桜恋う月 月恋うる花
私は、神凪一族の宗家に生まれながら炎の聖霊王の加護がないという、和麻さんと同じ境遇だった。けれど、宗主の妹である私の母は、和麻さんの母親とは違い、我が子を唯我が子として愛する女性だった。
驕り昂ぶった一族から私を守る為、生まれつき体が弱いという事にして、静養先で私を育て、炎術以外の鍛錬は抜かりなく教え導いてくれた。
お蔭で私は和麻さんより早く水の聖霊王からの加護に気付き、自らを鍛え磨き続けてきた。
小技は自由自在に使いこなせる。神凪の者達のように力さえ大きければ良いという思考はないから、自分の気を精霊が貸してくれる力に絡めて練り上げる練習を繰り返したお蔭で、龍水、攻撃力も私の鍛錬次第では大きく持てる。
和麻さんが風の力を得て帰国したのを機に、母から相談を受けていた宗主は、私を異種能力者として迎え入れてくれた。風魔一族の反乱後も尚、炎が一番強いという思い込みで驕り昂ぶっていた分家の者達が示した嫌悪には、実力で黙って頂いた。
同じ事を、新選組にはしたくない。
神凪の分家連中は、力を示されなければ話を聞く事も出来ない愚か者になり下がった連中だ。力を示しても、神凪の力が最強だと言う驕りは、自分でその力を扱えない、謂わば虎の威を借る狐と化しているにも拘らず現状が見えないという愚かぶり。
少なくとも新選組はこれから力を示していこうとしている途中の段階。力づくの諸さを知らないかも知れないけれど、同時にそれを知って改めていける段階。
今後の関係をスムーズにする為にも相互理解を得たい。
信用して貰うまでが問題なんだよねぇ。
「そういえば、お前,名は?」
千鶴ちゃんを抱き上げたまま歩きながら、土方さんが振り返る気配。慌てて瞼を上げる。
「神矢静香と申します。平安の頃から続く古い一族の出身です」
「旧家ってやつか?」
「私の一族は特殊な力を持つ一族ですよ。」
「ふうん? で、君、静香ちゃん? 君も特殊な力持っているわけ?」
「あるよぉ。でもその話は屯所に着いてから改めてね。」
「さっきから気になってるんだけど……」
「はい?」
ぼそりと聞こえた沖田さんの声に振り向く。
「君、僕や一君にはため口で、土方さんには敬語を使うんだね」
「あら。だって私、沖田さんより年上ですよ?」
肩を竦めて口元だけで笑う。
「僕より年上で嫁に行ってないわけ?」
私の弱みを見つけた心算なのかしら、声がウキウキしているわねぇ、沖田さん。
「一応、許嫁いたけど、血筋以外取り柄のない男でねぇ」
「は?」
「私に勝ったら結婚承諾してやるって言ったら、尻尾巻いて逃げた。」
「剣では、お前に勝つのは相当な手練れになると思うが」
斎藤さんが口を挟んできた。
「別に、何で、とは指定していなかったもの。武術、学術、芸術……何でもいいから、女の私には負けぬという気概を見せてくれないかと思ったのに、期待はものの見事に裏切られた。」
「……それは……」
斎藤さんが言葉に詰まっていると、沖田さんが肩を竦めた。
「ご愁傷様? と言うべきかな?」
「ま、構わないけどね。私より弱い男に嫁ぐ気はないから」
くすくすと笑って肩を竦める。
話していると、新選組の屯所が見えてきた。
作品名:桜恋う月 月恋うる花 作家名:亜梨沙