわけではないでしょう?」
「……なるほど。そういう意味ですか。」

 意味が掴めなかった俺と違って、山南さんは意味が理解ったらしい。
 暫く考え込んでいたが、考え考え口を開いた。

「確か、『変若水』の元になった魔物は不老不死だという事でしたね。『変若水』を飲んでもそうはならない、と?」
「ええ。厄介な習性ばかり受け継いでいますけれどね。」
「不老不死ではない。普通の人間にとっては害のない銀が害になる。傷の治りの速さや膂力の源……。」

 眉間に皺を寄せて考え込んでいた山南さんが、ふっと息を吐いて目を閉じた。

「降参です。判りません。」
「……生命力です。」
「「生命力?」」

 知らず、山南さんと俺の疑問の声が揃った。

「その人間が一生懸けて使う生命力を、一時的に注ぎこんで傷を治したり、爆発的な筋力にするのです。」

 一生懸けて使う生命力を短時間に使っちまうって事は、寿命が来たら命が尽きるって事になるのか?

「寿命を使いきれば……。」
「灰になって骨も残りません。」
「「!」」
「『羅刹』に未来はありません。力を求めて『変若水』を使えば、引き換えに失われるのは残りの寿命です。そして『羅刹』に身を墜とせば最後、吸血衝動から逃れる術はありません。吸血衝動を堪えて正気を保ち続ける事など、例え幹部でも自殺行為です。意志の力で吸血衝動に耐えれば、それもまた寿命を縮めるでしょう。」

 ギリッと歯噛みする音が響く。見ると、山南さんは神矢を睨みつけていた。その視線を正面から受け止めて、神矢は静かな眼をして見返している。

「『変若水』を使って『羅刹』になるという事は、その身を魔物に貶める事なのです。魔物の体に人間の心を宿す事はかなりの苦痛を伴います。」
「『変若水』は使い道がねぇ代物だって事か。」
「……大怪我が元で消えようとしている命を繋ぎ留める事は出来ますよ。出血多量で消える筈の命を繋ぎ留めるというなら、役に立つでしょうね。残りの時間を苦痛に耐え続ける覚悟は必要ですけど。生命力を力に変換するといっても、病気に対して効力はありません。」

 怪我が元で死にそうな時には、『変若水』を使って生き永らえる事は出来るわけか。
 だが、それに必要なのは壮絶な覚悟。
 神矢が淡々と語る声が静かな口調だからこそ、裏に潜む一方ならぬ凄絶さが窺える気がする。

「魔物、か。」
「……例え魔物に身を落としても、守りたい者を守れる力が手に入るなら躊躇わない。そんな表情をしていらっしゃいますね。」

 俺の呟きを拾った神矢が、苦笑を浮かべて言葉を紡ぐ。

「それもまた、一つの生き方ではありますね。唯、肝に銘じておいて下さい。貴方の覚悟を理解した上で、心を痛める者もいるのだと。貴方がお仲間を心に掛けるように、周囲も貴方方に心を掛けるのだという事を忘れないで下さい。」

 未来から来たから、俺達の生き様を知っているという。
 見透かしたような言葉は、俺達の一生を知っているからこその言葉、というわけか。

「俺達は、お前から見たら痛々しい生き方をしたのか?」
「痛々しいとは思いません。不器用な生き方をなさったとは思いますけれどね。ただ、土方さんはご自分で何もかもを抱え込み過ぎていらしたと思います。貴方がご自分だけで抱え込もうとする姿勢は、いずれ近藤さんを追い詰める。」
「何っ!?」

 俺が近藤さんを追い詰める?

「貴方は苦い事は全て自分で抱え込んでしまって、近藤さんに苦痛は味合わせまいとしているでしょう?」
「……」
「貴方にとってはご自分の夢の為という意識がおありなのでしょうけど、貴方ばかりが苦労を抱え込んでしまう姿は、見守る側にとっては心配なだけなんですよ?」
「心配なんざ、余計な……」
「貴方のお仲間は、情の薄い方達なのですか?」

 俺の言葉を遮って、神矢は静かにだがえらく強い口調で言った。

「近藤さんは、貴方のご苦労を見る力のない方ですか?」

 そんなわけねぇだろうが。
 うちの大将は、おおらかで懐が深くて情に篤いんだ。

「どうしても苦労を抱え込みたいなら、周りには見えないように熟しなさいませ。」

 微かに眉を顰めて浮かべた笑みは、子供の悪戯をいなす母親のようだった。
 俺より年下だが、随分肝の座った女みてぇだな。

「土方君を言い負かすとは、神矢君は大したものですね。」

 俺が苦労を買って出ているのは俺の勝手なんだがな。
 溜息を吐くと、山南さんがふと口元を緩める姿が目に入る。

「鬼の副長に向かって真っ向から意見とは、随分と度胸がありますね。」

 山南さんが楽しそうに笑い含みの声で言う。
 神矢は肩を竦めた。

「感情で処断する人ではないでしょう?」

 神矢はさらりと言ってのけた。
 本気で俺の性格や思考を把握してやがんのか?
 その後は、雑談になった。
 驚いた事に、神矢は伊吹の存在まで知っていやがった。
 上京する途中で拾った事も、奴が『変若水』や『羅刹』の存在を知っていた事も、芹沢さんに拾われ、武士を嫌いながらも何故か俺達に懐いていた節があった事も。
作品名:桜恋う月 月恋うる花 作家名:亜梨沙