魔法つかいプリキュア!♦ダークジュエルストーリー♦
唐突に呼ばれてみらいが振り向くと、とんがり帽子と魔法学校制服姿の長い黒髪の少女が窓際に立っていた。彼女が顔を上げると帽子の鍔に隠れている瞳が見える。
「小百合!?」
「リコはいないのね。まあ、あなただけでもいいわ。お話をしにきたのよ」
「お話って?」
「ラナがどうしてもってうるさいから、わたしたちが闇の結晶を集める理由を教えるわ。それが分かった方が、あなた達もすっきりするでしょう」
小百合がみらいに向かってくる足音が静寂の中に際立つ。小百合は窓から注ぐ夕日と窓と窓の間にある影で交互に明暗に姿を変えながら、最後はみらいと同じ窓の横に立って夕日を浴びた。
「モフ」
みらいと一緒にモフルンも小百合の顔を見つめる。
「わたしたちはフレイア様という闇の女神様の元で働いているわ。その方がわたしたちにプリキュアになる力をくれたの」
「闇の女神……」
「フレイア様は闇の結晶を集めたあかつきに願いを一つだけ叶えてくれると約束して下さった」
二人の間に沈黙があった。小百合はみらいの夕日で輝く目をしっかり見つめていった。
「わたしは最近亡くなったお母さんを蘇らせてほしいとお願いしたわ」
みらいが口を少しあけて目を見開く。小百合はショックを受けるみらいを見て心の中では笑みを浮かべていた。
「……本当なの? 本当にお願いを叶えてくれるの?」
「あなたはフレイア様に会ったことがないから分からないでしょうね。心の優しい深い慈愛を持ったお方よ。嘘なんか言わないわ、それははっきりと分かるの」
夕日の下で悲し気に光る小百合の瞳から、みらいは目を放すことができなかった。
「モフゥ……」その場の空気に耐えかねてモフルンが声を出すと、小百合が言った。
「わたしのお母さんは四ヶ月前に事故で突然いなくなったのよ。歩道を歩いている時に暴走した車が突っ込んできて、お母さんはわたしを守り、わたしの代わりに犠牲になった。あんな死に方をしていい人じゃなかった。だからわたしは、どんな事をしてでもフレイア様の望みを叶えて、お母さんを取り戻すわ。話はそれだけよ」
みらいの眼尻から涙がこぼれ落ちた。とめどなく出てくる涙が彼女の頬を伝い、あごまで流れて落ちていく。涙の雫が夕日を吸ってルビーのように輝いていた。小百合は悲しみに打ちひしがれたみらいの姿を見てから身をひるがえして去っていく。
「フッ」
小百合は後ろで立ち尽くしているみらいの悲しみの気配を感じると、声を出してにやりとした。
リコはみらいの帰りが遅いので、寮の部屋から出て校舎内を探し回っていた。
「いくらなんでも遅すぎる。このままじゃ夜になってしまうわ」
黄昏て夕日はオレンジ色から暗赤色に変わっていた。リコが廊下を小走りして探していると窓辺に立っているみらいを見つけることができた。
「みらい、なにやってるの、もう遅いから寮に……」
親友の涙に濡れる顔を見てリコの言葉が止まった。
「どうしたの?」
「リコ!」
みらいがリコの元に飛び込んで、淡く膨らんでいる胸に顔を押し付けて泣き出す。
「わたし戦えないよ、小百合とは戦えない……」
「なにがあったの!?」
「みらいは小百合とお話ししたモフ。とっても悲しいお話だったモフ」
モフルンが言うと、リコはやられたという気持ちになった。直情的で感じやすいみらいは、自分を抑えきれなくなることがある。小百合がそこを攻めてきた、リコにはそう思えてならなかった。
「とにかく寮に戻りましょう。落ち着いたらでいいから、ちゃんと話を聞かせて」
リコは自分の胸でみらいが頷くのを感じた。みらいの肩を抱くリコの手には、嗚咽(おえつ)の震えが伝わっていた。
夜が更けて大きな大きな三日月が魔法界の夜空に輝く。魔法のランプのやわい光が照らす部屋で、みらいとリコはベッドに並んで座っていた。触れ合っている部分から互いの熱が伝わる。モフルンはそこから離れたみらいの机の上に座って二人の様子を見つめていた。
みらいから話を聞いたリコは、みらいに何の言葉もかけることができなかった。ほのかな明かりの中で沈黙の時間だけが流れていく。その間、みらいはずっと下を向いていた。
「わたし……」
みらいの口から声がもれる。
「お母さんがもしいなくなったらって、想像してみたけど……無理……」
みらいのひざの上の手に涙がぽつぽつと落ちてくる。
「そんなの、悲しすぎるよ……」
「みらい……」
リコはみらいの頭に手をそえて自分の懐に引き寄せた。慰める言葉は浮かばないが、みらいを少しでも安心させたかった。
「リコ、ごめんね……」
「謝らなくていいわ。わたしは誰かのために頑張っているみらいが好きだし、誰かのために悲しんでいるみらいも好きよ」
我ながら何てつまらないことを言っているんだろうとリコは思う。もっとみらいを元気に出来る言葉が欲しいと思うが、そういうのはリコよりもみらいの方が得意だった。いつも明るく励ましてくれるみらいのこんな姿を見るのは初めてで、どうしていいか見当もつかなかった。
やがて消灯の時間がきて学校が完全に近い闇に包まれると、リコは一人で起き出して月明りを頼りに制服に着替えた。それからベッドで寝ているみらいを見て、布団をかけなおしてやって廊下に出ていく。
校長室で校長がランプの明かりの元で本のページをめくっていると、突然リコが目の前に現れて驚かされた。
「こんな夜遅くにどうしたのじゃ? もう消灯の時間は過ぎているが」
「どうしても校長先生にお話ししたいことがあって、みらいが……」
リコの表情から不安を感じ取った校長は本を閉じて眉をひそめた。
「何かあったのじゃな?」
リコはみらいから聞いた話をそのまま校長に伝えた。そしてリコは最後に言った。
「小百合は……小百合はきっと、みらいを惑わせるために嘘を……」
そう言うリコの表情には自信が感じられなかった。
「そうか」
校長は席を立って窓辺に行くと、夜空の三日月を見つめた。
「本当に嘘ならばいいのだが……」
それから校長はグリーンの瞳に三日月を映しながら考えていた。
「わしは用事を思い出したので出かけようと思う。君は早く寮の部屋に戻りたまえ」
「今から出かけるんですか!?」
校長はリコのことを見て、いつもの穏やかな表情で言った。
「大事な生徒たちが苦しんでいるというのに何もしないではおれん。わしも出来ることを全力でやろう。君たちと一緒に戦わせてくれ」
「校長先生! ありがとうございます!」
「見回りの教頭先生には見つからぬようにな。見つかったらどうなるのか、言わなくても分かるじゃろう」
「そ、それはもう……」
リコはみらいの事が気になりすぎて教頭先生のことをすっかり忘れていた。今頃になって冷たい汗が出てきた。
早朝の霧深き森の中を銀髪の美丈夫が歩いていく。不思議な雰囲気をもつ森の景色とうすい霧の中に立つ校長は絵に描いたように美しかった。やがて霧が晴れて枝葉の隙間から指す日の気配が強くなって来た頃に、校長の目の前に大木が現れた。根元に色とりどりのキノコが生えていたり、表皮に窓のような穴が開いていたり、普通の樹木とは明らかに異質のものがある。
「人間がどうやってここまで来たのですか?」
作品名:魔法つかいプリキュア!♦ダークジュエルストーリー♦ 作家名:ユウ